第3話 経過

  ◇


「…………」


 ユウヤはひとり、手にある機器が広げるこの場の大まかな地図を見て、物思いに耽っていた。


 今、ユウヤには2つだけ気掛かりなことがある。この広大な雪原の一帯から抜け出し、どうやって軍に戻ることができるのか、そんなものはとうに考えるのは止めた。自分達が生き残るためには確かに必須要件ではあるのだが、生憎とそんな大々的なことを考えてもなにも好転しないことはわかっていたからだ。これからどの道を辿るのかは中四強国にも依るが大体決めてある。けれど、どこへ進むにせよ歩を重ねなければ餓死は確定だ。現状はこれ以上考えても無意味に等しい。


 であるならば、ユウヤが危惧する点は他にあるということだ。その内の1つを挙げるのであれば、4日前に遡ることになる。




  ◆


 全世界には1000を超える軍事機関が存在している。氷雪が積もり独自の地形が形成されていくこの世界は、いわば閉鎖的な空間そのものであり、国や軍事機関を行き来する方法は過酷なものに為りうる。遥か昔には海という塩の味がする水の溜まり場が広がっていて、移動そのものにも難があったと聞いたことがある。全世界が氷の地面で繋がっていて、自らの足でどこへでも行ける今とは移動をするにも難がある時代に人々はどう生きてきたのか興味深いものがあるのだが、比較することもできないので想像だけに留めておく。

 それはともかくとして、閉鎖的な空間があることで、人々は近くにいる者たちと共に徒党を組む傾向にあった。結果、"国"の概念として広がり、経営されている。

 北と南には獣種の国家が聳え、その間に人種が住まう国家が集まる。勿論、これに当てはまらない国家も多数存在する。獣種筆頭の『ゲルゴラ』のような堂々と赤道を跨がる世界ランク10位の大国家も人種との共存関係にある。


 人種と獣種。

 生物を大まかに分ける種の基準。区別のしようはいくらでもあろうが、強いて挙げるとするならば、力の強さだ。

 共存関係にありながらも棲み分けという明確な隔たりがある。

 その要因としては獣種の方が圧倒的に強大な力を持っているということだ。獣種にも劣らない兵器の開発に成功した人種ではあるが、戦力を見ても力の差は歴然としている。お互いが不干渉というスタンスで今もなお平和な世界が続いてはいるが、獣種の集う国家の中で上位3国のどれか1つにでも攻められることになれば、人種最大の国家である露亜ろうあ帝国でさえ滅びの途を辿るだろう。


 だが、それで人種が黙ってやられるというわけでもない。その為の軍隊だ。和平交渉に成功した300年前の契約がどこかで途切れてしまったとしても良いように、戦力の確保はどこの国家でも必須事項であるのだ。

 その最上位にあるのが人種上位5国からなるWPIである。


 露亜帝国、アースグランド、UーSS、ヴィスカル、そして中四強国。

 人種のみで見れば世界ランクの上位を占める5大国である。軍事力は勿論のこと、統治する規模、人口、財力など、あらゆる観点で国を評価したときに総合的な度合いが反映され、ブックメイカーによって決定、記述される。

 簡単に言えば、世界の中でどの国がより世界中に影響力を持っているか、どの国が強いか決めたものだ。

 その上位3国は獣種が統治するところではあり、強大な力を有しているが、この5国もそれに勝るとも劣らない影響力を秘めている国なのである。


 その内の1つ、中四強国。

 ユウヤの属する極東連盟と比較的に距離の近い場所に位置する国が、ユウヤたち"髙村隊"の問題であった。



「周囲3キロメートル、前方異常なし」

「同じく後方も異常なし」

「同じく右方、及び左方異常なし」


 定期的に周囲の状況を確認するようにして、一旦歩みを止めた髙村隊のメンバーが、それぞれ報告し合う。

 報告をした彼らの手に持つは、雪に同調するように白い銃である。全長が短いもので1.2メートル、長いものだと2メートル強になるもので、それぞれに付属する遠視鏡スコープで周囲を見渡しているのだ。


 それとは別に、ユウヤは右手にリモコンを、それに繋がるイヤホンを右耳に着けて座っている。手持無沙汰な左手は氷上に手の平から載せ、そのまま硬直。目を閉じて自身の聴力を限界まで作用させる。


