第6話 『旅立ち』その6
『ばあやの店』は、大変古風な面立ちで、特に正面の入口があるのでもなく、雨
戸があるようでもなく、終始開けっ放しという感じでした。
しかし、それは、そこの周囲にあるすべての店が、同じようなものだったのです。
ぼくは、男の子に尋ねました。
「君は、どこかのお店に寄るように言われているの?」
「ううん。ぜんぜん。」
「お金はあるの?」
「ううん、ぜんぜん。」
「何にも?」
「うん。」
ぼくは、それ以上尋ねるわけにはゆきませんでした。
そこで、他の事を尋ねたのです。
「君のお父さんやお母さんは、お仕事が忙しいのかな。」
「うん。ふたりとも刑事だからね。こてんこてんに忙しい。いつもいないんだ。」
「刑事さん・・・・ふうん・・・ご飯は?」
「ちゃんと届くよ。時間になったら、お弁当屋さんが持って来てくれるからね。」
男の子は、あっさりと言いました。
「さみしくなかったのかなあ?」
「まあ、ちょっとはね。でも、それが僕の『シュクメイ』なんだから。」
「はあ・・・シュクメイ、ですか。」
「うん。まあ、どういう意味かは、よく知らないけど。そう言われてたから、いつもね。」
「どなたか、見てくれてたの?」
「おばあちゃんが、同じ町にいるから、時々来てくれてたけど、おばあちゃんも警察官だからな。」
「はあ、警察一家かあ。そうなんだ。でも、じゃあ、今頃、ご両親は、きっと犯人を捜して、こてんこてんなんだね。」
「うん。きっとそうだよ。」
この子には、なにかしらの、『事情』というものが、ありそうでした。
「そうか。ぼくはね、ちょっとこの、お店に用があるんだ。寄ってもいいかな?」
「どうぞ。」
「ありがとう。」
ぼくは、『ばあやの店』の中に入って行きました。
なにやら、いっぱに品物が並んでいるのですが、まったく脈絡というものは、ないようでした。
パンもあれば、人形もあり。
鏡もあれば、うちわもありましたし、おもちゃもあります。
「いらっしゃい。さあ、これが最後のお買い物だよ。何にしますか?」
ぼくは、あの鬼さんにもらった番号札を差し出しました。
「あの、これを、お願いしたんですが。」
「ああ、これ、さっきちゃんと届いたよ。大事なものなんだろう。まあ、よかったねえ。」
人のよさそうな、小柄なおばさんが言いました。
そうして、店の奥から、ぼくの大切なお友達を連れてきたのです。
「ああ、パンダ君と、あ、これは、くまさんだね。」
男の子が、素直に言いました。
ぼくは実は、かなり恥ずかしかったのですが、まったく、彼には、そう言う感じはありませんでした。
まあ、ぼく自身が、なぜか子供の姿でしたし。
この子たちは、孤独な僕の、長い間の大切な、連れだったのです。
「さあ、これは、あんたのものだ。」
おばさんが、さも大事そうに、手渡してくれたのでした。
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それから、ぼくは男の子が少し可哀そうでしたから、こう言いました。
「君、欲しいものがあったら、言ったらいいよ。まだお金もあるし。」
すると、おばさんも言いました、
「それがいいよ。この先に買い物をするところはない。あとは、渡し賃があればなんとかなるんだから。」
男の子は、うれしそうにしながら、お店の中を見回しました。
それから言いました。
「これ!」
彼は、小さなやや、深い緑色のおもちゃの『扇風機』を指さしました。
「え? これ?」
「うん。ぼく、こんな扇風機が欲しかったんだ。」
「これは、あと一台しかない。電池を入れたらちゃんち動くよ。ただし、もうここ以外では電池は買えないけどね。」
「じゃあ、これください。電池は、まあ、二組ください。」
「わかった。じゃあ、電池は10本付けてあげようね。サービスですよ。」
「ありがとうおばさん。ありがとう、おにいさん。」
男の子は、うれしそうに『扇風機』の箱を抱えました。
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