第19話 サポーターの利点

 オレ達は放課後になるや、すぐに競技場へと来ていた。


「それにしても、さすが祭り前ってところだな」


 思いの外人が多い。大体競技場の中に三十人ぐらいは居るだろうか。その人達は全員何かしら魔法を発動させている。なので祭りの出場者とか、オレ同様指導者的な人達なのだと思われる。


「そんな事はどうでも良い」


 そう言ってティカは競技場の隅へと移動する。オレもその後に続き、ティカが準備運動として屈伸を始めたので、同じ動きをする事に。


 そう言えば、どうしてティカは男の格好をしているんだ?何か訳ありって感じだけど……気になる。でも果たしてこれは訊いても良い事なのだろうか……きっとダメなんだろうなあ……


「ん、どうした?」


 ジッと見つめてくるオレを怪しく思ったらしい。ティカは怪訝そうな顔で訊ねる。


「あっ、いや、別に」


 外面はあくまで平静を装いつつ、慌ててはぐらかす。

 って、何で訊かないんだよ!

 そうは思うもやはり個人に深入りするのは良くないので、訊くのは止めておく事にする。


「それで、何から始める?」


 確か競技種目は全部で五つあるらしい。三つは既に分かっているとして、他は召喚魔法と射的があるわけなのだが、はてさて何から手を付ければ良いのやら。それが分からないから訊ねてみたのだが、ティカは何を先にやるのだろうか?


「そうだな……その前に一つ説明しておかなければならない事がある」


 そう言ってティカはピンと右手の人差し指を立てる。


「説明?何の?」

「セルティナス祭のルールだ。セルティナス祭に出る選手にはサポーターを一人付けられるんだ」

「サポーター?」


 もしかして、球技で言う球拾い的な事をするのだろうか?もしそうなら可哀想極まりないな。


「そう。サポーターの役割は選手の身の回りの世話……例えば怪我の手当てとかマッサージをしたりとか戦略を練る事だ」


 うん、まるでパシリのようだ。可哀想過ぎる。


「パシリみたいで可哀想とか思ったか?」


 ティカのあまりの鋭さにドキッとする。だがそれを悟られないよう無表情で「あぁ」と答えた。


「だが、サポーターにはかなりの利点がある」

「どんな?」


 そのオレの問いを聞いてティカはフフッと笑う。その表情がやけにエロくて不覚にもときめく。


「高評価が付く事だな」

「選手を優勝させればそのサポーターの評価は高くなるというわけか」


 もしそうなら確かに利点は大きい。だがこの場合、不利点も大きくなるのではないだろうか。選手が即行で敗北した場合とか特にそうだ。大顰蹙を買う事になる。

 そんなオレの考えを詠んでか、ティカは「そう」と言って頷いた後にこう付け加える。


「ただし、選手を簡単に負けさせたらそのサポーターは酷い目に遭うかもしれないな」


 ですよねー。


 そんなオレの心の呟きが聞こえたのか、ティカはオレの右肩に左手を置いて安心しろと言うかの如く笑みを浮かべる。そしてーー


「だが利点は一つだけじゃない」


 と言う。


「じゃあ他の利点は何なんだよ?」

「それは……」


 ゴクリ。


「選手を優勝させる事が出来た際、何でも一つだけ願い事を叶える事が出来るんだ!」

「……何でも?」

「あぁ、何でも」

「この国を壊滅させたいって願いも?」

「か、可能、だ」


 オレなら願いかねないと思ったのだろう。顔をひきつらせながら答えるティカ。だが平穏な日常を望むオレがこの国を壊滅させるわけがないので、そこは訂正させてもらうとしよう。


