第22話 『生 還』その2

 ぼくは、深い霧の中を、ただただ、めちゃくちゃに走りました。


 どんなに走っても、つらくならないのは、いささか不思議ですが。


 でも、ある、強烈な不安が襲ってきて、ぼくは立ち止まりました。


 そうなのです。


 きっと、鬼さんたちは、ぼくを追いかけて来るでしょう。


 誰かが、目の前に来なければ、それが誰かもわからないような霧の中でも、鬼さんたちには見えているのかもしれません。


 その証拠に、竜さんの船は、問題なく川を渡ったのです。


 もし、捕まったら、どうなるのでしょうか。


 地獄行きということに、きっとなるのでしょう。


 それが、どのような恐ろしい事なのか、ここまで来ていても、さっぱりわからないのです。


 ソフトクリームの、甘い味が、お口の中で思い出されました。


 男の子のことが、とても、気になります。


 しかし、一方で、クラシック喫茶のマスターの言葉も思い浮かびました。


 『道案内をしてくれる、何かに出会えたら、帰れるかもしれない。』


 何かとは、何でしょうか?


 ぼくは、周囲を見回しながら、また歩き始めました。


 景色は、なにもありません。


 ただ、なにやら、遠くからですが、ごうごう、という不気味な水の音が聞こえます。


 そうして、それから、ぼくは、声を聴いたのです。


 『あっち、あっち。』


 『うん、あっちだよ。』


 くまさんと、背中のぱっちゃくんがしゃべったのです。


 ぱっちゃくんは、丸っこい腕を、一生けん命に、前の方に伸ばしています。


 「え?」


 ぼくは、びっくりしました。


 たしかに、川の向こう側で、くまさんが「く~」と鳴いたのは聞いたように思いますが、こんどは、はっきりと聞こえてきました。


 『あっち。あっち。』


 また、くまさんが、繰り返しました。


 ぼくは、他に当てもなく、くまさんとぱっちゃくんの、言う通りの方向に、向かったのです。



  ***   ***



 それから、しばらくの間は、速足で歩いたのですが、その時間は全くわかりません。


 進んだのかどうかも、わかりません。


 ときどき、くまさんが「そこ、みぎだよ!」と言ったり、


 ぱっちゃくんが「ひだりに、回って!」とか言います。


 真っ平らな板の上を、あっちやこっちに、ただ、回っているような感じでもありました。


 しばらく、そんなことばかりだったのです。


 でも、その次の瞬間、ぼくは見たのです。


 真っ白な中に、不気味な、真っ黒な、大きな鬼さんたちの影が浮かび上がるのを。


 『ごうごう』、『どうどう』、という水音は、どんどん大きくなって、きていました。





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