「周囲10キロメートル、敵影なし。いや、電波反応なし。──唯、」


 目を見開き、焦点の定まらないまま、ユウヤは結果報告をする。すると、先に報告した髙村隊隊長である髙村ショウゴは白に光る銃を片手にユウヤの最後の言い淀みに反応した。


「唯?」

「北西20キロメートルあたりに違和感を感じます」

「……というと?」

「完全な電波の遮断が感じられます」


 その報告に、髙村は眉をひそめる。


「仕方ないよ、髙村く……隊長。ここは中四強国領に非常に近い」


 髙村が口を開こうとしたとき、それを遮ったのは髙村の隣に立つ女性だ。現在は防寒着で彼女の全貌までは見られないが、綺麗に整った容姿をしている。しかも、この場にいる誰よりも年長である、それ故の平静を保ち続けられる女性でもある。

 小込こごめマキノ。隊の支柱に為りうる髙村隊の副隊長である。


 そんな彼女の言に、髙村は憎々しげに呟いた。


「確かに北西あっちには中四強国があるが、それはもっと先だ。少なくとも100キロメートルはあるはずだ。こんな辺境の地まで開拓を進めるとは思えんな。極東連盟うちと戦争でもしたいのか」

「隊長~。その言葉は流石に駄目ですって~」


 髙村の歯にもの着せぬ言葉に突っ込みを入れたのは髙村隊銃手の馬場ノボルである。のんびりとした口調ではあるが、彼の言葉には力強い抑止の言葉がある。唯、髙村は咎める声を一蹴した。


「そんなことはわかっている。だが、無断での領域拡張は禁止行為とされているはずだ。それも5大国様の1つがやっているとなれば、それ相応の処理をせねばなるまい。

──目刈めかり

「は、はいぃ!!」


 髙村からの指名により隊員の1人が慌てて反応する。幼女のような声であわあわに慌てふためく髙村の女性隊員の2人のうちのもう1人である。


「狙撃警戒で強化電磁シールドを展開する。起動の準備をしておけ」


「はいぃ!!!」


 髙村の指示に、目刈ライは自身の体よりも一回りも大きい荷物にそそくさと手を掛け始めた。


「それと、この場から北東へ進み、できるだけ中四強国から離れたルートで目標を目指すとする。シールドの展開設定が完了次第すぐだ」


 全体を見渡して、髙村は方針を伝える。

 しかし、その方針に待ったをかけるものがいた。


「ちょっと待って頂戴」

「何か問題でもあるのか、小込」

「ルートに関しては文句はないけれど、早急にこの場を発つ必要性はないわ」


 反論を口にする小込に、髙村は苛立ちを隠そうとせず舌打ちをした。


「それは何故だ」

「前回の進行での活動時間は2時間ほど。そして今、現状確認も兼ねた休憩になっているけれど、まだ15分も経ってない」

「別にそれで十分だろう」


 何も問題ないと論ずる髙村に、小込は溜め息を吐く。


「いいえ、ライちゃんの負担が大きすぎるわ」

「目刈には身体強化パックブーストギアがあるはずだ。確かに負担は大きくなるが、ここより離脱する方が先決だ」

「確かにブーストギアは便利だけど、酷使すれば後々の負担に繋がるわ。ライちゃんの負担はここ1週間で大きくなってきている。私達の疲労も少なくない」


 髙村は小込の助言に、露骨に嫌悪の表情を見せる。

 髙村も彼女の言葉を理解しているのだ。だが、現状をよく思わない彼は直ぐ様反論に転じる。


「予定を前倒しにするだけだ。直ぐに身体が壊れるわけでもなかろう。今はここにいるリスクの方が高い」

「……それはそうかもしれないけど。でも、ユウヤくんもいるし、慎重に行けば問題ないはずよ」


 髙村の指摘に小込の言葉が詰まる。予定の範疇であれば納得をせざるを得ない。そもそも、計画段階では目刈ライの負担を真っ先に考えたものだったはずのものであるからだ。


 目刈ライは軍の中で補給士としている隊員である。戦闘に参加することはせず、資源の供給等を役割としている。今回の任務のような遠征にも欠かせない存在であり、物資の確保と移動には必要性は一番と言えよう。

 身体強化パックブーストギアとは、電磁操作により肉体を活性化し、アクティブ活動の強化を目論みたものである。戦闘で使われることは勿論のこと、目刈のような補給士の肉体強度を上げ、活動時間の効率化を図るのだ。比較的小柄な彼女が補給士として活動できているのは、このお陰である。

