リリーの湖.03

振り返ると、そこには真っ白なワンピースを着た、綺麗な女の子が立っていたよ。

恐らく15、16くらいの歳だったと思う。

長い金色の髪が風にそよいで、私は幼いながらに少し緊張するのを感じた。彼女は美しかった。


「その花、持ってっちゃうの?」

彼女は私が引き抜こうと握っている花を指差し、もう一度聞いてきた。

「…ジャックから花瓶に挿す花を持って来てって頼まれたんだ。ジャックはあんまり出歩けないから。」

叔父の名前を出しても伝わらないが、当時の私にはそこまで考える頭はなかった。すると彼女はこう言った。

「そう。ジャックのお手伝いをしてるんだ。偉いね。」

彼女は優しく微笑んだ。

「この花、抜いてもいい?」

私がそう聞くと、彼女は少し考えてからこう言った。

「そうね…持って行ってもいいけど、枯らさないでね?お花だって生きてるんだもの。それと、その子を抜いた後、その場所にこれを植えてほしい。」

彼女は私のそばにやってきて、種を手渡した。

「ここにまた、新しい命が芽吹くようにって。」

「わかった。ありがとう。」


私は百合の花を引き抜き、その場に種を植えた。


目的の花が見つかったことで、私の不安は解消された。私がキョロキョロと辺りの様子を見ていると、彼女はクスクスと笑った。


「ここに来るのは初めて?」

「うん。ジャックから、迷子になるから無理して森に近づくなって言われてるから。」

「あら…ジャックの言いつけを守れなかったの?」

「無理してないから大丈夫だもん。近くに花が無かったから。」

「そう…。君、名前はなんて言うの?」

「リアム。」

「リアムね。お腹空いてない?私の家にスープがあるから、よかったらどうぞ。家はあそこよ。」

彼女はそう言って、湖のそばに建てられた小屋を指さした。

「ありがとう。お姉ちゃんも、僕のサンドイッチわけてあげるね。」

「ふふ、ありがとう。」

彼女は私に微笑みかけてくれた。


小屋の中で、彼女の作ったキノコスープと叔父の作ったサンドイッチを食べた。彼女はそのサンドイッチをとても気に入ってくれたようだった。

彼女のスープもとても美味しかった。シンプルな味付けでありながらゴロゴロとしたキノコや野菜が入っていて、身体の芯から温まるような、そんな優しいスープだった。また、食べたいものだ…。


食事を終え外に出た私は、辺りを見回して不安になった。帰りの道が分からなくなったんだ。

そんな私の不安を察した彼女が聞いてきた。

「ジャックの家はどんな所なの?」

「近くに何もないんだ…ジャックの畑と、小さな池があって、少し歩けば駅もある。」

「そう…あの辺りね。ずいぶん歩いたのね。ジャックのために、偉いわ。」

そう言うと彼女は私の頭を撫で、手を握ってくれた。とても冷たい手をしていた。

「私と一緒に行けば迷う事はないわ。」


彼女に手を引かれて歩いていると、不思議な事にすぐ知っている道に出てきた。

私の不思議そうな顔を見て、彼女は言った。

「今日の事は、ジャックには秘密にしてね。湖と私の事よ。」

「いいけど、なんで?」

「ふふ、それも秘密。じゃあ私は帰るね。」

彼女はそう言うと、くるりと私に背を向けた。

私は彼女の背中を見て、なぜか急激に寂しくなってしまった。もう会えないのかと思うような寂しさを感じて、咄嗟に声をかけた。

「また来てもいい?」

彼女はこちらを見て、首を傾げた。

「いいけど…迷わずに来れるのかしら?」

「うーん…。」

恐らく無理だった。私の困惑した様子を見た彼女は、クスクスと笑いながらポケットから何かを取り出した。

「リアムが迷わず来れるように、魔法をかけた種をここに植えるね。」

そう言うと、彼女は落ちていた木の枝で土を掘り始めた。

「いい?ここから真っ直ぐ。歩いて来る時は、私とお花の事だけを考えていて。そうすれば、引き合わせてくれるから。」

「…わかった、ありがとう!」


種を植えて、彼女は立ち上がる。顔に少し土が着いているが、それすら美しいと思えた。



「お姉ちゃん、名前なんて言うの?」

「リリーよ。」

「リリー、これあげる。」

バッグから、叔父に貰ったアメを取り出して彼女に渡した。

「着いてきてくれてありがとう。」

「ふふふ、どういたしまして。じゃあ、またね。」


彼女は私にヒラヒラと手を振り、再び背を向け歩き出した。

それが彼女と初めての出会いだった。

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