リリーの湖.04(終)

それから私は叔父の家に遊びに来る度に、彼女に会いに行った。

いや、いつからか彼女に会うために、叔父の家に行っていたのかもしれない。


彼女は私にいろいろな事を教えてくれた。

鳥の生体や花の種類、育て方。湖に住む魚のこと。

叔父のように、彼女も自然の中で暮らし、生命に感謝していた。

帰り道はいつも手を引いて歩いてくれた。

その度に、百合の種を道に植えた。家の裏まで続く百合の花はね。彼女が植えた物なんだ。


「山菜採りもいいけど、自然に感謝する気持ちを忘れちゃダメよ。すべて生きているのだから。」

彼女はよく、私に言って聞かせてくれたよ。

私もちゃんと言いつけを守り、生命に感謝する事を学んだ。今でもそうだ。


そんな日々が続いたある日、彼女と会話を交わしながら釣りをしていた時だった。

彼女は悲しげな顔で、私に言ったんだ。


「ジャックはもう、長くこの世にいられないわ。」


私は彼女が何を言っているのかわからなかった。

彼女の口から叔父の名が出る事の意味がわからなかった。

「彼はリアムに伝えていないのかも知れないけれど。ジャックの身体は病に侵されているの。ずっと昔からね。」

「嘘だ。リリーはジャックを知ってるの?」

「えぇ、知っているわ。彼が心を病んで、この湖に迷い込んだ時からね。」

「嘘だ!ジャックは病気なんかじゃない!ジャックは元気なんだ!」

私は彼女に怒ったよ。叔父は精神を少し病んではいたものの、身体は元気だった。そんな叔父とお別れなんて、リリーが悪い嘘をついているんだ思ったんだ。

「リアム、怒らないで。こんな事言って、悪いとは思ってる。けどね。人はいつか死んでしまうの。それは花だって、動物だって、みんな同じ事なのよ。」

彼女は私の顔に、優しく手を添えた。彼女の悲しげな表情を見ていると、私は怒れなくなってまった。

「…ジャックは死なないもん。」

「大丈夫よ。今はまだ死なないわ。けど、長くはない。」

「…。」

「だからね、リアム。ジャックとの残された時間を大切にしてあげて。彼の心の傷を癒せるのは、純粋無垢な貴方だけなの。」

俯いて黙る私の頭を撫でて、彼女は続けた。

「ジャックがいなくなった時、後悔しないように。寂しくないように。いっぱい抱き締めてあげなさい。」

私はジャックがいなくなる、と言う言葉を聞いて、思わず泣きだしてしまったよ。誰よりも優しかった叔父が死んでしまうのが、もう頭を撫でてもらえなくなるのが寂しくて。彼女の前で、大粒の涙を流して泣いた。彼女はそんな優しく私を抱き締めてくれた。


彼女はその日の帰り道も、私の手を引いてくれた。

別れ際のことだった。

「リアム。その…。」

「どうしたの、リリー。」

彼女はまた悲しそうな表情をしていたが、それは私も同じだった。わかっていたんだ。彼女がこれから、何を言うのか。

「…言わなくても大丈夫そうね。リアム。元気でね。」

「リリー…次、会えるとしたら、いつ?」

リリーはクスクスと笑った。

「リアムが大きくなって、そのときも優しいままのリアムだったら、会ってあげる。ふふ。」

「わかった!」

「ジャックによろしく伝えておいて。ビックリされるかも知れないけれど。」

「うん、伝えておく。」


「じゃあ、またね。リアム。どうか元気で。」


彼女はいつものように、ヒラヒラと手を振り去って行った。

それ以来、私は彼女に会っていない。


叔父に彼女の話をすると、叔父は目を丸くしていたよ。彼女が言う様に、叔父も彼女を知っていたんだ。

「リリー…リリーは、どんな姿をしていた?」

「15歳くらいの、髪が綺麗な…」

「長い金髪で、白のワンピースを着ていたか?」

「うん。そうだよ。よくわかったね。」

「ふふ…リリーは変わらないなぁ。リアム。もうあそこに入っちゃダメだぞ?」

「うん。リリーと約束したもん。大きくなったらまた会うって。」

「よし、いい子だ。」

叔父は私の頭をいつもと同じ様に撫でて、キャンディをくれた。


それから程なくして、叔父は死んでしまったよ。

私は街から医者と両親を呼んだ。

お別れが来ることはわかっていたのだが、やはりたくさん泣いたよ。ちょうど、今私が腰掛けているベッドの隣で。

ただその後、不思議な事があってね。

叔父を亡くした後、この家の整理をしに来た日の帰りだった。

玄関の外に、綺麗な百合の花と、キャンディが落ちていてね。そのキャンディも、叔父がよく私にくれていたキャンディだったんだ。


私には彼女と叔父が、また出会えたんじゃないかと思ってね。家の整理に来た私に、ご褒美をくれたんじゃないか、と思えて仕方がなかった。

死ぬ前にもう一度だけ、彼女に会いたいなぁ……。






「ふふ、今日はたくさんお喋りしましたね。」

「懐かしくてなぁ…。私も…もう長くない。記憶の整理が、したかったんだろう…。」

「紅茶でもいれますか?」

「あぁ、すまない大丈夫だよ…いつもありがとう。」

「ふふ、なんですか急に。」

「何かおかしな……事でも言った…かな?」

「いえいえ、こちらこそ、いつも楽しい毎日を、ありがとうございます。」

「あぁ………。」

「眠そうですね…今日は寝ますか?」

「あぁ…………。」

「――――――。」


妻の言葉を最後まで聞けず、私は深い眠りについた。

眠りの直前、妻が私の手を握った感覚は、しっかりとあった。








「リアム。久しぶりだね。」


「リリー…なのか…。」

「大きくなったね、リアム。昔はちっさかったのに。」

「はは…今は車椅子無しでは、動く事すらままならんよ。」

「立派なおじいちゃんね。」

「あぁ、とっくに、おじいちゃんだ。リリーは、相変わらずだね。百合の種を植え続けてくれたのは、リリー、君なんだろう?」

「ふふふ。お花がないと、また迷っちゃう子がいるから。最期にどこか、行きたいところはない?」

「あぁ…車椅子を押してくれるのかい?じゃあ、あの湖へ行きたいなぁ。キノコスープは、まだあるかい?」

「あるよ。作っておいた。」



「はは、それは楽しみだなぁ。」









リリーの湖(終)

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