 但し、完全に利便性に富んだものというとそうではなく、使用後の疲労度や肉体の損傷が顕著に現れることになる。


 その為、補給士として最重要となる隊員であり、計画も補給士の負担が少なくなるようにせねばならないのだ。

 だからこそ、小込は目刈を気遣ったのだ。


 しかし、リスクの計算をして、結論を導き出すは髙村隊隊長の務めである。方針を定め、隊を牽引する義務がある。髙村は髙村で別のものを重視する。


「別に姫野の能力を過剰評価する気はない。確かには有能かもしれないが、たかが小細工を信用するには足らんということだ」

「……」


 髙村の持つ評価に、ユウヤは反応しない。事実を言われたことで反論する術がないからだ。だが、その評価に黙っていたマコトが噛みつく。


「いや、そんなことはないでしょう。探索技術に隠密性は問題ないかと思いますが」

「ならば、隠密部隊に入隊できていると見るべきだ。なら評価もするが、ただ人より探索、隠密能力が高いからと言って信頼できるものではあるまい。俺の方針を変えたかったらそれ相応の結果を示して見せろ。そうでなければ、黙って従え」


 強い言葉で威圧する。髙村はこの場にいるメンバーの中では一番権力がある。それを覆そうにも無理な話だ。

 それでも、マコトは食い下がる。小込も不満げな表情で髙村を睨むのがユウヤの視界に映った。


「しかし──」

「その辺にしておけ」


 止めたのはユウヤ本人だ。


「隊長に一理ある。私への評価に間違いもない」

「ユウヤくん」


 任務の遂行が第一優先であることを意識してか、ユウヤは無表情のまま髙村の指示に従う構えをとる。

 その様子に小込が心配そうな声を上げるが、薄く笑みを作って返す。

 すると、脇から高い少女の声が響く。


「わ、私もまだ大丈夫です!」


 目刈はふんすと鼻息を荒げながら髙村に伝える。彼女自身、足手まといになることを嫌ったのだろう。

 ユウヤと目刈の発言に、髙村は気分を良くしたのか、声を高くして全体を見渡す。


「ふん、そういうわけだ。うちの凡兵どもがこう言うなら何も文句はなかろう。時間の無駄になるからさっさと準備しろ。まあ、小込の忠告もあるし、10分後に移動を開始することにしてやろう」


 「了解」の声が重なるところを目の前に、髙村はさっさと背を向けた。


「ライちゃん、無理しちゃ駄目よ」

「は、はいぃ。……いや、大丈夫ですよぅ」


 おどおどと小込の忠告に答える目刈を見ていると、小込がユウヤにも顔を向けた。


「貴方もよ、ユウヤくん」

「ははっ、大丈夫ですよ。マキノさんこそうちの隊の要なんですから無理はしないでくださいね」

「私は軍医よ。無茶をするためにこの場にいるんだから、私の心配は無用よ」


 目刈が補給士として重要な役割を持っているとするならば、小込は医者である。救護の面では遠征には絶対不可欠な存在であるのだ。そんな重大役職を女性陣にすべて任せきりになってしまうのは些か申し訳なく思うも、彼女らのおかげでこの遠征も大方うまくいっているというものだ。

