3-7 苦難

フェネックとアライグマを送ったバーバリライオンはサーバルと共に同盟で使っている住処に戻っていた。


あの後からサーバルは全く口を開かず、他の同盟メンバーからの声掛けも無反応。何も言わずサーバルのために貸している小部屋に入って行ってしまった。部屋の中にじゃぱりまんを置いたが、サーバルは部屋の奥で縮こまり手に取らず口に運ぼうとはしなかった。


仲間の否定、脅迫、意見の無視。ここまでの事をされたら辛くない方がもはや異常だ。そんな残酷なことをたった一匹の子猫にしてしまったのだ。


――強い者が一方的に弱き者を甚振る…。これじゃあヒトが我々にした事と変わらないじゃないか…!


ヒトによる残虐な仲間の殺害。そこまでしていないといっても、サーバルにとってはかばんという者は仲間なのである。それを我々の都合で引き離し、食料も与えず、命の保証はしないという死んでもなんとも思わないと言っても過言ではない酷い言葉をぶつけたのだ。


「――クソッ…!!私もここまで落魄れたか!!」


かばんはヒトで、ヒトは我々にとって脅威。その脅威を排除することは最優先事項で我々のした事は間違ってはいないはずだ。だがそのせいでサーバルがひとりぼっちとなり、私たちと同様に孤独となってしまったら元も子も無い。

ケープライオンもどこかに行ってしまったし、珍しく来てくれた客には嫌われてしまったし、頭領として自分はどうすればいいかわからなくなってしまった。



そもそもどうしてこの島に我々は居るのだろうか



この島にいる者はすべて資料に載っていた絶滅した動物達ばかりである。

そしてこの者達は全員『ヒト』の形を模している。しかしこの者たちに中にはヒトが原因となって絶滅になってしまった者も居る。

動物だった頃を覚えてない者はこの姿でも気にしてないところもあるが、もし覚えている場合この姿になる事を不快に思ってる者もいるだろう(一番近い者でいうとケープライオンがそれにあたる)。

そもそも前の姿を覚えている者は何故覚えているのか、どういった基準があるのか、これも謎である。

この島で覚えていると言っていたのは自分を含めケープライオンやサーベルタイガー、確かスミロドンも覚えていると言っていたな。

この三人の共通点は何かあるだろうか…?


考えれば考えるほど謎は増え全く解決の糸口をが見当たらない。頭を抱え唸ってしまう


「そもそもなぜこんなにも難しい事を私が悩んでいるのだ…」


それもこれもあのヒトが来たせいだ。

今まではなんの騒ぎもなく均衡を保ち続けたというのに、たった一匹のヒトのせいでその基盤が崩れてしまっている。

一刻も早く霧が晴れてこの島から完全に出ていって貰うしか策はないのかもしれない。



そういえばケープライオンは今はどうしているのだろう。一人で行ってしまったがケラーが行く場所が想像もつかない。

そもそもケープライオンが一人でどこかに行くなんてことが出会ってから一度もなかったため尚更見当がつかない。

ケープライオンとは目覚めた時からずっと一緒だったし、自分が一人でどこかに行くこともケープライオンが一人で出かけることもなかったし今自分が一人でいることはかなり珍しいことだ。


バーバリライオンが悩みに悩んでると誰かがバーバリライオンに話しかけた。


「よっ隊長!何難しい顔してんだ?」

「ん?あぁコーカサスか。珍しいなお前からこっちの方に来るなんて」


悩むバーバリライオンに話しかけたのは『コーカサスバイソン』だった。こげ茶色の毛で覆われた服に手には殴る事に特化した大きなグローブを付けている。

コーカサスバイソンは元々自分たちがいる同盟にいたメンバーだったが今は別の同盟のリーダーになって上手くやってるらしい。今でも同盟にいた時と同じように隊長と呼ぶ良い奴だ。


