第8話 また夢


 いつもより多く桜の花びらが舞っていた。

 ひらりひらりと鮮やかなピンク色が舞い落ちていく。

 

「ごめんね。ずっと隠してて」


 大丈夫っていうのもなんか変な気がして僕はただ桜の花びらを見つめていた。


「私のことを知って欲しいなんて考えてもなかったの。ただ。たまにこうして夢の中で話せるだけで私は倖せだった」


 かさりと腕に菊江さんの着物が触れた。

 夢の中だからだろうか。胸の音がやけにうるさく聞こえる。


「はるくん」


 横を見ると、菊江さんは悲しげな顔をしていた。

 ただ、その悲しげな顔も魅力的すぎて、瞬き二つ分も見つめていられなかった。


「はるくんが望むのなら、私、もうはるくんにまとわりついたりしない」


「まとわりつくだなんて……」


 菊江さんがいつも側にいてくれていただなんて。

 正直、知らなかったことに激しく後悔してしまう。

 菊江さんが側にいることがわかっていたら、もしかすると今よりも少しはマシな毎日を送れていたかもしれない。

 

 と、そんな言葉はもちろん口になんて出来なった。

 のに、菊江さんが「ありがとう、はるくん」だなんて言ったものだから、僕は慌てて、焦って、ベンチから腰を浮かしてしまった。


 あああぁ。恥ずかしすぎる。

 どうしよう。頭を抱えて土に潜ってしまいたい。


「すぐ掘るから。やってみてよ」


 サクサクサクサク。

 ガシュガシュガシュガシュ。

 足下に、土が? 土が、山になっていく。


「はい。完成。どうぞ」


 どうぞ……?

 嫌な予感しかしなかった。だから、おそるおそる、そろりそろりと振り返った。

 

「嘘はなしよ。嘘吐く男はイコール下衆だからね。さっさとやってよ。仕方ないから埋めるのもやってあげるから」


 時原小町は頭の上でスコップをぶんぶん振り回していた。

 雑なリボンも、短すぎるスカートも、細くて白い足も今日見たままの彼女だった。


「嫌だ」


「はあ? それじゃこの私の労働に対してどんな報いで応えてくれるっていうのよ」


 夢にしてはいやに生々しくて、やけにリアリティのある言葉に僕は一度考えてみることした。

 

 ……。


 …………。


 OK。

 

 菊江さんは心配そうな顔をしていた。

 

「たぶん。今日のことが強烈すぎて、強く印象に残ってるからなんだと思います」


 菊江さんは口元に指を近づけ、そして、驚いたような表情で口を両手で覆った。

 

 振り返ると、そこには……

 

 そこには…………、桜の木を……、重量挙げのように両手で持ち上げる時原小町がいた。

 

「なに? 私のことは無視ってわけ? お姉さんのことを幽霊だって教えてあげて、話までさせてあげたのに? 私がいなかったらお姉さんのことに一生気づかないままだったのよ。それに、人のパンツまでしっかり目に焼けておきながら。おきながら、私のことはどうでもいいっていうのね」


 なにがなんだかわからなかったけれど、悪い予感しかしなかったので、一応首をぶんぶんと振っておいた。


「恩知らずの変態ね。君は」


 巨大な根からボロボロと土がこぼれ落ち、これがまた絶妙に時原小町の頭にヒットしまくる。


「はるくんのことを悪く言わないで」

 

 すすすすっと菊江さんが僕の前に立った。


「はいはいはいはい。出ました、出ました。お姉さん、私はね、愛の力っていうのが嫌いなの。嫌いっていうか、イライラするのよ。自分たちを正当化して、他は悪みたいな、そんな正義ぶったワガママが大嫌いなよっ! むんっ!」


 むんっ?


 桜の木がぐるんぐるんと、ぐるんぐるんな縦回転で飛んできた。

 それはそれは、もう見事な迫力で、菊江さんの悲鳴に隠れて、僕も「ふがあぁっ」と声をあげて……、


 そして、


「ふがああああっ」


 と、大声をあげながら目を覚ました。


 

 

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