 あとは如何に目的地に安全かつ迅速に到着するか、そして帰還できるかが問題になる。


 そう思い耽った時、ふと先程の会話に一切口出ししてこなかった髙村隊の最後のメンバーの1人が目に映る。


相沢あいざわ

「……どうしました、先輩?」


 ユウヤの声に反応したのはユウヤの1つ下の後輩になる相沢タケルである。無気力そうな顔を常時展開する彼は、今回も変わらずのっぺりとした声で応対してくる。


「敬語は良いって言ってるだろう。俺よりも相沢の方が階級上になっちゃったんだし。年も近いしさ」

「いやいや、昇格したの最近ですし。それに階級なんてくだらないと思いますけれどね」

「そんなことないだろう。うちの隊の成果が上がったのは相沢のお陰だし。現に俺よりも活躍してるんだからな」

「ポジションが全然違いますよ」


 相沢は無気力の表情を常にしているが、だからと言って無気力というわけだはない。応対はきちんとしているし、ものぐさなユウヤと比べてアクティブであったりする。

 ユウヤと相沢が話していると、そこにマコトも加わってくる。


「僕も階級なんてのは当てにならないと思いますけれどね」

「……お前、もともと階級主義だったろ」

「僕も質を求めるようになったんですよ」


 ユウヤのツッコミに苦笑いでマコトが応える。


「そう言えば、相沢さんの昇格試験は何だったんです?」

「いつも通り筆記と戦闘があったな。戦闘は擬獣Bランク2体相手な。あとは擬獣Aランク1体を即席小隊で討つやつだな」


 相沢の言葉に、ユウヤはげんなりした。


「俺が昇格できない理由だよ。擬獣なんてBランク2体も無理なんだわ」

「うわぁ」

「どうせ、俺は転職しない限り上がれんよ。まあ、上がれたところで第4階位は夢のまた夢だがな」


 やれやれと手を掲げるユウヤに、マコトは苦笑いで返す。


 姫野ユウヤ(第2階位) ポジション:支援銃手サポートガンナー

 白峰マコト(第3階位) ポジション:狙撃手スナイパー

 相沢タケル(第3階位) ポジション:攻撃手アタッカー


 階位とは、単純に隊員の能力評価の基となるものだ。見習いの第0階位から始まり、実力が上がる毎に階位も上がる。最高で第7階位まであるが、現職でそこまで辿り着いた隊員は片手で足りるほどだ。

 階位を上げるには一定の条件のクリアに筆記、戦闘を基準とした昇格試験が導入されている。医術士ドクター補給士ローダーといった支援職はまた違うが、基本はこれだ。

 昇格試験は年3回、条件を前試験までに満たした後に受けることができる。条件を満たして直ぐに受けられるものでもないのだ。

 また、試験を受けるのは任意であり、現階位を維持しても良いことになる。実際はメリットも何もないので大半が試験を受けることになるが、ユウヤのような人間は稀だ。


 姫野ユウヤは第2階位昇格後、もう5年が経過したが、今もなお昇格の兆しは見えない。条件クリアに3年半ほどを費やしたということもあるが、今から3回ほど前での試験でこれは無理だと確信したのだ。

 ユウヤの力不足の否めなさもあるが、この試験ではこれ以上階位を上げることは無理だと悟ったからだ。


 だからこそ、ユウヤは後輩ではあるが既に階位が上の2人に期待する。


「お前らは頑張れば30までには第4階位、第5階位も夢じゃないだろうさ。だから、さっさと出世でも何でもして俺を雇ってくれよ」


 もう夢見ることのないといった面持ちで、ユウヤは笑った。



  ◆


『ペースを上げるぞ、準備しろ』


 通信機を介した指示に、発信者を除く髙村隊全員の表情が強張る。

 現在は陽が傾き、極寒の風が身体全体に突き抜けるようになってきた時刻に、髙村は不機嫌な口調で命令を出す。極寒故に、下手な会話は喉がやられることがある。陽が出ているうちはまだ問題ないが、陽が沈めば気温も急激に下がる。いくら寒さへの対策や耐性があろうとも、気温の急な変化にはついていけなくなる。


 そんな中での隊長の指示である。疲れが滲み出たところで、更に鞭打つような命令がくだれば、誰でも眉を潜めるだろう。急いだところでどうしようもなかろうと言うのに。


 隊員の様子を知ってか、小込が通信に入る。


『これ以上は無理よ。陽も落ちてきた。今日はここまでにするべきよ』

『まだ中四強国の活動範囲を抜けていないだろう。急げば安全圏に入る』

『この天候だし、恐らく夜には更に悪化するわ。そうなれば、中四強国だって無茶みたいなことしないし。そもそも位置が捉えられているわけではないのよ。何をそんなに急いでいるの?』


