3-4 幻想

――らしくねぇな、ほんと


 ケープライオンは逃げるように飛び出したあと、1人森の中を歩いていた。行く宛もなくただフラフラと道なき道を進む。こうなると何もすることがない。この島でやることといえばバーバリライオンと遊ぶか研究所で調べ物するか食べるか寝るかしかしないしそれ以外することが全くない。今は食欲も昼寝をする気分でもない。かと言って誰か相手をしてくれるやつがいる訳でもない。


「ひとりだとマジで何もすることねぇな…」


 いつも誰かがそばにいてくれたのに。今ならバーバリライオンが隣に居てくれてたというのに。


 ケープライオンはため息混じりの言葉をポツリと呟いた。


 その後少し歩いていると森を抜け開けた平原に出た。見渡しても何も無いと思えるほどの広さの草原だった。


「――へぇこんなところ有ったんだなぁ」


 自分の寝床と研究所といつもいるあの場所しかこの島の事を知らなかったケープライオンにとっては初めて見る場所だった。でも、初めて見るところなはずなのに何故かどこかで見た事があるような感覚を感じた。


「あぁそうか、俺が初めて見た景色に似てるな」


 そう呟いて納得した。自分の記憶の一番古い記憶。自分がまだ小さい子ライオンだった頃の記憶だ。

 あの時は…


「……くっ!」


 そう思い出そうとした所でやめた。今さっきもこれで苦痛しか思い出さなかったのにまた苦しみを味わうつもりか。ケープライオンは考えるのをやめた。

 そして大きな大の字でその場に倒れ込んだ


 風が髪を揺らし草花が音を出す。陽の光で暖かくなった空気はとても気持ちよく暗い気持ちを払拭してくれるようだった。

 先程までは寝る気も起きなかったがこれなら昼寝もできるだろう。


 そう思いケープライオンは目を閉じる。とても暖かい。

 まるで誰かに包まれているかのようなそんな優しさがある。懐かしくてとても気持ちよくて。


「たまにはテリトリーの外に行くのも悪くないな」


 そうしてケープライオンは眠りについたのだ。






――グルルルゥ…


誰かの唸り声で目が覚めた

頭を2、3回振り眠気を覚ます

その唸り声は見張りをしていた仲間のものだった

まだ夜も更けない夕暮れ時、まだ少し霞む目で仲間の向くほうを見る

そこには自分らにとっての脅威が近づいていたのが見えた

その手にはゆらゆらと揺れる黄色いものを持っている。あれを見ると何故か脚がすくんでしまう

ここからは敵がいくら居るか確認することはできなかったが、足音を数えると多分7は居るだろう


――いつもより少ない?


いつもなら20ほどでここを通るはずなのに何故か少ない、というか少なすぎる

といってもいつも通りならここを通り過ぎて我々には干渉しないはずだし、そもそもその数の少なさならこちらに敵対することは無いはずだ

もし相手が襲ってきたのならばこちらの戦力は4体

あの黄色いゆらゆらとしたものを気にしなければ負けるはずが無い

だが厳重警戒は怠らない、耳を澄ませ相手の出方を伺う

するとどうした事か、それの足音がだんだんと早くなりこちらに近づいているではないか


――まさか本当に戦おうって事じゃないだろうな…!


そんな思いと裏腹にそれらは我々のすぐ近くまで来るとその茂みに隠れ止まった

それで隠れているつもりなのかと呆れたがそれはあちらも同じでこっちの居場所をわかっているということだ

しかしそんなに少ない戦力でどう戦おうって言うのか

周りもよく聞くが後ろから奇襲をかけようとしている訳では無いようだ


――ならこいつらはどうやって俺らに勝とうとしてるんだ…?


そう思ったが、仲間の一匹がしびれを切らして飛び出し相手に飛びかかった

もう一匹もそれに続き奇襲を仕掛ける


だが、それは間違いだったということはすぐに理解させられた

奴らがどうして少ない戦力でこちらに宣戦布告をしようとしたのか




それは、数ではどうにも出来ないほどの最強で、残虐なものを持っているからだ




ズドンッ!!という音が2回した

その瞬間あたりに血の匂いが漂う


――はっ?


