第4話 迎撃①

  ◇


 それは思いがけないなかでやってくる。深夜から明朝に変わるまでの静かで底冷えする空間に、僅かな異変がユウヤに違和感として肌で伝えられた。


「起きろ! マコト!」


 反射的に小声でマコトを呼ぶ。静かすぎるゆえに、小さなきつい命令長の言葉にマコトは目を覚ました。瞼はまだ思うように持ち上がらないが、その言葉がユウヤの声であることは長年の経験からすぐに理解できている。それも焦りも含んだ声を聴けば眠気もすぐに解消される。

 頭はまだ完全に覚めていないものの、マコトは無理矢理起き上がり目を開けると直ぐにユウヤの顔を確認する。


「どうしました?」


 まだ完全に覚醒状態になっていないこともあってか、小声でしゃべるユウヤへの疑問は浮かばず、純粋な現状確認の状況を問う。


「先ほど、微かだが電波を傍受した。動きが不自然だ。敵襲の可能性あり。この場の離脱も念頭に置くぞ」

「周波数的には?」

「断定はできないが、恐らく中四強国ちゅうしきょうこくのものだな。ぶれ方として見れば合致する部分もある」


 所属する団体によって、扱う周波数には違いが出てきたりするものだ。それは相手の存在がどのような立場であるのかを瞬時に判断するための材料となったりするのだが、それでもそれが可能な人間は多くはない。特に微妙なズレから別のものであると勘違いしてしまう可能性があるし、それ自体がブラフとして扱われることもざらなのだ。

 だが、今回の件に関していえば、ユウヤはここから得られた情報が中四強国のものであると確信していた。


 ――現に、ユウヤたちはつい最近中四強国の攻撃を受けた。


「しつこいっすねえ。完全に探索対象は俺等ってことじゃないですか」


 中四強国の単語が出てきた時点で、マコトは顔を曇らせる。少なくともそこには好意的な感情はなく、苛立ちが垣間見えている。

 巨大な雪崩に加えて、中四強国の介入、嫌になるのは当たり前だ。


「これが明るみにでも出れば大問題になりますよ」

「その前に握り潰されるさ。向こうさんにとっては人質を取れれば優位を得やすくなるし、生きて帰ることができたとしても面倒事が嫌いな上層部は回避する。下手に戦争起こしても敗走するだけだしな」

「でも、情報として持ち帰られれば優位を取れる材料にはなるでしょ」

「……さあ、どうだかな。取り敢えず、この話は置いておいて準備を進めろ」

「了解」


 まだ、電波反応は遠い。

 しかし、こちらは2人のみであり、更に現在いる場所が下核領域である。昨日中に探索はしておいたし、逃走経路も確認済みではあるが、追い詰められれば高確率で待っているのは死だ。それに、逃走に成功するにしても"上"へ上がる手段がなくなってしまう可能性が出来てしまうのが痛い。


 そもそも、これが中四強国だとすれば、何故早朝こんな場所にいるのかが理解不能である。


(……隊の情報が漏れているのか? それに広くはないか、捜索範囲)


 いくら何でも早すぎると感じたのがユウヤの心境にあった。まだ、いくらか距離があるというのに正確に追ってくるのも引っ掛かる。

 ユウヤ自身、探知・逆探知なかかるヘマはしていない筈だ。ユウヤが感知されたと思わせないほどの技術があれば別だが、そうでなければ、自身のミス等が原因となるため大体わかる。

 ──であれば。


「マコト」

「……はい」

「今すぐ電磁パックに繋がるものはすべて切れ。感知される可能性がある」

「装備は?」

「スリープ状態で保持しておけ」

「了解」


 マコトはユウヤの指示に疑いなく作業を進めている。その様子を見て、不安が募る。


(いるのか? …………裏切り者が)



