第9話 『帰 還』その2
ぼくは、くまさんを抱え、ぱっちゃくんをおんぶしたまま、男の子は『ばあやの
店』で買った、小さなあの『扇風機』の箱を手に持ったまま、その立派なお屋敷の
中に入りました。
そうして、ぼくたちは、広い広い広間に通されたのです。
そこには、人間がすっぽり入れるくらいの、巨大な赤い壺が置いてあったり、モ
ネとマネとピカソが合作したような、変わった絵も飾ってありました。
部屋の入口は、衛兵たちが、がっちりと守っていて、誰も入ることも出ることも
ままなりません。
大きな、よい木らしいもので出来た、でも、ちょっと固い椅子に、ぼくたちは座
りました。
目の前には、布張りの、けっこう派手で、大きな椅子が置いてあります。
手前にあった小さなテーブルの上に、それぞれお茶が出て来ました。
「どうぞ。わが『長』(おさ)がくるまで、ゆっくりしていてくださいね。ちょっ
と、もめごとがありましてね。」
お茶を持ってきてくれた、しかし、なんとなく、位の高い人らしき、すらっとし
た女性の鬼さんが言いました。
ものものしくも、静かな時間が過ぎました。
やがて、その『長』が現れたのです。
大きな青鬼さんでした。
その頭は、もう天井近くにまで、達するようなくらいだったんです。
ちょっと、欄間に引っかからないように、頭をかがめながら、その巨大な鬼さん
は部屋に入ってきました。
「やあ、どうも。お待たせしましたあ。」
その体からは、どうも、考えにくいような、ずいぶんと気さくな感じで、その鬼
さんは語り掛けてきたのです。
「このたびは、『天賦』が降ったということで、おめでとうございます。ただし、
一応、念のために、紋章を確認させていただきたい。」
大きな鬼さんは、そのまた大きな手のひらを差し出しました。
男の子は、さすがにちょっとおっかなびっくりしながら、例の天から降ってきた
『お札』を差し出しました。
『長』である鬼さんは、ふところから眼鏡を取り出して、顔に引っ掛けました。
それから、その『お札』を、しげしげと眺めたのです。
「おお、これは、まさあに、『天からの『天賦』である。まちがいなし。」
すると、実はものすごく緊張していたらしい周囲の鬼さんたちから、安堵のため
息がもれてきました。
「このようなことは、本官がここに着任して来て以来、初めてのでき事でありま
す。前任者の長い在任時にも、二件しかなかったとのこと。まったく、諸君、幸福
な事であるぞ。」
周囲の鬼さんたちからは、すすり泣きの声さえ聞こえてくるのでした。
男の子が不思議そうに尋ねました。
「そんなに、すごいことなんですか?」
巨大な鬼さんは、居住まいを正しながら、答えました。
「いや、まさに。これこそ、天のご威光がいまでも輝いている事の、また、人間た
ちには、いまだに正しい心が残されている事の、明らかな証拠なのですから。」
「ふうん・・・・でも、ぼくは、どうなったの?」
「あなたは、事故で、お亡くなりになったのです。この方の巻き添えとなったので
すからな。」
男の子は、ぼくのお顔を見上げました。
「それは、変わらないの? だって、ぼくはお家に帰るんだよ。」
巨大な鬼さんは、少し困ったような表情になりました。
「天賦がさし示している事は、こうなのです。あなたは、天国に無条件で行きま
す。しかも、審判は、なしでね。川を特別仕立ての船で渡ると、そこに天国行きの
豪華客船がお待ちしています。あなたは、それに乗るのです。」
「このお兄さんは?」
「この方は、川は同じ船で、お渡しいたしましょう。しかも、無料で。ただし、そ
の先は、他の方と同様にバスで審判所まで行きます。しかし、審判では、天国行き
が申し渡されることでしょう。他によほどの罪が、暴かれなければ、ですが。」
「それはいやだよ、ぼくは、お兄さんと一緒に、お家に帰ると約束を、したのだか
ら。約束は、きちんと、守らなくっちゃね。」
鬼さんは、更に困った顔になりました。
「真に死したものは、現世に帰る事だけは、かなわないのです。」
そこで、傍らに立っていた、先ほどのお茶を持ってきてくれた女性の鬼さんが、
『長』に何かをささやきかけたのです。
大きな、長い袖で、そのお口を隠したので、まったく内容はわかりませんでした
が。
「そうなのか・・・・」
『長』はつぶやきました。
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