第23話 『生 還』その3

 ぼくの目の前には、大きな鬼さんたちが、3人立っておりました。


 それは、これまで見てきた鬼さんとは、まったく違うようでした。


 まず、その体は、ただ大きいだけではなく、とても、がっしりとしており、しかも頑丈な甲冑を着用しています。


 明らかに、一般の鬼さんではない、A級機動隊員、みたいな感じなのです。


 ものすごい、威圧感がありました。


 ぼくは、あっさりと、諦めました。


 その中央の鬼さんは、一段と大きく、右手に長い錫杖のような鉄の棒を持っています。


 その鬼さんは、ぼくを見据えながら一喝しました。


 「おろかものめ!」


 それから、手にしていた長い棒を、空を切るように回したのです。


 すると、あたりに深く立ち込めていた霧が、どんどんと、引いて行くではないですか!


 そうして、ぼくは、自分が一体どんな場所にいるのかという事を、初めて認識したのです。


 右側は、どこまでもそそり立つ、巨大な岩山でした。


 左側は、深い谷になっていて、遥かな下に、おそらくは、あの大河が、果てしなく流れているのが見えました。


 そうして、そのかなたに、水煙が立ち上り、そこから『ごうごう』『どうどう』と、大きな音が響いて来るのです。


 滝があるに違いありません。


 それも、信じられない位に壮大なものでしょう。


 ぼくが歩いて来たのは、人がやっと通れるくらいの、崖際の一本道だったのです。


 あたりが見えていたら、歩く気になんか、ならなかったでしょう。


 ちょうど、このあたりだけ、山側に、駐車場のようにへこんだ場所になっていたのです。


「そなたを、地獄まで、お連れ申す。いざ。」


 鬼さんが大きな声で、そう言い渡しました。


 すると、その声に負けないくらいの大声で、ぱっちゃくんが泣き始めました。


「こわいよ~! こわいよ~! うわ~~ん!!」


 ぱっちゃくんは、やはり泣き虫だったのです。


 『泣く子と地頭には勝てぬ。』


 などといいますが、なぜか、このぱっちゃくんの叫び声には、さしもの鬼さんの表情が、少しだけ揺れたように見えました。


「なぜ、こやつは、泣くのか?」


 棒を持った鬼さんが、右わきの鬼さんに尋ねました。


「いや。わかりませぬ。こやつは、人ではないから、普通、泣きません。」


 反対側の鬼さんも言いました。


「これは、怪奇現象です。」


「ふむ。奇妙なことがあるものよ。向こう岸では、なんと『天賦』が降ったというではないか。」


「はい。永くなかったことです。」


「まあ、よい。われらは、ただ、役目を果たすのみである。」


「は!」


 両脇の鬼さんが答えました。


 しかし、このほんの少しの間が、ぼくを救ったのです。


 後ろの道から、さらに、追いかけてきた、ある鬼さんの姿が現れたのです。


 それは、あの、案内の女性の鬼さんでした。


「ああ、よかった。もう、間に合わないかと思った。」


「おお、統括女官様、いかがなされたか?」


「このものは、捕縛してはなりません。」


「は? とは、いかがなことか?」


「よいですか、あなた。あの、男の子と、そのご両親が申し立てをしました。あなたを、自由に行かせてやってほしいと。わが主は、『天賦』が降りたことに鑑み、また、親子のけなげな姿や、その、嘆かわしい、いきさつにも打たれた。と仰せになり、これを受け入れました。よって、あなたは、このまま進むことを許されました。そなたたちは、退散なさいまし。」


「は、統括女官様の仰せであれば、是非もなし。」


 機動隊のような鬼さんたちは、山の斜面の中に、あっさりと、消えてゆきました。


「さて、あなたには、しかし、お役目が申し渡されました。」


「お役目?ですか?」


「はい。現世に帰って、あなたと男の子と、そのご両親を殺めた犯人の、行く末を確認しなさい。また、彼らをして、そうあらしめた、『影の主』の行く末を確認しなさい。そうして、命がある限り、男の子とそのご両親の弔いをなさい。いいですか?」


「それは・・・はい。でも、どうして、ご両親までも?」


「それは、現世に戻れば、自ずと明らかになるでしょう。では、このまま、真っすぐに行くと、滝に出くわします。恐ろしい場所ですよ。滝壺は、限りない広さと深さを持ちます。流されたら、永遠に川の中で流されて行くのです。その、滝壺に、勇気を持って降りてください。滝の裏側に入る道があります。その奥に、現世に抜けるトンネルがあるのです、ただし、このお札がないと、中に入ったとたんに、消滅してしまいますよ。」


 案内の鬼さん・・・『統括女官様』と言われた方は、ぼくと、さらに、くまさんと、ぱっちゃくんに、お札を張りつけました。


「まあ、剥がれることは、ありませんが。では、行ってください。また、いつかお会いしましょう。遠い事ではない。ああ、男の子から伝言です。『これが、正しいです。扇風機ありがとう。大事にします。』 では! さらばです。」


 案内の鬼さんは、くるっと向きを換え、来た道を、また帰って行きました。




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