そこに見えたのは瞬間の閃光と仲間の断末魔だった

音にびっくりして怯んだとか気絶したとかそんな生温いものでは無かった


突然の仲間の死


死ぬという事は周りの仲間から話だけは聞いていたが、目の前でそれが起こったのは初めてだった

足が竦み動けない

このまま自分も飛び出したら…でも仲間を置いて逃げるなんてできない

もう1匹の仲間はあいつらを睨み目を離さないでいる

そしてその最後の仲間は自分に向かってこう言い放った



――お前だけでも逃げろ!!



そいつは自分にとって一番苦痛で残酷な提案をした



何故だ!お前1匹を置いて逃げるなんてできない!逃げるならお前も一緒にでないと…!


――このまま一緒に逃げてもどっちも死ぬだけだ!それなら俺が囮になる、そのうちにお前は逃げるんだ!!


そんなことできるわけないだろ!万が一逃げられたとしても俺は1匹でどうすりゃいいんだよ!


言い返したかった

でもその仲間の真剣な本気の目で見られて反論出来るわけなかった

そいつはそれ以上何も言わなかった

自分が逃げるのを確認してから飛び出すつもりなのだろう


――ごめん…


そう言い残して自分は仲間に背を向けた

走り出した後ろも振り返らずただ真っ直ぐに


「ガラルルラァァァァアアアアァァ!!!」


後ろから空気を揺らすような遠吠えが聞こえた

その直後にあの大きな音がした

その音がするたびに聞こえる悲鳴

それは一回では止まらず何度も何度も聞こえた


遂にはその音も止まった

仲間のことを見ることなくただひたすらに走った

自分だけでも逃げて仲間の思いを繋がなくては


だが



ドフッ!!




何かが右後ろ脚に突き刺さった

いや、貫いたが正しいだろう


奴らがあの距離から自分を攻撃したのだ

後ろ脚の損傷に身体のバランスの制御ができなくなり前から転がりながら倒れた

痛みのせいで脚に力が入らずまともに立てない

呼吸が荒くなる

しかし、まだ諦めたくなかった

もうすぐで夜になる、そしたら奴らもあんな遠くから此処を見つけるのは困難だろう

そして後ろ脚の痛みが引けば三本の脚でも歩けるそれまでの辛抱だ

自分を鼓舞しその場に倒れ込む


しかしその希望もすぐに絶たれた

奴らが迷うことなく一直線にこちらに向かってきているのだ


数分の時間もかからずに奴らは自分を取り囲むように周りに立った


そして目の前にたっていた奴がこちらの頭に黒い棒を突きつけてきた

それは仲間の命を奪った大きな音の出るそれそのものだった


「グルルルゥ…」


唸った

唸るしかなかった

為す術もなく仲間を殺され、仲間一匹を囮にしてまで逃げたはずなのに取り囲まれ今まさに仲間を殺したそれで自分も殺されようとしている

仲間の思いも果たせずただただ殺さるだけになってしまった

命乞いも相手には伝わらない無意味な事だとわかっている


カチリッと音がなりゆっくりとそれを構える


そしてそれは自分に向かって…




「やめろおおぉぉぉぉ!!」


 その声は平原中に響き渡った。


「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」


 額には汗を浮かべ呼吸は荒く寝起きは最悪だ。


「今のは夢…か…?」


いや違う

今のは自分が最も思い出したくない記憶

仲間を殺され、そして


「俺の死ぬ瞬間…」


 周りを見渡すがそこにはバーバリライオンの姿はない。

 もしも隣にバーバリライオン居たのならばまだ夢の中とも錯覚できただろう。


しかし、


「あ、あのぉ…魘されていたみたいですけど…大丈夫ですか…?」


 そこにはバーバリライオンは居なかったがその代わりか否か声のするほうを見ると緑の服に赤と黄色のグラデーションの髪をしたある少女がそこに立っていた。

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