第21話 『生 還』その1

 男の子は、お父さんに飛びつきました。


「よくがんばったね。怖かったろう。もう大丈夫だよ。」


 お父さんという方が、力強く言いました。


「うん。でも、怖くなかった。あのお兄さんがいたから。」


 男の子が、ぼくを指さしました。


「そうか。いや、ありがとう。」


 お父さんは、ぼくを見ながら言いました。


 また、そのお母様は、静かにお辞儀をなさいました。


「おとうさんは、どうしてここに、いるの?」


 男の子のみならず、ぼくだって、すごく気になっていました。


「ああ、いろいろあった。しかし、話はあとにしよう。もう、行かなければならない。それが人間の、決まりなんだから。」


 そのお父さんが、言いました。


 ぼくは、覚悟しました。


 この男の子を、この世に連れて帰る理由は、もうきっと、ないのだろうと思ったのです。


 しかし、その一方で、「それでよいのか?」という疑問も湧きました。


 この子には、この世で活躍する権利が、あったのではないのか?


 ぼくは、どちらが正しいのか、はっきりとは決まりませんでした。


 しかし、時間はもうないのです。


 ぼくは、「おほん、おほん」と咳払いしようかと思いましたが、それはもう、止めにしました。


 そうして、くまさんを右手で掴み、ぱっちゃくんをしっかりとおぶったまま、霧の中を、まったくその虚無の空間の中を、方角もまるで分からないまま、走り出したのでした。



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