島の話

鍍金 紫陽花(めっき あじさい)

第1話

 昨日、あるサイトを読んだ。行動することに遅いはないと、それは讃美歌で埋め尽くされていた。

 今日、カバンにつけたアクセサリーが揺れている。


「阿久津、話があるんだけど」


 正面の友達に話しかけた。友達の阿久津は唯一の友人だ。

 彼だけが俺に話しかけてくれた。


「ん、何?」


 彼は靴箱の前で他の友達と話していた。ある浮かれた生徒が大荷物で携帯をいじりながら通り過ぎる。


「いまからどこに行くの?」

「文化祭の打上げだな。カラオケ、ボーリングとか」


 今日は文化祭終の放課後で、クラスは浮ついた雰囲気だ。彼自身からクラスでお疲れ様会をすると教えられていた。


「俺、行っていいかな」


 彼らの周りはざわついた。それでも、阿久津は俺から目を離さない。

 彼の黒い瞳が自分の浅はかさを見透かしてるようで苦手だ。


「本当にいいのか?」

「おい、阿久津」


 グループの賑やかしが嫌そうに呟いた。明らかな不快を俺に向けている。

 それに対して、友人は


「コイツ来たら金回りが楽になるだろ」

「……行っても面白くないだろうけど」


 来たいなら来てもいいけど、彼は携帯を取り出して文字を打つ。その後、いたずらに微笑みを浮かべた。


「お前って、俺が遊んでやってるけど。本当に友達いないよな」


 彼は悪い癖がある。俺の触れられたくない領域に指紋をつけては、気まぐれに帰還することだ。


「急な移動教室とか疲れるだろ」


 それとも先生と仲良くするつもりなのかと、彼は冗談に聞こえないことを口走る。

 彼に嫌われてしまえば孤立する。学校は集団行動を強いる村社会だから、独りで行動するのは使えないヤツと烙印押されてる気分になる。


「あ、友達が欲しいわけね」

「え、何のこと?」


 会話が噛み合わなかった。相手の文脈が読めなくて聞き直してしまう。

 自分の思考に落ちかけたとき、彼は背伸びして呼びかけた。


「ゆう、俺たちはカラオケに行く。お前も歌えよ」


 友人は気ままに進む。子分のようにひっついて外に出た。


「……そのキーホルダーまだ付けてんの?」


 俺はさりげなくカバンを背中に隠した。

 彼の周りにいたクラスメイトがちらりと俺を見る。


「そのキーホルダー、何?」


 俺に聞かれたのかわからなかった。聞かれてるぞと阿久津に促され慌てて口を開く。


 「ゆう、アクセサリーの話してやれよ」

「え?」


 駐輪所に男子のグループが向かっていく。髪を立てた男性が前方から歩いてくるから、阿久津は道を開けた。ほかも同じ動きをする。


「こいつのアクセサリーどう思う?」

「なんかお祭りで売ってそうな安もんだよな」


 笑いと指差しが周りで飛び交う。来て欲しくない冷たい空気から脱したい。


「このアクセサリーは女子から貰ったんだ」

「彼女いんの?」


 皆の瞳が色めき立つ。

 俺の中で何かが分かったような気がして、その勝手に現れた納得は姿を隠す。


「くれた子はとてもイイ人だったんだ。引っ込み思案な俺を気にかけてくれるような」


 駐輪所について自転車にまたがる。皆して俺の話に傾聴した。俺の話を聞きいっている。


「そんな子が、明日引っ越すって急に行ってきたんだ」

「うんうん」

「悲しむ暇もなく。それで、突然祭りに行こうって二人で走って。そこで買ったんだ」


 俺はカバンのアクセサリーを指で触った。ざらついてアスファルトの表面と似てる。


「これ光るから、会いたいときは夜に掲げようって」

「甘酸っぱ!」


 集団は俺を同情的に捉えた。明らかに歓迎する空気がぬるりと変わる。ただ清水だけは瞳の奥が冷たかった。


「いいなー。俺もそういう思い出欲しいわ」「そりゃ外せんわ」「会ったのは何時なの?」


 俺は彼女と会ったのは女子小学生の頃だと伝えた。名前も覚えていないようなあの娘は、俺のことを覚えているだろうか。


「連絡とる手段はないの?」

「探せばあるかもしれない」


 一日置いた風船みたいに話題が萎んだ。やがて、クラスの面々は自転車の鍵を回す。俺も習って行動をとる。

 彼女との思い出は忘れられないほど残っていた。



 そうして、俺たちはカラオケ店に足を運んだ。料金は個人によって払うことになる。俺も自身の金はたまたま用意していた。彼らは俺と共に会話する。


「でも、阿久津」と、話していたクラスメイトが友人へ目線を変える。「割と話せるやつじゃん」


「言っただろ?」


 彼は顔を見せない。


「それにしても、清水は喋らねえな」


 俺は清水と呼ばれた人間に目を向ける。彼はグループというより、クラスの賑やかし担当の人間だ。スクールカースト上位の人々は彼を弄れば面白い人間だと遊んでいた。


「何で来たの?」


 誰かが唾を飲んだ。俺が緊張したから鳴らしただけかもしれない。


「あー、ごめん。威圧するつもりはなかった」


 グループの空気は失笑が塗り重なる。誰も彼の言葉に指摘しない。この質問に対する正解が見つからなかった。


「別に、なんか楽しそうだから」

「あっははは」


 清水は自分の居場所に帰った。俺は背中をずっと眺める。

 文化祭終わりの緩やかな時間を抜けた。


「ゆう、アクセサリーの話してやれよ」

「もうしたって」


 彼らは快く受け入れていない。あまりに唐突な部外者が入ってきた。しかも、クラスで沈黙決め込んだ人間だ。