  ◇


「近いな」


 端末を眺めながらユウヤは呟く。陽も出てきて辺り一体も明るくなってきている。特に、下核領域となると、氷による反射で状況に似合わぬ幻想的な空間を占めていた。

 目の前にある情景に心が奪われないのかと言ったら嘘になるが、そうも言っていられない状況である。近辺にいるのが中四強国にせよ何にせよ、面倒事は避けたい。

 すると、マコトも端末を覗きこんできた。


「そうみたいっすね。もう、ここを放棄した方が良くないですか?」

「……そうだな」

「トラップはどうします? どの道この辺りに降りられればアウトですけれど」


 少なからず野営の跡が残ってしまっているのが解せないが、それは嗅ぎ付けられる可能性が高いだろう。それはここも、"上"も同様だ。少なくない雪が積もればカムフラージュにでもなるが、ユウヤ達の痕跡を辿ってきているとするならば、間違いなく降りてくる。

 "上"の天候はここ数日は荒れているのが救いになれば良いが、電波反応がある時点で望みは薄い。


 ユウヤは嫌になり溜め息をつく。


「1つ、レーダーを入れておく。他に置くものはないな」


 ユウヤの判断にマコトが首をかしげる。


「それは何故です?」

「時間がないし、ここから離れるが"上"に上がれる可能性は一応残しておきたい」

「ふむ」

「こちらも可能性は限りなく薄いが、味方が踏むリスクは避けたい。あとは、ここで手持ちの消耗は可能な限り避けていくつもりだ。敵と認識してから迎撃体制を立て直す。それは移動中に詰めていくぞ」

「了解です」


 あっさりとマコトは首肯する。裏切り者どうこうについては取り敢えず置いておく。今はここから退避することが先決だ。そう心に釘を差し、ユウヤはこの辺の下核領域のマップを見返した。

 マコトがレーダーの設置をしているのを傍目にどうするべきか悩む。崩落や床抜けがありそうなところは避けたい。電波障害があるところも対処が遅くなるため却下だ。


 であれば……。


 バツと三角のついたマップで、どの決断を取るか。隊長のいない今、年長であるユウヤが指揮を取るしかない。


「よし」


 頭の中で可能性をシミュレートし、その中で最適解を取る。勿論これはユウヤにとってであり悪手を踏むものかもしれない。けれど、迷っている暇はない。


 進む。

 ただそれだけだ。


 一歩踏み出したとき、床が不自然にピシリと鳴った。。普段であれば気付けた音。だが、上ばかりを気にしすぎていたせいか見落とした。


 前兆は不穏を満たさずにゆったりと近付いて来る。



 このとき、どんな選択肢をとれば良かったのか、後々のユウヤが省みてもわからなかった。



  ◇


「よしよし」


 滞在していた部屋から進むことを選択してから5時間、ユウヤとマコトは5時間分も初期の部屋から離れたが情景が変わらぬ氷の部屋にいた。比較的小さな空間であり、身を隠すにはうってつけなところで休憩となった。

 現在、仕掛けたレーダーからの反応はない。それは詰まるところ、ユウヤたちの用いた部屋から侵入された形跡はないということだ。


「戻りますか?」

「いや、危険だろう。ブラフかもしれない」


 監視カメラや盗聴機を搭載しているわけではないので詳細がわからないのは痛手かもしれない。ないわけでもないが、こんなところで貴重なそれらを消耗させるわけにはいかないと判断した。


「探知の方はどうです?」

「確認できてはいるが、動いてないように見える。罠を警戒してか。それとも、別の理由か。少なくとも即相対にはならなさそうだ」


 下核領域に入ってから探知機に異常が発生したことも考えられるが、これについてはどうしようもない。相対することになればそれまでだし、情報がなければ後手に回って何とかするしか道はない。


「どうします?」

「……もう少し距離を空けて様子見だな。あちらが下核領域を必要以上に警戒してるのかもしれないし、そもそも"下"は無視して"上"で待ち伏せかもしれない。どの道、接近はしないなら、我慢比べになるかもな」

