光を待つ.05


「優衣、行くよ。」

「髪型おかしくないかな?大丈夫?」

「大丈夫だって。栞と会うのに気合い入れすぎ。」

「だって栞さんに会うの久しぶりだもん。楽しみだなぁ。」

「はは。栞も楽しみにしてるってさ。」


土曜。今日は午前のバイトを終えてから、優衣を連れて栞と会う約束をしていた。

同じ団地に住むクラスメイトの栞は、僕らが引っ越して来てから僕らの事をずっと気にかけてくれていた。

僕らの家庭事情を知る唯一の友達。栞の言葉には、いつも励まされ、助けられている。


1階に降りると栞がすでに僕らを待っていた。

小さな暗記帳を片手に、受験生として時間を有効活用している。


「ゴメン栞、お待たせ。」

「お待たせしました。お久しぶりです。」

結衣がぺこりと頭を下げる。

「あ、優衣ちゃん久しぶりー!元気だった?」

「はい!元気です!栞さん髪伸びましたね!」

「へへ、ちょっと前から伸ばし始めたんだー。」

「似合ってます。綺麗。」

「優衣ちゃんは可愛いなぁもう。あ、将ちゃんバイトお疲れ様。」

「ありがと。近くの店でいいよね?」

「うん。行こ行こ。」



歩いて数分の距離にある、小さな喫茶店。

近所だが、ここに来たのは今日が初めてだ。僕はホットコーヒー、栞はミルクティー、優衣はホットココアを注文した。

「あ。ここのパンケーキ美味しいんだよね。食べようかなぁ。優衣ちゃんパンケーキ好き?」

「んー…。」

優衣が返事に困っていた。

おそらく、我慢しているのだろう。

「優衣、俺も少し食べたいから一緒に食べるか?」

「いいの…?」

「バイト頑張ったからお腹空いちゃってさ。食べよう。」

「ありがとう!」

優衣の目がキラキラと輝いた。それを見て栞もホッとした表情を見せた。



「お兄ちゃん学校でどうですか?」

「え?」

「将ちゃん?すごい真面目に勉強してるよー。成績もいいし。先生から進学勧められてたりもするし。」

「え、そうなんですか?」

優衣がこちらを見る。

「……進学はしたくないからしないだけだよ。勉強はもう飽きた。」

「友達とか、ちゃんといますか?」

「ふふふ、優衣ちゃん、保護者みたい。」

僕もそう思った。

「三者面談かよ。」

「だって…。」

「安心して、将ちゃん友達たくさんいるよ。」

それを聞いて優衣の表情が明るくなった。

「よかったー。お兄ちゃんバイトで大変そうだし友達と遊ぶ時間も無さそうなんで、心配してました。」

「…。大丈夫だよ。」


栞は嘘をついた。

僕に友達と呼べる人は栞しかいない。


あの人達から受ける暴力のせいで、僕の身体はいつも痣だらけだった。

そんな僕の身体を見て、なぜか『夜中に出歩いて喧嘩に明け暮れてるらしい』と言う噂が流れたのだ。まだクラスメイトが話しかけてくれていた頃は遊びにも誘われたりもしたのだが、バイトが忙しいので全て断っていた。そうすると、次は『バイトと称して裏でいろいろやっているらしい』と言う噂が流れ、僕はもうめんどくさくなってしまった。


交際費だってバカにならない。

友達がいない方が、お金を使わなくて済む。

全て知っているからこその、栞の優しい嘘だった。


「お待たせしましたー。」

話題に困った丁度いいタイミングでパンケーキが出てきた。甘い香りがふわっと漂う。

「あー美味しそうですね!」

「いい香り!アイスも乗ってるよ!」

「早く食べなきゃ溶けちゃうよ。」

「あ、待って待って!写真撮らせて!」

栞がバッグからスマホを取り出した。

「スマホいいなぁ。」

優衣がぽつりと呟いた。

「あっ!お兄ちゃん違うよ!買ってほしいとか、そう言うのじゃないからね!」

優衣が慌てているが、おねだりじゃないことなんてわかっていた。

「はは。優衣も、高校生になったらな。」

「うん。バイト頑張る。あ、お兄ちゃんのスマホで写真撮らせて!」

「ん?いいよ。」

栞のマネをしてパンケーキを撮る優衣。

「ピントが…んん…。」

「ふふ、優衣ちゃん、そういう時は画面をタップするとね…」

まるで2人は仲の良い姉妹の様だった。



「…そう言えばね。」

パンケーキを食べながら栞が切り出した。が、その顔は少しだけ真剣だった。

「団地の中で…将ちゃんの家の人達の事、少し噂になってるっぽい。」

「えっ…。」

優衣の表情が曇る。

「…どんな噂?」


「ママから聞いた話だと…やっぱ暴力とか?」

「……。」

「将ちゃんの近くの部屋の人がね、怒鳴り声とか、騒音とかで困ってるみたいで…。」

「ご、ごめんなさい…。」

優衣が申し訳なさそうに謝る。

「優衣が謝る事じゃないよ…。」

「そうだよ!ゴメンね優衣ちゃん、私もこんな話ししちゃって…。」

ぺこりと、優衣は軽く頭を下げた。

「将ちゃんの顔に痣できてるのも近所の人達は見てるしさ。その…将ちゃんの家の人達がお仕事してないって…私はもう知ってるけど、噂として少し広まっちゃってるから…。」

「…パチンコが仕事だからな、あの人達は。」

「…。」

「…パパとママも2人のことすごい心配してる。もしも何かあったら、ウチを頼ってね。」

栞はそう言うと、俯く優衣の頭をポンポンと優しく撫でた。

「ありがとう栞。あと少しの辛抱だから、頑張る。な、優衣。」

「うん。」

優衣の顔に少しだけ笑顔が戻った。


「あ、そうだ。3人で写真撮ろうよ!」

「えぇ?俺写真はあんま…」

「わ!いいですね!栞さんとお茶した記念!撮りましょう!」

僕の意見はするっと流れた。


写真は好きじゃない。上手く笑えないから。

その時をずっと残し続けるから。

その時思っていた事や感じた事。それらの全てを誤魔化しても、僕の笑顔はぎこち無い。

けど、もう少し。もう少しで、ちゃんと笑える日が来るはずだ。優衣の未来は明るいはずだ。

いつか来る、その日を。必ず来る、その日を信じて。


笑ってみせたその顔は

いつも通り

ぎこち無かった。

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