第三章
面積 八万三千平方キロメートル、人口 五百四十万人。
北海道を目的地に選んだ理由は非常に簡単で「行ってみたかったから」だ。
四十七都道府県の中で一番大きいから。食べ物が美味しそうだから。冬はとても寒そうだから。
どんな理由を探しても、小学生の作文みたいな動機しか見つからなかったのだが、色んなものが多種多様、ごちゃ混ぜになっている東京で働いていたからこそ、広大で何も無いところを身体が欲していたのかもしれない。
旅行に際しても、特にやりたいことは決めていない。おおまかなスケジュールを頭に入れて、ガイドブックには三つか四つだけ丸をしてきた。「為せば成る」スタイルで行こうと思う。
現代の飛行機は昔に比べて格段に進化したが、それは内装も然りだ。客室の中央には大きなモニターがあり、日本地図と小さな飛行機のマークが表示される。今、どのあたりを飛んでいるのかがすぐに判るからこちらの負担が軽くなったという。
その地図によれば太平洋から道上空へちょうど入るところらしい。窓に目をやれば、なるほど確かにいつも地図で見る陸地の形がはっきりと見て取れる。太平洋上空から襟裳岬の東を通過していくようだ。十勝から根室半島にかけては綺麗な弧を描いているため見ていて飽きない。地図で知ってる地形も、こうして上空からその通りに見えると感動も一入だ。
再びシートベルト着用のサインが点き、客室には一気にピリッとした緊張感が漂う。次第に近づいてくる海抜0メートルの地面は、遠くからきた自分を受け入れているようで、同時に拒絶しているようにも見えた。
タッチダウンまで三、二、一・・・・・ドンッ!と強い衝撃を受けるとターボエンジンが唸りを上げて逆噴射を始める。
「皆様、当機は只今、たんちょう釧路空港に着陸致しました――」
五分の遅れはどこへ行ったのか空港には定刻で到着した。ぞろぞろと前に続いて到着ロビーへと向かう。回転機からスーツケースを回収しようと奮闘したが意外と時間がかかり、やっとのことで回収したときには殆どの乗客はいなかった。
足早に出口へ向かうと、レンタカーの受付が全社ずらっと並ぶロビーに出た。内装はとても田舎感があるというか、シンプルな建物だと思う。空港という重厚感はあまり感じない。羽田と比較してしまうからしょうがないのかもしれない。早速レンタカーの受付をと思ったが、各社受付は一つずつしかなく数組の先客が列を成しているのが見える。荷物預けなければよかったな、と少し後悔。
一番最後になってしまったが自分の番が回ってきた。
「お願いしまーす」
「お待たせしました、こんにちは。ご予約の方ですね」
「はい、十時三十分にお願いした者です」
「ありがとうございます。この時間は一斉に到着されるので、次の送迎車が来るまでお待ちいただいております。もうすぐ戻ってきますのでお掛けになってお待ちいただけますか」
整理番号札を渡すと、受付係は慌しく仕事を再開した。釧路空港は小さめの空港で到着便が少ない。人が集中するうえ、北海道ではレンタカー移動がメインだから無理もない。手持ち無沙汰になったが他に見るものもないのでロビーをうろうろする。観光案内コーナーにあるリーフレットをいくつかもらい、送迎車を待つことにした。
しばらくすると車が到着し、受付の女性に率いられながら数人がぞろぞろと移動を始めた。用意されたのはマイクロバスで、なんとなく後部座席に腰掛ける。
「それでは出発しますね」
初老の運転手が柔らかく挨拶をするとバスは静かに動き出した。車内は一組のカップルがひそひそ会話しているくらいで、乗車した殆どは旅行のドライバーが代表で乗っているため静かだった。荷物を載せると一度に二組くらいしか乗れないため、代表者だけが乗りレンタカーで空港に戻ってくる形なのだ。自分は一人旅なので、無理言ってスーツケースを引きずって乗せてもらった。
空港の敷地を出ると公道に出るのだが、ようやく北海道のすごさを実感することになる。道がとてつもなく広いのだ。いや、広いというか「デカい」というべきかも。道幅はかなりゆったりとしていて、それでいて車道の外側にはそれよりも広大な緑地が広がっている。これは牧地なのか草原なのか畑なのか全く見当がつかない。
そういえば先輩と飲んだ日の翌日だっただろうか。本屋でるるぶをパラパラと読んでみたが「シカとの衝突事故注意」というコラムがあった気がする。ここまで広い大地があって、その中を申し訳なさそうに通っている舗装路などシカも気付かないほどだろう。静かな車内だが、顔を見る限り興奮しているのは自分だけではなさそうだ。
レンタカーの引渡しを行う店舗に到着した。先ほど渡された整理番号札はこのためだったようだ。
「すみませんお待たせしました。どうぞー」
「お願いします」
到着早々意表を突かれたのは道だけではない。東京でレンタカーを借りるときは、毎回同じ注意を聞かされ面倒な保険の説明を受けるのだがそんなことは無く、最低限の手続きと予約どおりのプランでサクサクとレジを打ってくれる。なんて良いところなんだろう、とこんなことで北海道の株はどんどん上がっていく。最後に、北海道ならではの話を聞かせてくれた。
「トラブルで一番多いのはガス欠なんですよ。次がシカかな(笑)」
なるほど、シカはジョークネタになるほど定番らしい。ガス欠が多いのは単純にガソリンスタンドが少ないからだそう。広い北海道はその多くが自然のままのため、人が住んでいる町というものがそもそも少ない。だから中心部から郊外に向かうときはこまめに給油をして欲しいという話だった。そういえばるるぶにもどっかに書いてあったっけ。千円のガイドブックも役に立つものだ。
「それじゃ、お気をつけて!」
清清しい見送りをしてくれたお兄さんに軽い会釈をし、ハンドルを強く握った。
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