「奥に進んで別の出口を探すのは?」

「それもあるが、現段階では何とも言えないな。ただでさえ下核領域に長期滞在することになっているのに、これ以上はリスクが大きすぎる」

「後手後手ですね」

「そうなる」

「……了解です」


 ユウヤが指示を出すと、マコトは意外そうな顔を向けてくる。


「どうした?」


 不躾な視線に引きながら訊くと、マコトは「いえ」と漏らしながら続ける。


「意外に指揮とかも行けるんですね」

「人並みにはな。ただ、思っていることをそのまま発しているだけだし。まあ、強いて言えば結構前にいた隊の隊長が面白い人でな。ローテーションで指揮権を持ったりしたこともあった」

「……へえ。変な人もいたもんですねえ」


 あの頃に少しだけ思いを馳せると、身体に合った豪快な性格の持ち主が思い浮かぶ。隊長という肩書きがありながら自由すぎる人物だったことをユウヤは覚えている。


「好い人だったけどな。向上心はあったが出世とかに全く興味持ってなかったし、それに対して言えば、結構居心地の良い場所だったんじゃないか。最終的には何か上からの圧が面倒になって今は軍にいないんだけどな」

「何年前ですか?」

「……マコトはまだ入隊していなかったし、確か俺が17の時だから、7年ほど前からかな。そこから2年だけ。丁度マコトと入れ替わりなんじゃないか? 軍の記録に残っているだろうから見てみると良いさ」

「ここを突破できたらの話ですけどね」

「それは違いない」


 2人して笑う。半分ジョークが含まれているが、脱出し帰還するという目標に目処が立たない今、結構笑えない。ユウヤは乾いた笑いを浮かべ、マコトを見た。


「マコトはどうなんだ?」

「どうとは?」

「いるだろ、姉が。今も、将来は同じ部隊に、とか考えてはいないのか?」


 ユウヤが訊ねると、マコトは懐かしそうに「あー」と声を漏らす。しかし、その後渋い顔になる。


「入隊時からそう言ったこと何回かありましたけど、今は不思議とないんですよね。姉さんはずっとあんな感じだし。僕の能力は姉さんに及ばないしで、接点が薄くなってしまっているのもあるかもしれませんが」

