第11話 『帰 還 』その4
竜の船から、長い長い梯子が降りてきました。
ぼくたちは、女性の鬼さんに先導される形で、その巨大なお船に登って行きまし
た。
ぼくたちの後ろからも、体格の良い鬼さんが二人ついてきておりましたが、どう
やら船員さんのようでした。
竜のお船の頂上にある御殿に到着すると、まずそこには広い見晴らし台がありま
した。
そこに上がると、なにやらお祭り騒ぎが聞こえてきたのです。
「あれは、なんのお祭りでしょうか?」
ぼくが尋ねました。
「『天賦が降った』お祭りなのですよ。」
女性の鬼さんが答えました。
「なあに、それは、どうして?」
男の子が不思議そうに尋ねました。
「『天賦が降る』と、しばらくの間は、全員がお船に乗って川を渡ることが出来る
のです。普段は、中には自分で急流を渡り切らないといけない人もあるのですが、
みなが目出度く、楽にお船で渡ることができるのです。だからお祭りになっている
のです。あなたのおかげなのですよ。」
鬼さんは、男の子を見ながら、言いました。
「ふうん。ぼく良いことをしたのかなあ? よく、わかんないなあ。」
男の子は複雑な感じで言いました。
「出港するぞお!」
大きな声が聞こえて、太鼓が『どんどん』と打たれました。
その音は、樹木の向こう側にも聞こえたのか、人々の大きな叫び声
がこだましました。
男の子は、ますます難しいお顔になりました。
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「渡りきるのには、かなりの時間がかかりますが、それは、この川が、無限の川
幅を持っているからです。」
女性の鬼さんが言いました。
ぼくが、欄干を握ったままで、尋ねました。
「無限の幅だったら、向こう側には着かないのでは、ないですか。」
「はい。だから人間には帰れないのです。川を渡る鬼たちや、ここのお舟たちに
は、空間を有限に縮めてしまう特別な力が与えられています。」
「だれからですか?」
男の子が、こんどは、ぼくの代わりに尋ねました。
「天からです。」
「天って誰ですか?」
「『自然』または『宇宙』の事です。」
「難しいよ。」
「そうですね。しかし、全ては『宇宙』によって作られているのです。もし、人間
が、『宇宙』の原理をすべて理論と実験で解明したら、ここもきっと『現世』と同
じものになるでしょう。」
「ふうん・・・・そうしたら、お家に帰れるかな?・・・・」
「ああ、きっとそうなのです。」
鬼さんは、かなたを見つめながら言いました。
そのとき、ぼくは聞いたのです。
シベリウスさんの『第6交響曲』です。
霧が漂う大きな川の中から、まるで、湧き上がってきているように聞こえてき
ます。
ぼくのお葬式には、この曲を流すように、びーちゃんには頼んでありました。
「ああ、『第6交響曲』が始まった。」
ぼくは言いました。
男の子は不思議そうに、ぼくを眺めていましたが、やがてこう言いました。
「あ、『春の小川』が聞こえるよ。ね!」
ぼくたちふたりは、それぞれを送る音楽を、いま、別々に聞いていたのです。
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