 小込の質問に髙村の舌打ちの音がユウヤの耳元まで届く。


『黙れ! とにかくさっさと歩を進めるように努めろ』


 髙村の苛立ちの声が響く。耐え兼ね、ユウヤも口を開いた。


『……これ以上は危険です。安全圏に抜けることは良いと思いますが慎重に行動すべきです。そもそも進路も予定と大幅にずれてきています』

『……隊長~。らしくないっすよ』


 馬場も緩い口調で髙村を諌めたことで、髙村は『ぐっ』と嗚咽を漏らした。──直後。


『……いや、進むぞ』

『!? 髙村くん!!』


 意見を変えようとしない髙村に小込が叫ぶ。当然だ。どう考えてもリスクが大きすぎるのだ。疲労が目刈には目に見えていて、他の隊員にも少なからず溜まってきている。

 加えて天候が荒れてきている。

 休息と防寒防風に務める必要性がわかりきっているものだ。


 しかし、髙村は意固地になって意見を押し通そうとする。他の隊員にとってはもはや理解不能だ。


『良いから進むぞ。今、選択肢は他にはない』

『髙村くん、いい加減にして!! 貴方は隊長だけど貴方の言うことすべてが正しいわけではないわ!! 隊員のことも考えなさい』


 小込の声にも焦りと苛立ちの様子が窺える。医者として下手に隊員が見殺しになってしまう状況にはさせたくないのだろう。

 だが、その言葉は髙村には響かない。


『であれば小込、お前を置いていく迄だ』


 絶句。


 要の隊員を置き去りにしてでも進むという意志。何が彼を動かしているのかまるで理解できないが為の、反論の言葉が一切出てこなくなった。

 小込の方も言葉を失っている。何を言っても響かなければ、更に切り捨てようとすらしている。それに、このまま髙村のみを先に行かせることは医者である小込にはできない。言葉で縛られて、何も言えなくなる。


 最終的に進むしか道がなくなる。



 それが、命取りになった。



 数刻の後、髙村隊に巨大な雪崩が襲うこととなる。

 ユウヤとマコトによる遭難生活と、中四強国からの逃走劇はここから始まることになる。



  ◇


 あのときの情景を思い出して、ユウヤは1人、違和感に駆られていた。

 現在は深夜も早朝へと差し掛かろうかと言った時刻。傍らにはマコトが寝息を立てている。ユウヤは夜の番として周囲に異変が起きていないかを察知するために起きている。当番制にして現在はユウヤが担当しているのだ。

 夜も深くなれば下手に出歩こうとはせずに、無線や探知機を用いる。そうして、異変が起きたときには全力で回避に努めるのだ。


 そうして静かな時が流れていくなかで、ユウヤは思い返す。

 あのときの髙村はかなりおかしかった。

 髙村という人物を追っていくと、彼は出世欲に溢れていた。他人を蹴落としてでも昇進することに躊躇せず、隊の手柄も自分1人のものとしようとしていた。そうでなくとも、自身の功績を十二分に見せるのには枚挙に暇がない。


 だからと言って、彼は無能ではないことを知っている。現在の髙村隊の功績を見てみても、彼の能力の高さが窺えるし、実際に極東連盟の出世頭になりうる有望株であるらしい。

 その要因として、彼のリスク管理にはユウヤ自身一目置いていたぐらいだったのだ。出来るだけのマイナス要素を廃そうとし、任務の成功へ導くことにより、着実に力を伸ばしていったはずなのだ。


 今回の任務による作戦会議にしても同様だった。彼は中四強国を気にしすぎるほどに警戒していた。だからこそ、早急に中四強国の活動領域から逃れたい思いが強くなっていただろう。小込副隊長の助言も無視してあのような言動になってしまったのではなかろうか。


 だとするとわからない。

 彼が何故を使ってまで目的地に辿り着こうとしていたのか。経費や時間に関しては幾ばくかの余裕があったはずだ。やろうとすれば、中四強国を迂回して目的地に到着することも可能なのだ。その場合は時間もかかるが大きな問題にはならないはずだ。


 髙村のリスク取りと、今までの行動との矛盾。


 違和感の正体はそれだ。

 しかし、何故なのかがまるでわからない。思えば、髙村は任務の初めから何かに焦っていたようにも見えた。


 ──何故。


「……ふぅ」


 頭の中を整理させようと一息つく。白い靄が宙を舞い、消える。


 ユウヤは自己嫌悪に浸る。

 結局、自分は凡人なのだ。戦闘力も人並みかそれ以下であるし、知識は多少あってもそれを扱える知能がない。分からずじまいで止まるのだ。


 嫌になってきた思考に頭を降って霧散させる。今は必要ない。今、必要なのは隊員の安否を思うことと、これからどう進むか考えることだ。反省は後で良い。



 氷の部屋で1人、端末をぼんやりとみていること数分、独りでにそれは反応した。

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