「シスコンがよくここまで変わったよな」

「シスコンじゃないです。実力至上主義が悪い方向に出ていただけですって」


 からかうように煽りを入れると、マコトはジト目で言い返す。適当に視線を流し、有耶無耶にしておく。代わりに忠告を1つ。


「それで卑屈になるのも大概にしておけよ」


 マコトの動きが微妙にぎこちなくなる。

 その様子を流し見しながら空気を読まずにユウヤは続ける。


「マコトと、あとは相沢。お前らの能力は髙村隊うちで必要な存在さ。だからこそ、部隊戦の成績も良くなって来てるし、何も能力の過小評価する点はない」

「…………」

「寧ろ、重要さ。役割論理で言えば、一番不要な俺が言うところで説得力ないけどな」


 自虐的に嗤う。自己の評価と他者の評価に差なんてないと認知していた為に、ユウヤは己の未熟さをここではマコトへの励ましも含め笑って流す。

 しかし、マコトはユウヤの物言いに擬獣の群れでも見たかのような嫌そうな顔を見せる。


「それ、本気で言ってます?」

「本気さ。お前がいないと隊は回らないが、俺が居ずとも問題なく戦える部隊さ」

「……」


 不満そうな表情を崩さずにマコトは睨むも、ユウヤはどこ吹く風だ。


「俺のことはどうでも良いからさっさと出世していけよ。"次"に備えていけ」

「……はい」


 マコトは知っているのだ。反論しても絶対にユウヤは自分自身を否定する。前からのことなのでこれ以上は言及せず、代わりに力なく頷く。

 ユウヤもマコトの様子に満足したのか、マコトから見えない位置で口元だけ笑みを作る。


 下手に執着はさせない。

 マコトがユウヤへの評価には過剰なところが多々ある。結局、それは日々一緒に任務を行う近しい人間だからこその性質をよく知る人間だからに過ぎない。

 そして、ユウヤの戦闘スタイルが少々特殊、いや、奇抜であることが作用している部分が大きいのだろう。


 だが、違う。


 ユウヤは訓練よりも実戦の方が遥かに残酷であることを知っている。信頼を置いてもらえることに関しては嬉しい限りだが、引っ張りすぎないで欲しいと考える。


 頭を軽く振り、状況を見直す。


「…………!!!??」


 不意の違和感がユウヤを襲う。無意識に身体が硬直し、動きが止まる。そして、それは寒気として表れ、冷や汗が背中を湿らせた。


「どうしました?」


 ユウヤの様子が一変したことを察したのだろう。不思議そうにマコトが訊ねてくる。

 けれど、回答するよりも現状把握を優先させる。


(油断した!? 前兆はなかったか? 急な接近をただただ許していたのか?)


 だが、混乱が先をいくせいか、思考がまとまらない。

 非常にまずい。

 何が起きているのか、結論が曖昧になったままだ。


「先輩!」

「────!!」


 肩にマコトの手がかかる。意識の外からの接触により、反応が過剰になる。バッと後方へ一歩下がる。

 その様子にマコトが溜め息をついた。そして、マコトの動きにユウヤは反省する。


(また、やってしまった)


 ユウヤは焦りが限界を達すると他が見えなくなってしまうと認識している。結果、今のような失態に繋がったのだ。


「済まない」

「……それは良いですけど、どうかしたんですか?」


 怪訝な様子でマコトはユウヤを見る。その質問に、ユウヤは今度は落ち着きを持って答えた。


「敵だ。戦闘体制に入れ」

「……!! 中四強国ですか? レーダーには反応がなかったはずです。包囲網を潜り抜けて──」


 マコトは直ぐ様警戒体制に入り、小声でユウヤに訊ねようとするも、最後まで言い終わらずにマコトがそれを手で制した。


氷獣ひじゅうだ。恐らく、この先にいる』


 通路の先を指差して、淡々と状態のみ通信を切り換えて伝える。マコトもそれに倣って通信機に切り換える。

 通信機は念話機能を持つもので、頭の中で言葉の処理をし、それを媒体を介して相手に伝えるものだ。こうすることで、喋ることなくコミュニケーションを取ることが可能だ。


 今更、警戒の意を強めても意味がないかもしれないが、だからと言ってしないわけにはいかない。


『いつからですか?』

『わからん。恐らく移動中にだろう』

『本当に氷獣だとするならば、道中襲いかかってくることもあったかと思いますが』

『それについてもわからん。俺は氷獣専門家ではないしな。ただ、通路が入り組んでいることを鑑みれば待ち伏せでまとめて、の方がよっぽど楽だ』


 ユウヤはそう勝手に結論付けるが、腑に落ちない点もある。マコトも感じたことがあるのか、通信を通してユウヤの耳に響く。


『氷獣は学習能力が著しく低いはずです。そこまでの頭がありますか?』


 ユウヤの顔が曇る。正にそれだ。氷獣とは学習能力が低い。だから、自分の縄張りにでも抵触する者がいれば、襲い掛からんとするだろうし、中四強国の件があるものの軍人をここまで欺くことが可能なのか。

 疑問は残る。


 それに、氷獣ではないとも考えられる。相手が人種、獣種であろうが、明確な知能を持つ敵であることもあるだろう。現段階で持つ情報量が少なすぎるゆえ、考えうる可能性は捨てきれない。