「なぁにちょいと遊びに来ただけだ。今日は森の広場にいなかったからちょっと心配したんだぜ?」

「あぁすまない、今日はケープライオンが出かけてて組み手をしないから行かなかったんだ。相変わらず仲間思いなのは変わってないな。」

「そりゃどーも。俺が来ることを察してあえて逃げたんじゃね?とも思ったけどな」

「あはは、私に限ってそれは無いだろう?いやないよな…?」

「ジョーダンだよジョーダン。隊長も相変わらずだな」


コーカサスバイソンのおちゃらけた性格は今に始まった事ではないので特に気にしない。しかし今でも自分にこんなに気楽に話してくるのはケープライオン以外ではコーカサスバイソン位だろう。


「まぁ遊びに来たと言うならゆっくりするといい。以前会ったのは同盟同士の集合以来だものな、色々と面白い話を持ってきたんじゃないか?」

「面白い話だなんてそんな期待すんなよ、聞いた時にがっかりするだけだぜ?ま、俺の話は後にして今日は先にお前の話から聞かせてくれよー。隊長の話を聞くのも結構楽しみしてんだぜ?たしか前に聞いたのは木をぶっ倒したら立て続けに他の木も倒れて道が出来ちまった話だったっけな?」

「それまだ覚えてたのか。かなり前にした話じゃなかったかそれ?」


バーバリライオンは笑いながらも何を話そうかを考えた。

特に何も考えてなかったが丁度いい話があったのでそれに決めた。


「それじゃあ面白いかは置いといて、私とケープライオンがこの島で目覚めた時の昔話でもしようか」

「お、意外と知らない隊長達の馴れ初めっすか。それはぜひ聞きたいねぇ」

「そ、そこまで食いつくことか?まぁいいか、って馴れ初めじゃない」

「だからジョーダンだって。そんなに焦んなくていいっての。もしかして本当にケラーさんとやっちゃった感じっすか?」

「いやどういう事だよ…」


コーカサスバイソンの冗談は時々本気なのかと思ってしまう時や本当に本気で言っている時もあるから全く気が抜けない。


「それ以上からかうようだったら話さないがそれでもいいか?」

「いやぁ冗談きついっすよー」

「なんなんだ全く…」


コーカサスバイソンの本気か冗談かわからない発言は置いといて、バーバリライオンは語り始める。






彼女が目覚めたのは彼女自身が知らない森の中だった。周りを見渡しても木があるだけで何も無い空間が続いているだけだ。彼女は何故自分がここにいるかも、目覚める前の記憶も曖昧だった。そんな彼女でもひとつだけわかる事があった。それは『自分は一人ではないということだ』った。

彼女の居る場所から斜め前の木陰。そこに何かが居るのが見えたのだ。それもこちらを見つけたのか素早く身を隠し彼女の視界から外れた。

その影を目で追いかけるようとした刹那、目の前に明らかに殺気を放ちながら彼女に迫って来るものがあった。


――捕食者。

それは紛れもなく彼女を殺しにかかっていた。


それの攻撃を間一髪のところでかわす。だがその捕食者は攻撃を止めることなくまたこちらとの距離を詰めてくる。

避けても避けても攻撃を続けるそれはどこかで見た事がある見た目だった。だがこの緊迫した状態でゆっくりと記憶を整理する暇は無い。


(このままやられ続ければいずれ自分の体力が無くなりそれに殺されてしまう。それだけは避けなければならない)


相手の攻撃に合わせ彼女の武器である爪で相手の脇腹めがけ袈裟懸けた。

相手も攻撃をされるとは思ってなかったのかこちらの攻撃を避けるために攻撃するのを止め後に飛びこちらの攻撃を避ける。

彼女の攻撃は空気を裂いたがそのおかげでその捕食者に隙を作った。

畳み掛けるように相手に詰め寄り反対の爪を今度は頭を狙い振り上げた。


――ザシュッ!


