第11話 『帰 還 』その4

 竜の船から、長い長い梯子が降りてきました。


 ぼくたちは、女性の鬼さんに先導される形で、その巨大なお船に登って行きまし


た。


 ぼくたちの後ろからも、体格の良い鬼さんが二人ついてきておりましたが、どう


やら船員さんのようでした。


 竜のお船の頂上にある御殿に到着すると、まずそこには広い見晴らし台がありま


した。


 そこに上がると、なにやらお祭り騒ぎが聞こえてきたのです。


「あれは、なんのお祭りでしょうか?」


 ぼくが尋ねました。


「『天賦が降った』お祭りなのですよ。」


 女性の鬼さんが答えました。


「なあに、それは、どうして?」


 男の子が不思議そうに尋ねました。


「『天賦が降る』と、しばらくの間は、全員がお船に乗って川を渡ることが出来る


のです。普段は、中には自分で急流を渡り切らないといけない人もあるのですが、


みなが目出度く、楽にお船で渡ることができるのです。だからお祭りになっている


のです。あなたのおかげなのですよ。」


 鬼さんは、男の子を見ながら、言いました。


「ふうん。ぼく良いことをしたのかなあ? よく、わかんないなあ。」


 男の子は複雑な感じで言いました。


「出港するぞお!」


 大きな声が聞こえて、太鼓が『どんどん』と打たれました。


 その音は、樹木の向こう側にも聞こえたのか、人々の大きな叫び声


がこだましました。


 男の子は、ますます難しいお顔になりました。



 **********   **********


 「渡りきるのには、かなりの時間がかかりますが、それは、この川が、無限の川


幅を持っているからです。」


 女性の鬼さんが言いました。


 ぼくが、欄干を握ったままで、尋ねました。


「無限の幅だったら、向こう側には着かないのでは、ないですか。」


「はい。だから人間には帰れないのです。川を渡る鬼たちや、ここのお舟たちに


は、空間を有限に縮めてしまう特別な力が与えられています。」


「だれからですか?」


 男の子が、こんどは、ぼくの代わりに尋ねました。


「天からです。」


「天って誰ですか?」


「『自然』または『宇宙』の事です。」


「難しいよ。」


「そうですね。しかし、全ては『宇宙』によって作られているのです。もし、人間


が、『宇宙』の原理をすべて理論と実験で解明したら、ここもきっと『現世』と同


じものになるでしょう。」


「ふうん・・・・そうしたら、お家に帰れるかな?・・・・」


「ああ、きっとそうなのです。」


 鬼さんは、かなたを見つめながら言いました。


 そのとき、ぼくは聞いたのです。


 シベリウスさんの『第6交響曲』です。


 霧が漂う大きな川の中から、まるで、湧き上がってきているように聞こえてき


ます。


 ぼくのお葬式には、この曲を流すように、びーちゃんには頼んでありました。


「ああ、『第6交響曲』が始まった。」


 ぼくは言いました。


 男の子は不思議そうに、ぼくを眺めていましたが、やがてこう言いました。


「あ、『春の小川』が聞こえるよ。ね!」



 ぼくたちふたりは、それぞれを送る音楽を、いま、別々に聞いていたのです。





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