『どうしますか?』

『別ルートを辿る。比較的安全なルートでここを立ち去るぞ』

『最初の場所は?』


 マコトの問いに言葉が詰まる。最適解がわからない今、戻ったときのリスクがどれ程になるか予測がつかない。

 しかし、すぐに答えを出す。ここで悩んでも状況が好転することはない。だから、断言した。


『放棄する』

『……了解』


 少しの間があったものの、マコトはユウヤの方針に従おうとする。反論も質問もない。気を遣ったであろうマコトにユウヤは内心感謝して、指示を出す。


『今はここから撤退することを優先させるが、静かに、ゆっくり移動する。できるだけ気付かれないように、気付かれても刺激を与えることはしない』

『ルートの方は?』

『ポイントDからFに接続する』

『了解』


 だが、決意を固めて元の通路へ戻ろうとしたとき、それが許されることはなかった。


「……!! 伏せろ!!!!!」


 一瞬の悪寒に、ユウヤは叫ぶ。

 マコトへの指示に、自身も身体を伏せる。瞬間、真上を何かが空を切った。鈍い音が確認できなかったことに、側にいたマコトの無事を実感するも、次には氷壁を削り取った音が耳に劈く。氷片が飛び散り、視界が狭まるも身体を転がすことで距離を取った。その際、背負った荷物は雑に手放して端に転がしておき身軽にする。

 マコトも同様で、最終的に2人が持つのは腕の中に銃が1つずつ。

 それを躊躇なく乱射した。光の粒が銃口から飛び出すと、高速で敵に被弾する。


 ──光学銃。


 人種における国の大体が銃を同じような形態で扱っているものである。光エネルギーを圧縮させ弾丸として射出する。攻撃力は攻撃手アタッカーの持つ武器には劣るものの、長い射程範囲を用いて敵を制圧していく。


 相手を見切る真似はしない。既に攻撃を受けたのだからそれで迎撃しない方がおかしいし、躊躇したところで待っているのは死だ。無表情で乱発していき、反撃の隙を与えない。

 距離はジリジリと離し小空間から脱出する。そのまま下がり気味に応対して、通路から面積が四方50メートルにも及ぶ広い空間へと出た。


(でかいな。体長は4メートルほど。それに硬い)


 ユウヤの目の前に映るのは、乱射されながらも追従してくる一体の氷獣。見るからに全身を氷を纏う獣の様相で、鋭い鉤爪が氷壁をあっという間に破砕したのが見てとれる。尾が伸び、振り回されたら人堪りもなさそうだ。二足歩行型であるから察するに、スピードよりもパワー重視となるから、戦術がわからないのであれば、対応は比較的楽になりそうだ。


 ──だが。


 乱射しているが鬱陶しそうにしているだけで、ダメージは全くない。ユウヤの装備が攻撃力の低いものだというのもあるが、削れる様子すらないのはその氷獣の強さを物語っている。

 更に、乱射したは良いものの、それにも終わりがくる。光学銃はバッテリーをもとに稼働する。当然、切れれば射てなくなる。


「ギィアアアアアアアア!!!!!!」


 流石にヘイトを溜めたのか、氷獣の絶叫が氷の部屋に反響し地響きになる。しかし、軍所属もあってかその威嚇行為には微塵も怯みはしない。

 但し、焦りはする。たった今、バッテリー切れを起こしたのだ。ハチャメチャに乱れ撃ちしたお陰で、すぐに空になってしまったのだ。


『バッテリー切れだ。援護を頼む』

『了解』


 マコトにそう伝えると、少しだけ彼からの火力が上がる。マコトの間合いはユウヤの間合いよりも長い。

 狙撃手故に、相手の攻撃範囲内には決して入らず、氷獣の視界の外での狙撃となる。

 更に、狙撃手の方が一撃の火力が大きい。よって、氷獣にとってはユウヤのそれとは重い一撃となる。ユウヤが妄りに乱射した理由はそれだ。2人で銃撃に入るものの、マコトを然り気無く遠方へと逃がすことで、狙撃の通りを良くし意識の分散をさせる。


