第5話 菊江さん!?
この流れは一体なんなんだ……。
責任、責任とまくし立てられ、気づけばこうして時原小町と公園のベンチに座っている。
しかもこの公園は樹木が無駄に多いカップルに大人気の公園。その公園の中でも木と木の間にひっそりと置かれた隠れベンチ的なベンチに二人で腰掛け、ただただ黙りこくっているこの状況。
一体、なんなんだ。
こっちから話しかける必要もないだろうし、そもそも話しかける題材がない。
だから僕もひたすら黙り込んでいる。
この時間はいつまで続くのか。永遠ではないことを願いたい。と、思っていたら、時原小町の口からなにか言葉が漏れた。
よく聞こえなかったので、「うん?」と半ばそっけなく、半ば鼻を鳴らしただけのような音で訊いてみる。
「……なにか、しようとなんてしてないから」
「はあっ?」
こっちだって、なにかされようだなんて思っていない。
「足。見たい? 見てる?」
なんだなんだ。なにを言ってるんだ。おかしくなったんだろうか。
「誘惑……、してる」
ちょっとちょっと。
なにをおかしな発言を。こっちも、おかしくなったらどうするんだ。
「大丈夫。うん。大丈夫だから」
「なに、が? 全然大丈夫そうじゃないけど」
「約束する」
「なにを? 誰に?」
「変なことしないって」
誰か人を呼んだ方がいいのだろうか。
それともスマホの緊急SOSを使ってみるべきか。
ポケットに手を入れてスマホを取り出そうとしたところ、突然時原小町が顔を上げた。驚いて危うくスマホを落としてしまいそうになった。
「そんなに気になるのかな。私、別に邪魔なんてするつもりまったくないんだけどね。ただの隣席者ってだけでしょ? それも今日が初対面だし。ん? あっ。今?」
ん? の後の言葉については彼女をこれ以上疑わないためにも聞き流すことにして、なんの話をしているのかをまた改めて訊いた。
「それで、なんの話? なにを言ってるのか全然わからないんだけど」
別にね、とまた話が大きく脱線しそうだったので、もう一度訊いてみた。
時原小町は怪訝そうに眉をひそめ、ぎぎぎぎと音を立てるように首をゆっくりと右へ倒した。そして、そのままの状態で固まってしまったので、フリーズを解き話を進めるために「それで? なに?」と声をかけた。
「なにって? ん? 聞いてたでしょ?」
「さっきの、あれ?」
「そう」
「だから、そのさっきのあれについて、こっちが聞いてるんだけど……」
「ええ? なに言ってるのか、全然意味わかんないんだけど」
ちょっと考えてみることにした。
僕がなにか誤ったことをしたのだろうか。
今朝転校生として彼女がやって来た。僕の隣の席になった。で、突然「なに見てんのよ」と言いがかりをつけられ、クラスの変態的ポジションを得ることになった。
帰り道再び彼女と遭遇。再び「なに見てんのよ」と言いがかりを。そして、振り返り様に彼女大転倒。見てはいけないものが露わに。これは不可抗力だった。
その後、誰? とわけわからないことを言われ、右隣の隣席者と答える。
責任を取れ取れ責め立てられこの公園に誘導される。
よくわからないけど、気でも狂ったのか「足みたい?」とか「誘惑してる」とか言われる。
そして、そんなに気になるのかな? と謎の質問をされる。
現在に至る。
「やっぱり、意味がわからないのはこっちの方なんだけど。朝から今に至るまで君の言葉の意味がまったくわからない」
「わかんない? なにもしてないのに、あんなに敵意むき出しで睨まれたら、それは誰だって嫌な気分になるでしょ? それも初めての相手よ」
「だから……。いつ僕がそんなことしたんだよ。睨んでなんかない」
「ん?」
「ん? って、だろ?」
「ん?」
なんで腕を組んで考え込む。
記憶を、正しい記憶を取り戻そうとしてくれてるんだろうか。
っと、それにしても、目力が強すぎて怒っているようにしか見えないのが、不安を誘う。
「あのさ。いつ僕が、って言ったよね、今」
「言った」
「僕が?」
「そう。僕が」
「いや。あの、僕? じゃないんだけど」
「はっ?」
「あの、ほら。さっき私が話してた人のことなんだけど。なんか勘違いしてない?」
「勘違い?」
勘違い?
なんか頭が痛い。さっきから話が変な方向に連れ去られていく。
「あれ……。ちょっと待ってくれる。ちょっと軽くパニックってる」
パニクってる。その言葉が僕をまたパニクらせる。
混乱の中、さらなる混乱へ陥っていく。
「もしかして。もしかしてよ」
うーん。
って。どうしてまた考え込む。
「なに?」
「あっ。ええと。もしかして、見えてないとか?」
「なにが?」
うん?
「なに? この木がなに?」
「……この木? ん? 本気?」
ふざけているんだろうか。木は木だろ。
答えるのも面倒になって、なにも答えず彼女に視線を返した。
「えっ? ええええええええええぇえぇぇぇぇっ!?」
驚いて体を仰け反らせてしまった。
至近距離で叫ぶなよ。
「見えてないの!? っえええええぇぇ!?」
あまりにもうるさすぎるから隣から立ち上がらせてもらった。
重症だ。かなりの、重症だ。
わけわからないことを言い放つだけでなく、雄叫びまであげるとは。
残念ながら、アウト。彼女はアウトな人間だ。間違いない。これで決定だ。
「だからなんだ。さっきから話が噛み合わない気がしてたんだけど。あなたがちょっとおかしな人なんだって思ってた」
おかしな人におかしな人と言われるとちょっと傷つく。
「ああ。そう。そうなんだ。こんなにべったりだから、見えてるんだと思ってた。意外も意外。そうなんだ。へええええ」
時原小町の顔に笑みが浮かんだ。笑みと言っても悪魔的な類いだけど。
「んふふふ。ちょっといい? ちょっと軽く染みるけど我慢して」
なんだ、今度は。
鞄の中をがそごそと。巾着? ピンクにオレンジの派手な巾着。
そこに指を入れて?
「これ? ちょっと見てみてよ」
悪い予感しかしなかったけど、見るだけならと彼女の指先に顔を寄せてみた。
「いてっ。んえっ?」
なにかが目に入った。
!?
はっ。
「いってええええええええぇぇぇぇっ!? いてえええぇぇ」
目が、目が、目が、目が痛い。目に染みる。いや、染みるどころじゃない。
焼ける! 目が、目が、目がぁぁ。はあはぁ。涙が止まらない。
うがああぁぁ。
がううぅぅぅ。死ねるぅぅぅ。
失ってしまうかと思った。落ち着きを取り戻すにはかなり時間がかかった。
もう二度と光を見られないと本気で思ってしまったほどの痛みだった。
まさに、焼け付く痛み。
「なにしたんだよ……」
またなんだ。後ろを指さして。
「……なんだよ、また」
しつこいな。
「はあ?」
?
?
大きく一度瞬きをしてみよう。
?
もう一度。
…………。
………………。
「っはあああああぁあ!?」
えっ? なになに? なんなのこれ。はい? えっ? えええっ?
「っき……」
夢、じゃないよな。
恐る恐る。本当に恐る恐る僕を言葉を押しだした。
「菊江さん!?」
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