第10話 『帰 還』その3

「じゃあ、君に、とてもよいことを、教えてあげよう。」


 その大きな青鬼さんが言いました。


「君が、大きなお船に乗って向こう岸に着いたら、素晴らしく良い事が待っている


んだ。」


 男の子は、目を丸くして言いました。


「え? なに?」


 青鬼さんは、片目をつぶって、ちょっと意地悪く言いました。


「それは、向こう岸についてからのお楽しみだよ。」


 男の子は、少し困っていました。


 彼は、実はお船には,乗ってみたかったのです。


 そこで、意を決したように言いました。


「じゃあ、行って、みる。それから考える。」


「うん。それこそが正解というものだ。」



 **********   **********


 ぼくたちは、この館の鬼さんたちにお別れをして、船着き場に向かいました。


 案内は、あの女性の鬼さんがしてくれるというのです。


「わたくしが、向こう岸までご案内いたしましょう。」


 船着き場には、今のところ何もいませんでした。


 ここは、一般の船着き場とは、大きな樹々で隔てられていましたが、そのせいな


のか、向こう側の雑踏は、ほとんどなにも聞こえて来ませんでした。


 そこに、深い霧の中から、突然船が現れました。


「うわ~!!」


 男の子が声を上げました。


 それはもう、ぼくだってびっくりしたのです。


 巨大な、本物の竜さんでした。


 時々、首をよじっては、お口から火が噴き出ています。


「あれは、プラズマ現象なのです。」


 女性の鬼さんが説明してくれました。


 大きなその目は、とても恐ろしそうでしたが、よくよく見ると、なにか慈愛にあ


ふれているような気持ちもいたしました。


 でも、それは間違いなく、お船だったのです。


 竜さんの背中には、きらびやかな『館』が、乗っかって、いたのですから。


「す・・すごい。」


「ここで、一番豪華な船でございます。めったに使いません。あの世の偉い方が視


察に来るときとか、我々にもよくわからない、栄光のある方々がお乗りになること


が、ときにあるくらいです。わたくしも、実際に乗船するのは2度目ですが。」


 美しい女性の鬼さんが言いました。


「あのお・・・、こうしたお船には、向こうから人が乗って来ることは、あるので


すか?」


 ぼくが、何気なく尋ねました。


「ありません。先ほど申し上げたような方以外の、普通の人が、向こう側からこち


ら側に来ることは、どうしても出来ないのです。それは自然の決めた論理ですか


ら、変わらないのです。今のところは。」


「もしかしたら、いつか、変わる?」


「そうですね。もし、人間たちが自然の論理を全て解き明かし、あらゆる宇宙の力


を自由に操ることができるようになったら、そこは、変わるかもしれませんね。わ


たくしたち鬼たちには、そうした力はありませんが、人間には可能性が残されてお


ります。」


「ふうん・・・・」


「さあ、まいりました。乗りましょうか。」


「ぼく、怖いなあ、やっぱり。」


 男の子が言いました。


 無理もないと、ぼくは、思いました。


 しかし、ぼくは、向こう岸に着いた後の、脱出行動の事を、考えていたのです。


 いったい、なにが待っているのかも、まったく分かりませんでしたけれども。


 決行するときは、近づいてきておりました。


 くまさんが『く~』と、小さく、なきました。


 くまさんが、実際に声を出したのを、ぼくは、このとき、初めて聞きました。


 

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