光を待つ.03
枕元に置かれた小さな目覚まし時計が、控えめな音で朝を告げる。
僕は目を瞑ったまま目覚まし時計を止め、同室で眠る優衣を起こさないようそっと部屋を出る。
リビングにはつけっぱなしのテレビと、散らかったままのビールの空き缶やおつまみの袋、汁の残ったカップ麺の容器。おそらく結衣の野菜炒めは、残されたままなのだろう。
昨日あの人達は、儲けて帰ってきたのだな。
僕はテレビを消して静かにそれらを片付ける。
「お兄ちゃんおはよう。」
「あ…おはよう。」
結衣が眠そうな顔で起きてきた。
「私やるからいいよ。」
「寝てていいよ。」
「いい。お兄ちゃん支度してて。」
「そう?ありがとう。」
「うんー。ふぁー…。」
あの人達を起こさないように、息を殺して朝の支度をする2人。いつでも夢から覚めれば、現実は無情だった。
「…昨日儲かったのかな。」
優衣がぽつりと呟いた。
「…かな。」
「…少しは機嫌いいといいな。」
「…………。」
「…そうだね。行ってきます。」
僕らの住む団地の駐輪場は、駐輪マナーが悪い。
僕の自転車はドミノ式に倒された自転車の真ん中辺りに挟み込まれていた。朝から嫌になる。
「はぁ…。」
「将ちゃん何してるの。」
背後から声がした。
「おはよう栞。倒したの、俺じゃないからな。」
「おはよう。うわ、私の自転車も倒されてんじゃん。」
「朝からめんどくさいなぁ…。」
ふぅ、と息をつく僕の顔を栞がじっと見ている。
「将ちゃんなんか疲れてる?」
「え?」
「なんかあったって顔してるよ?」
栞の大きな瞳はいつだって、僕の心を見透かす。
「将ちゃん、大丈夫?」
「あー……。うん。昨日優衣がさ。中学出たら働くって言い出したから。止めたら泣いちゃって。」
「あぁ…。優衣ちゃんいい子だもんね。」
「うん。アイツには苦労させたくないからさ。」
「んー…。その決意は大事だと思うし人の家庭に首突っ込みたくないけど。」
「ん?」
「将ちゃんも、もっと自分を大事にしてね。将ちゃんが頑張り過ぎて倒れでもしたら、それこそ優衣ちゃんが1番悲しむ事だと思うし。」
「うん…。まぁ、なるようになるよ。」
「そうだね。よし、じゃあ頑張る将ちゃんに、これをあげよう!」
栞はカバンから、缶コーヒーを取り出して僕に投げた。
「おっ。暖かい。」
「へへ。さっき買っといた。」
「ありがとう。」
「うん。あ、今度優衣ちゃん連れてお茶でもしようよ。奢るからさ。」
「はは、それくらいは出せるよ。今度の土曜の午後とかなら大丈夫かな。」
「いいね!優衣ちゃんに会うの楽しみ!」
「優衣もだいぶ栞に懐いてるしな。ありがとう。」
「へへ、こちらこそ。あ、そろそろ行かなきゃ。」
「あ、やべ。1限目体育だっけ。急ごう。」
「うん!」
灰色の部屋。灰色の空。
流れる空気の、その重さ。
ゴミをまとめた袋と一緒に。
全部を燃やしてほしかった。
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