見事にその攻撃は当たったが、ダメージを与えた感触が無かった。

爪が当たった感覚はたしかにあったのだが捕食者の体毛のような物がそれをダメージを防いだのである。

その攻撃が無意味で終わってしまったのを悟り目の前の捕食者から距離をとる。

だが、捕食者は彼女に出来た隙を見逃さずこちらに狙いを定め逃がすまいと腕を振りかざし飛びかかる。

その捕食者の攻撃に後ろ飛びで距離を取ろうとしていた彼女にはそれを避けるすべが無かった。

その攻撃が当たる瞬間咄嗟に体を翻し後ろ足で蹴りを入れた。その蹴りは深く相手の体に入り攻撃をかわすと同時に相手を吹き飛ばし距離を広げることに成功した。



明らかに痛がっている相手の次の行動を気にしながら相手を観察し彼女自身の記憶を整理する。


――そもそも自分はこんな気が生い茂っている所には居なかったはずだ。


――さらに驚いたことに自分の姿が明らかに自分の記憶と違う形をしていた。

先程までの戦い最中は全く気にしなかったが前足の形に全く見覚えがなく、さらに驚いたのが二本の足だけで立っていたのだ。

それなのに歩く事も身体を動かす事にも全く違和感がない。

まるでこの姿が最初からの自分の身体なのかというほど支障がなく動けているのだ。

先程の戦いもこの姿で事足りている。だがこの姿ではない事を覚えているはずなのに目覚める前の事を思い出せない。



そう考えている内に痛みにもがいていたそれは落ち着いたのか腹を抑えながらもこちらを睨んでいた。

攻撃をする余力が無いのか攻撃する素振りは見せないが殺意は収まっていないようだ。

こちらも臨戦態勢は崩さずに相手を捉える。




風もない無音となった空間。

それを先に壊したのは相手だった。



「よくも……」



「よくも俺の仲間を皆殺しにしてくれたなぁああ!!!」



叫んだ。彼女にも分かる言葉で自分に向かってそう叫んだのだ。

そう言う相手をよく見ると二本の足で立ちこちらを見ている。その姿には見覚えがあった。


「皆殺し?何を言ってるんだ、我々の住処を荒らし仲間を殺したのはお前達の方だろう!!」


欠けて多くを思い出せない中でも絶対忘れていなかった悲劇の記憶。その原因となった張本人と似たものが目の前にいるのだ。

その記憶を思い出し怒りに拳を強く握りしめた彼女は、ふとあることに気づいた



それは目の前いるそれの姿も自分の姿も『似ている』という事だ。

自分たちを殺した者に似ている相手とそれに似ている自分、そして通じる言葉

もしやと思い彼女は対峙する者に尋ねた。



「なぁ、一旦落ち着いてちょっと聞いてくれ。一回自分の姿をよく見てくれないか?」

「は?何言ってんだよお前はぐらかすつもりか?」

「いやちゃんと見てみろ。本当はお前の今の姿は元々の姿じゃないはずだ」

「ったくなんなんだよ、俺は俺だし自分がやられたことは忘れてねぇからな…ってなんじゃこりゃ!?」


前足を見たそれはあまりの驚きからか大声で驚愕した。


「お、おい、これなんなんだよ!?さっきはお前を倒すことに必死になってたから気付かなかったけど俺はこんな姿じゃねぇぞ!?」

「やはりか、私もこの姿には少しだが違和感があるんだ。もしかして我々は願わなくしてこの姿になったのではないかと思うのだがどうだろう」

「なんだよこれ…意味わかんねぇよ…。ということはお前も今の俺みたいな見た目の奴らに仲間を…?」

「思い出したくはないが忘れたくない記憶だ…。だが私も全く理解ができない…」


彼女たちは目覚めた。

記憶にない場所で、覚えのない姿で。

見たことのない者と共に…、、、







「ケラーとの出会いは自己防衛と目覚める前の記憶と謎のせいで良い出会いとは言えないものだったのだよ」

「へぇー、今の隊長達とは大違いだな。なんかこう、最初っから仲がいいのかと思ってた」


丁度いいところで話を区切ったバーバリライオンはコーカサスバイソンとの会話に戻した。


「一度は敵と認識して対峙した訳だが、あの時のケラーの本気っぷりは今と比べ物にならないほどだった。あの時は本気で喰われるかと内心恐怖もあったのだよ…。いやぁ、本気のケラーとはもう戦いたくはないね」