 カラオケの個室に到着した。床が油を塗ったように粘つき、切り傷のある椅子がある。机を囲むように椅子が3角用意されていた。

 俺は扉近くに座ったら、正面の清水は立ち上がる。


「ドリンク入れてくる」

「もう飲んだのかよ」

「ゆう君は注ぎに行かないわけ?」

「あ、じゃあ行くよ」


 グループの人々がドリンクを注いでいる時に尻込みしていた。それを清水に見抜かれていたらしい。何で注いで来ないんだよって突っ込みが背後からする。


「先に言ってていいよ」


 扉を彼が閉める。

 ドリンクバーの前で俺は炭酸飲料のボタンを押す。泡が容器の中を満たしている。


「ゆうって嘘つくんでしょ?」

「え? 何で?」


 彼のコップには氷が入っていない。俺のコップにある氷がパチパチと弾ける。


「いや、アクセサリーのことだけどさ。検索してみない?」


 彼は彼女の名前をSNSで検索をかけてみようと提案してきた。ノリ重視の発言で動揺する。


「それはできない」

「何で?」


 名前を忘れたといえば嘘だと決めつけられる。絞り出した内容で言い訳を取り繕う。


「たぶん、相手は覚えていないから」

「覚えてないの?」

「……ここだけの話。1回あったことあるんだ。でも、相手は俺に気付かなかったんだ。気付かなかったのは、そのときアクセサリーをつけていなかったも思っていたいんだ」


 嘘だ。

 俺は彼女と再開していない。


「ふーん」彼は言及せずオレンジジュースだけを注いだ。ストローを片手に戻っていく。

 俺も半分のコーラで戻る。


「お、ゆう君おかえり」

「あ、ううん」


 彼らは既に歌を入れていた。既に空気は完成しており盛り上がりに満ちている。彼らは気兼ねなく話しかけてきた。それに応えてるだけで場は保つ。


 どうしてもっと早く話しかけなかったんだろう。

 俺の過去を語れば橋をかけてくれた。彼らは一つの島に住んでいて、渡り方を間違えれば自分の島に戻される。橋の材料は異性やギャップが光れば何でもいい。


「ねえ、その女の子とかの思い出ないの?」

「あるよ」


 俺は何を考えている。彼女とのエピソードはあるはずだ。


「彼女は俺に惚れていたみたいでさ。よくキスとかしていたよ。ほら、それって普通じゃん」

「……小学生で?」

「お前はやったことないの?」


 隣の席の彼は自分の歌を待っている。手渡しのタブレットにペンをさす。


「他にも色々あるよね。あまり言うと自慢みたいになるから黙ってたんだけど」

「彼女いないから分かんないわ」

「あ、ごめん。それでね、ネットで見たんだけど『◎』ってアニメ知ってる? あれ全然売れてないんだって」


 俺の番になった。マイクに声を通して歌を歌う。昔に流行った二人組の歌だ。誰かとカラオケなんて久しぶりに来た。カラオケは口と脳が切り離されて思考する。二番に入るまでの演奏が気まずいことや、誰も知らなければわ独り善がりで終わってしまう。


「ゆう。次俺だから貸して」


 阿久津は外見に似合わず美声を響かせた。クラスの人々は愉快そう手を叩く。


「それで、話の続きだけどさ。アニメって見た? 俺は見てるんだけど」

「う、ううん」


 何か面白い話題をあったはずだ。


「そういえば今朝にまとめサイト見たんだけど、またあの政治家がやらかしたらしいよ」

「ニュースにもやってるやつ?」

「そうそう。まとめサイトによれば不倫もしてるんだってさ。許せないよね。人間をなんだと思ってるんだろうね」


 ついに彼は返事しなくなった。

 何か面白い話題を探す。気まずい沈黙が俺の体を纏う。それは首を苦しくしてくるから嫌いだ。なにか話さないとダメになる。友達が欲しい。友達はどうやったら出来ている。


「あっ……」俺はまたやらかしたのだろうか。余計な見栄を貼ってしまった。


 やがて、クラスの遊びは終わった。俺は次のボーリングには参加しないことにする。隣に座っていた男性の愛想笑いが忘れられない。


 俺は自転車を漕いだ。全く知らない住宅街に入り込む。青信号が点滅して足を地面につけた。


「……」


 俺はアクセサリーのボタンを押した。街の街灯に明かりが灯る。


 俺は夜の街をひたすらに駆け抜けた。なぜ全てが手遅れになって気づく。いつも理解するのは後方で自分のことしか見えていない。誰かの言った言葉につまずいて、胸のつっかえを言い訳に歩くのをやめていた。今の自分は誰かに言われた言葉を走り出した理由にしている。


「クソッ」


 とても惨めな自分はまぶたを濡らして頬に線ができる。あからさまな涙で誰かに哀れんでほしいんだろう。間違えて俺は正しさからかけ離れてしまった。死んだ父親は許してくれないだろう。正しくあれという言葉からかけ離れた光に立っている。


「はっ……、はっ……」


 人に言われた言葉を反芻する。結局、自分は自分の世界しか見えていなくて、その中で他人を傷つけて足掻いていた。そうすると、生きるのは苦しいなって涙が出る。これも自分が可愛いから出た言葉だ。

 被害者面の俺は自転車を漕ぐ。

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島の話 鍍金 紫陽花(めっき あじさい) @kirokuyou

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