第23話 悪の気配

 あの後、ティカは次の競技があるからと急いで会場へ戻って行った。

 その時見た彼女の顔がとても悲しそうでどうしても頭から離れない。


「いっそこの世界を壊したらせいせいするのだろうか……」


 いや、そんなわけがない。そんな事をしたらもっと気分が落ち込むだろう。きっと死にたくなる。だってティカが悲しむのだから……そんなの嫌だ。親友が悲しむ姿はもう見たくない。出来る事なら彼女にはずっと笑っていて欲しい。

 よくよく考えるとこんな気持ちになるのは初めてだ。親友とはここまで人を変えるものなのだろうか。

 もしそうなら残酷な存在だな、親友ってのは。


 そう言えば、どうしてティカはオレの所に来たのだろうか?もしかして罪悪感を覚えてオレを探していたのか?

 いや、それは無いはずだ。だってティカは頭を冷やして来いって言っていたんだぞ?それにオレが競技場を出て三十分程しか経っていなかった。そんなすぐにオレを探しに出るわけがない。それなら何故……

 ふと背後から気配を感じる。殺気は感じないので少なからず敵ではないだろう。


「誰だ!?」


 素早く振り返る。


「……何だ、お前か」


 そこにはルドルフがいた。ルドルフは腕を組んで仁王立ちしながら、にやけ笑いでこちらを見ている。


「ガーーーリル様!私、変化魔法でも一位を取りました!どうですか?次からずっと一位を取らないといけないという重圧を感じるのは!はぁーっはっはっはっ!!」


 あー、むかつくわー。こんな時だから特にむかつくわぁー。ぶん殴ってやろうか?いや、でもそれをしてしまったら男として色々なものを失いそうだからやめておこう。


「そうですね、辛いですね」


 まあ、違う意味でなんだけど。


「な、何かどん底にいるって感じの表情をしてますが……いかがなされたのですか?」

「……別に」


 心配げなルドルフにぶっきらぼうに答える。

 今はティカの事で精一杯だ。コイツに構っている暇なんかない。

 いや待て。ティカがすぐここに来た理由をコイツは知っているかもしれない。逆に何も知らない可能性もあるが取り敢えず訊いておくか。


「それよりティカの周りで何か起こらなかったか?」

「クソ王子の周りで……?」


 オレの親友にクソを付けるなクソを!

 瞬間的な憤りを抑える為、一度咳払いする。


「あぁ、ティカの周りでだ。何でも良いから教えてくれ」

「そうですね……特に何も無かったような……でもあるとしたらヤツのメイドがいつの間にかヤツに付き添っていたぐらいでしょうか」


 腕を組み、右のこめかみに右の人差し指を立て、ぶつぶつ呟きながら考えた後にそう言うルドルフ。

 エリザがいつの間にか?もしかしてそれに関係しているのか?もしそうならエリザは一体何をした?


「あっ、そう言えばメイドがクソ王子に何かを耳打ちしていましたね。その直後クソ王子の表情が変わったような……」


 つまりエリザが何かを言ってティカがオレの下へ来たと……そうとしか思えないな。だがこれはルドルフ個人が見た事と推測した事。それだけで信用するのはどうなのだろうか。

 そう思っていると、空から何かが落ちて来た。


「ルディさん、見付けました!次の競技が始まりますよ!」


 その落ちて来たものはナルルだった。彼女は慌てた様子でルドルフの右手を掴むと大きな羽を広げて、再び飛び上がろうとする。

 取り敢えずナルルにも訊いてみよう。

 ナルルの左の羽を掴む。


「ひゃんっ!?」


 何故かナルルは驚いて可愛い悲鳴を上げた。


「お兄ちゃんのエッチ!」


 そして何故か頬を朱に染めながらオレを責めると……わけが分からん。


「そんな事はどうでも良い。それよりティカの周りに何か起こらなかったか?」

「王子様の周りに?」

「そうだ。例えばメイドがいつの間にかいただとか、そのメイドがティカに何かを耳打ちしてティカの顔色が変わったとかだ」

「あー、それあったよ。他のみんなは気付いていなかったけど、確かにそんなのあった」


 なるほど、ルドルフの言っていた事は正しかったか。て事はこの惨状が生まれた原因はエリザで間違いない。でも何故エリザはオレとティカが不仲にーーいや、ティカが傷付くような事をしたのだろうか?


「ルディさん!さっさと戻りますよ!」

「そうだな、そうしよう!」


 そう言って二人は飛行魔法でこの場を去って行った。


「さて、どうしたものか……」


 もし惨状の原因がエリザなら、その真意を確かめたい。でも彼女がそれをまともに答えてくれるとは思えない。

 となるとーー


「……見張るか」














 ティカは順番が来るのを椅子に座って静かに待っていた。

 左隣にはエリザの姿がある。彼女は無表情で現在の競技者を見ている。


「ガリル……」


 ふと親友の名前を呟く。すると胸が強く締め付けられた。


「僕は何て事を言ったんだ……」


 あの別れ際に放った一言はティカにとっては不本意なものだった。無意識に出た言葉だった。

 きっとガリルは深く傷付いただろう。彼にそんな思いをさせた自分が憎くて仕方がない。死にたいとさえ思えてくるぐらいだ。でもそれをしたらガリルは更に傷付く。そう思うとどうしても死ねない。


「初めての友達だったのに……」


 ティカには今まで本当の友達と呼べる人は一人もいなかった。いるとしたら全員がティカの名声狙いで近付く者やお金目当ての者だった。だからガリルと本当の友達になれてとても嬉しかった。それなのに自分は彼を傷付けてしまった。絶交にも似た発言をしてしまった。そんな自分が情けなくて仕方がない。


「うぅっ……」


 下の瞼に涙が溜まり始める。


「ティカ様、如何されましたか?」


 エリザが心配げに訊ねる。


「何でもない」


 そう答えて右手の袖で涙を拭う。


「それよりありがとう。エリザが教えてくれなかったらもっと酷い事になっていたよ」

「礼には及びません。それがティカ様の身を守るわたくしの役目なので」

「……そうか」


 実のところ、ティカがガリルが人殺しをしたのを知る事が出来たのはエリザのおかげだ。彼女が教えてくれなかったらきっとティカは何も知らずにこれからもガリルと接する事になっていた。それを考えるとゾッとする。だからエリザには感謝だ。


「そう言えばお前はどこであの情報を手に入れたんだ?」

「実際に見たからでございます」

「……そうだったか」


『次はティカ君の番です!!ティカ君は速やかに競技場へ来て下さい!!』


 司会が告げる。

 それを聞いて立ち上がるティカ。そしてそのまま彼女は競技場へ向かうのであった。


そのティカが去った後ーー


「ティカとガリルを離す作戦は成功。後は任せたわよ」


 エリザはいつの間にか左隣に来ていた生徒風の男性に言う。


「ごくろう」


 そう言うと男性は一瞬で姿を消した。


 ーーこれでやっと……


 エリザは不気味に口角を上げるのであった。

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魔王様曰く「勇者を目指す!」との事です。 スーザン @Su-zan

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