 結果、氷獣の意識がマコトの方へ向いた。その隙に、バッテリーの取り替えを即座に行い成功する。


 しかし、氷獣の標的はまもなくユウヤに向けられる。狙撃の威力を問題としていないのか、目の前のユウヤを確認すると、突進してくる。反応が間に合わない。


「ぐっ!」


 ギリギリで氷獣の巨体を避ける。しかし、無理な身体を捻ったお陰でバランスが崩れ、転倒する。視界がぶれ反応が鈍る。そうしている間に、氷獣が腕を振り上げる。


 ──瞬間。


 閃光が走り、瞬く間に氷獣の腕にぶつかった。衝撃が伝播し、ユウヤは身体毎吹き飛ぶ。


「ぐっ」


 その際、勢いが最後まで殺せなかった鉤爪がユウヤの肩口を抉る。強烈な痛みが走るも致命傷にならない分だけましである。頭だけを守り、転がる。


『すまん、助かった』


 ピンポイントで一発に4分の1もバッテリーの消耗するほどのエネルギーをぶちこんだのだ。おかげで、ユウヤの身体も持っていかれたが無事だ。

 強烈な衝撃により、氷片が浮き上がり霧のように舞う。氷獣の半分がそれに隠れるところを凝視し、認知する。


「……!」


 その様子に困惑が浮かぶ。ユウヤの気持ちを代弁するかのようにマコトが通信で叫んだ。


『まさか、無傷ですか!? Aでも吹き飛ぶ量をぶち込んだんすけど』

『いや、無傷ではない。罅くらいには削っている』

『それ、ほぼ無傷。無事ってことじゃないですか!!』


 マコトが喚くも、ユウヤは氷獣を凝視したままだ。霧は晴れて、氷獣がすぐにこちらを認知する。

 あれほどの威力を受けて無傷。想像以上に硬い。かといって重戦車型とは違いある程度は動ける。後手に回れば回るほど厄介な相手だ。

 だが、動きには単調なところが多い。氷獣の性質であり、それは目の前にいる奴にも有効でありそうだ。


 ならば。


『マコト』

『はい?』

『お前、今ぐらいのあと何発まで行ける?』

『……肉体への影響を無視すればあと20発は行けますよ。でも、それでエネルギー切れですし、下手に撃ってもじり貧になって結局死にますよ』

『ふむ』


 ということはバッテリーにして5本分。長期戦を見れば少ない本数だ。マコトが言うように数打ちゃあたると見ても博打が過ぎる。それに、連続で撃てば反動も蓄積するわけで、下手をすればマコトの肉体が先に限界が来る。ユウヤとて、あれほどの衝撃が最高で20発も襲うのはゾッとしない。


 であれば。


 ユウヤの考えは別にある。


『1発だ』

『……はい?』

『バッテリー1本分まるごと撃ち込め。俺が引き付けて、可能ならば急所も探る』


 ユウヤの指示に流石の抵抗があるようだ。慌ててストップが入る。


『確かに出来ますけど、僕らの負担が尋常ではないです。撤退も考えるなら無茶です。それに僕の銃が持つかもわからない』

『できるならやれ。できなきゃ他を考えるが恐らく無理だ。超高火力で1発。奴にぶちこめれば今の感じだと崩れる可能性が高い。どの道、奴を背に逃げ切ることは不可能だ』


 荷物を捨てればまだしも、放り出して生き延びるのは自殺行為に等しいために却下する。

 ユウヤが迫り来る氷獣に牽制で迎撃するところ、マコトは絞り出した声で告げる。


『……了解。但し、銃にも負担がかかるので時間を戴きます』

『おう。俺が死なない程度に注意を引いておくから安心して撃ち込んでこい』


 死なない程度にというのは嘘だ。そもそも、ユウヤの戦闘の間合いが違うことで死亡率は格段と上がる。それも時間稼ぎとして全うしなければならないことを踏まえれば、距離を必要以上に取ることは悪手にもなる。マコトから引き離しはするが、何かの拍子に標的が変わらんとも限らないだろう。

 マコトもそれをわかっている。時間をかけすぎれば前衛の間合いに不馴れなユウヤが捉えられる確率は上がる。迅速に、しかし的確に、最短距離を行く。


『10分だ』

『了解』


 通信を切り、氷獣と真っ向から対峙する。


「さて、と」


 銃口を向け、挑発も込めた勢いで吠えた。


「来いよ! 遊んでやるぜ」

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