「と言いながらもいつもケラーさんとの組み手の時『本気で戦いたいのならまずお前が本気を出さなきゃ私も本気で戦わない』って言ってなかったけか?もしかして本気のケラーさんと戦いたくないのに本当はそう言って見栄はってるって事でいいのか?」

「ほぅ…ならコーカサス。私と手合わせするか…?私は本気で行くが…」


コーカサスバイソンはウシシと笑いながらそう言ったが、バーバリライオンが声を低くして割りと本気で返したのでコーカサスバイソンは「い、いやぁジョーダンだって本気にしないでよくださいよタイチョー…」と本気で焦った。


「全く…本気の隊長の攻撃はシャレになんないんだから勘弁してくださいよ…」

「私だからいいがコーカサスのその性格はいずれ身を滅ぼしかねないから注意しろよ?いつ団員から寝首を掻かれるかわからないし注意しておかないとな」

「相変わらず隊長は厳しいなぁ…流石頭領って感じだな」

「まぁ伊達に長い間この島で頭領やってないからな。とわいえ、ここまで私がしっかりこの島を守れたのはケラーが居てくれたお陰なんだけどな…。1人だったら自分の名前も自分がなんなのかもわからなかっただろうし」

「切っても切れない関係か…。隊長達って元々は別種族なはずなのにそこまでになれるなんて、結構羨ましいよ」


バーバリライオンとケープライオンはこの島で目覚めて初めて会ったはずなのに以前から一緒に居たかのように感じることがあった。無論ケープライオンは動物だった頃をよく覚えているから以前にあった事があるということは無いのだが。


「別種族なのにずっと前から一緒に居たって感じてるのはこの島にも何人かいるみたいなんだ。それは何故なのかも調べてもらっているのだが全然わからない。色々と考えてはいるが別の謎が出てきたりと全く終わる気がしないし、ケラーにこれ以上は負担も掛けられない」

「あーそれな。ケラーさんしか読めないってのがあれだよなー。誰かいないの文字ってのを読めるやつ」

「一応目覚めたばかりの者になんの動物なのかを教える時に文字を見せたりしてるんだが、今のところは誰もいない。私も読めればいいのだけど、どんな法則があるか検討が付かなくて諦めた」


ケープライオンが文字を読めるというのが謎を解く最後の手段なのだが、ケープライオンだけが読めるというのもかなりの難題である。動物だった頃を覚えているから読めるという訳では無いことはもう検証済みである。


「まぁそういう難しいことは上に任せて、俺は帰るわ。面白い話聞けたし」


バーバリライオンが色々考えているとコーカサスバイソンが立ち上がり帰る準備をしていた。


「ん、もう帰るのか。コーカサスの話はおあずけか?聞きたかったのだが」

「話したいのはやまやまなんだけど、時間も時間だしな。意外と隊長の話が長いしいいことも聞けたし満足」

「そうか、じゃあ今度こそお前が先に話してもらうからな」

「あいよっと」


返事をしながらコーカサスバイソンは出口に向かう。

そのコーカサスバイソンバーバリライオンは思い出したかのようにある質問をした。


「そういえばコーカサス。なんでケラーの事はケラーさんっていうのに私のことは隊長って呼ぶんだ?前々から聞こう聞こうって思ってたんだ」

「ん?あーそれはだな。なんとなくだなんとなく」


あっさりとした答えに拍子抜けしたがあんまり気にすることではなかったようだ。

コーカサスバイソンを見送ったバーバリライオンは木でできた椅子に座りひと息をついた。


ロスアニ島…何故こんなにも謎が多いのだろう…。


一人になった部屋の中、バーバリライオンはケープライオンの帰りを待つのであった。

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