第3話  『旅立ち』その3

 『スペイン交響曲』は、まるでそこで、実際に演奏されているように感じるくらいに、良い音で鳴っていました。


「こりゃあ、フランチェスカッティさまですか?」


「あたり。すごいね。あなた。」


「よい演奏です。」


 店主も、のりちゃんも、みんなで席に座って、聞いておりました。


 時間が、実際、どのくらいたったのかも、よくは、わかりません。



 *********   **********



『時間だぞー! みな、集まれー! 進めえー!』


 鬼さんの声が、お店の中まで、高々と響き渡りました。


「さあ、時は来た。出発です。」


 店主がきっぱりと言いました。


「ぼく、お家に帰るよ~」


 男の子がまた、駄々をこねました。


「大丈夫だよ。帰るんだ、おうちにね。そのためには、まず、大きな川を渡るんだ。」


「え~! お船に乗るの? ぼく、お船に乗りたかったんだ!!」


「ああ、大丈夫だ。君たちなら、乗れるさ。」


「乗れない事も、あるのですか?」


「そうなんだ。乗り場で選別されるんだ。基準は、はっきり言って人間にはよくわからない。しかし、鬼たちは要領よく分けて行く。まあ、でも、君達なら大丈夫だよ。こうした音楽が好きな人は、まず船には乗るものだからね。」


「・・・じゃあ、さようなら。」


 のりちゃんが、そう言いました。


「これが、最後、なのかな。」


「そう。わたしは夢から覚める。あなたは、旅を続ける。でも、いずれは、わたしもそこに行く。このお店に寄ろうと思うの。」


「まってるさ。ここには、きりがないんだからね。じゃあ、このケーキをお土産にあげよう。二人で食べなさい。」


「ああ、どうも、ありがとうございます、お元気で。さようなら。」


「ははは、君たちもね。成功を、祈る。」


 男の子は、その小さな手を、かわいらしく振っています。


 ぼくらは、二人が見送る中を、お店から出ました。



 もう、永遠に会うことはない、その、二人なのです。


 あまりにつらくて、ぼくのお顔も、もう涙でいっぱいになっておりました。



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