「そうか、そして安心しろ。オレがその願いを言う事は絶対にないーーおごっ」


 ティカにバシッと背中を叩かれる。かなり強めに叩かれたので、一瞬だけ息が止まった。


「……馬鹿、もう知らない」


 拗ねた表情でそう言うものの、ティカはすぐにクスリと笑った。

 表情がコロコロ変わり過ぎだろ。女とは分からないものだな。でもそこが女という生き物の愛嬌というものか。

 そう思いながらオレは苦笑う。


「因みに、願い事を言えるのは選手を優勝させたサポーターだけだ」

「選手はどうなるんだよ?」

「ただ栄誉を得るだけ」

「ドンマイとしか言いようがないな」


 最も頑張ったのは選手になるはずなのに、それが報われないというのは可哀想過ぎる。


「でも人によってはそれで十分だったりするから一概に可哀想とは言えない。そしてその一人が俺だ」


 ティカとしては王族としての誇りを守れるのなら、それだけで満足というところなんだろうなぁ……


 そう思った後、オレは「そっか」とだけ返す。


「さて、準備も出来た事だし、早速特訓を始めるか!」


 パシン!と両手で頬を叩いた後にそう言うと、ティカは握手を求めるようにこちらに右手を差し出した。


「おうよ!」


 その手を掴んで固い握手を交わす。

 そしてオレ達は祭りへ向けて特訓を開始するのであった。知らないところで不穏な取引が成されているとも知らずにーー












 それからオレとティカは一生懸命特訓に励んだ。時には喧嘩し、時には友情を深め、時にはラッキースケベにオレだけ嬉々とし、それはもう充実していたと思う。だが気がかりな事があった。それはルドルフが一度もオレの前に姿を現さなかった事だ。授業にも出て来ていない。一体どうしたのだろうかーー












 そして時は来た。

 ついに祭りが始まる。











 第一の競技開始前、身を清めたいとティカが言ったので、オレ達は更衣室へと来ていた。だがティカは女なので当然一緒にシャワールームへ入れるわけもなく、オレはそのシャワールームの入口前で待機中。


「なあ、ティカ」

「どうした?」

「この際だから訊いておくが、お前、どうして男の格好をしているんだ?」


 女性なら女性らしい格好をした方が良い。それは誰でも思う事で、ティカの本当の性別を知っている人なら誰だって同じ疑問を持つ。だから代表して、というわけではないが訊いてみたのだが、果たして彼女は何と答えるのだろうか。


「気になるか?」


 ティカは声を普段より低くして訊ねる。

 察するに、とても深刻な問題があるようだ。


「もちろんだ」


 気になるのは気になるので即答する。


「……そうか」


 やはり低い声のティカ。今、彼女がどんな顔をしているのかは分からない。けれど何となく悲しい顔をしているような気がする。その悲しげな表情が脳裏に映り、心臓が締め付けられる。


「ごめん、やっぱり今の無しで頼む」

「いや、気にしないでくれ。それにいつかは話さないといけない事だ。だから……」


 ティカがそこまで言ったところで、シャワーを止める際に起こる摩擦音が鳴る。そのすぐ後、足音がこちらに近付いて来る音が聞こえたかと思ったらシャワールームの扉が開いた。そしてティカは後ろからオレに抱き付くとこう続ける。


「だから祭りが終わったら全て教える。俺が男装をしている理由も、俺の気持ちもだ」

「気持ちも……?」

「そう気持ちもだ」

「どんな気持ちだよ?」

「今は教えない。でも聞いて欲しい。だから約束してくれ。祭りが終わったら俺の話を聞くって……」


 何を言うのかは分からないが……でもーー


「ーーあぁ、約束する」

「……うん」


 やっとティカの声が通常のものに変わった。これで一安心だーーと言いたいところだが、これから修羅場が起こるはずなので、安心する事が出来ない。

 何故か?

 それはティカが全裸でオレに抱き付いているからだ。


「あー、取り敢えず服を来てくれないか?でないとオレはお前のメイドに殺さヒィッ!?」


 案の定、一瞬で目の前に現れたエリザに、喉元にダガーの先端を突き付けられた。


「……あっ」


 ここでやっとティカは自分の今の格好に気付く。そして当然の如く甲高い悲鳴を上げるのであった。

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