第5話  『旅立ち』その5

 なぜ、ぼくが殺されなければならないのでしょうか。


 10年以上前に、会社全体を巻き込んだ大スキャンダル事件が起こりました。


 いくつかの、地方の支社が、勝手な会計処理をしていたのです。


 数人が逮捕され、複数の自殺者が出ました。


 結局、事件当時のある支店長が主犯として上げられ、なんとか終結に至りました。


 ぼくが在籍していた場所では、逮捕者や自殺者などはいなかったのですが、世間様からも随分批判にさらされました。まあ、当然の事です。天罰です。


 もしかしたら、この事件に、何か関係があるのでしょうか?


 とはいえ、ぼくが殺されるような事柄には、まったく思い至りません。


 それとも、ぼくが引き起こした、あの恋愛問題でしょうか?


 でも、これは全く個人的な事柄で、結局彼女は、何方もふってしまったのですから。


 しかも、さっき、会ったばかりですから。


 つまり、どっちにしても、怨まれる余地がありません。


 どうも、こうした問題ではなさそうです。


 きっと、もっともっと、個人的なモノでしょう。


 どこかで、知らない間に怨まれていたに違いありません。



  **********  ********** 



 そこは、もう、騒然とした場所でした。


 川を渡ろうとする人たちと、それを見送る、ぼんやりと霞んだ人たち。


 多くの人が泣き叫んでいます。


 なんだか、人間の最後の涙と、砂ぼこりがまじりあって、霧が立ち上ってさえもいるようなのです。


 その周囲には、お店がいくつか並んでいます。


「さあ、これが最後のお買い物だよ!」


 店先でおばあさんが叫んでいました。


 ぼくは、鬼さんから教えられた、『ばあやの店』を探しておりました。


 それは、あっと言う間に見つかりました。


 その、叫んでいたおばあさんのお店の上に、でかでかとした文字で、そう書かれていたのですから。


 ぼくは、男の子の手を引いたまま、そのお店に向かいました。


 やかましい鬼さんたちも、これにはまったく、無反応だったのです。



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