第17話 秘密

「ぐぬぬぬぬ……」


 未だ地面で横になり、もんのすごくオレを睨むティカ。今にも食ってかかりそうだ。もしかしたら戦闘の第二ラウンドが開始されるかもしれない。


 あー、面倒くさくなりそうだなぁー……と思っているとティカが立ち上がった。

 そしてーー


「ちっくしょーーー!!」


 と叫び、涙を流しながら去って行った。


 た、助かった……


 ホッと胸を撫で下ろす。











 三つの試合を終え、オレは更衣室へと向かっていた。


「さすがガリル様!試合に負けて勝負に勝つとはまさしくこの事ですね!」


 コイツは唐突に何を言っているのだろうか?いや、まあ、最終的にオレが喝采を浴びたのだから、オレの勝ちだとか言いたいのだろうけど。

 その気持ちは分からなくない。正直オレもそう思っている。でもその気持ちを口にしたら、オレの不出場の餌食になってくれたティカに失礼というものだろう。なのでそれについては何も言わないでおく事にする。


「ところでガリル様」

「何だ?」

「どうして最初の二回はわざと負けたのですか?」


 コイツ、気付いてたのか……いや、気付くのは当然か。


 ルドルフとは小さい頃からの付き合いだ。大体三千年近くの付き合いになる。それだけ一緒にいれば、オレが手加減したのなんて容易に分かるというものだ。というか分からない方がおかしい。


「ただ祭りの選手になるのが面倒臭かったからだ」

「なるほど、ですがそれにしたって納得行きませんね」

「どうして?」

「だって負けたんですよ?あの最強最悪と謳われたガリル様が……納得行くわけがありませんよ」


 かつてオレはそんな通り名を持っていた。そしてそのとおりの存在でもあった。それなのにあっさりとティカにやられたんだ。それはもう納得が行かないというものだろう。もしオレがルドルフだったら意見を申し立てているはずなので、その気持ちは十分に分かる。でもそれはそれ。オレの正体がバレる事と秤に掛けたら誰だってオレが負けた方が得策だと思うはずだ。なのでそれを話しておくとしよう。


「お前の気持ちはよーく分かる。でもな、オレの正体がバレる事と比べたらどう考えても負けた方が良かったんだ」

「確かにそうですが……」


 とは言うが、腕組みして首を傾げながらうーん、と唸るルドルフ。やっぱり納得は行っていないらしい。

 そんなルドルフを置いて更衣室に入る。

 すぐ後にルドルフも入って来る。


「おいこら」


 で、当然の如くオレは彼の頭頂部にチョップを食らわせる。


「痛いです……」

「うるせぇ、早く教室に戻ってろ」


 両手で頭頂部を押さえて涙ぐむルドルフを更衣室から押し出しながら命令し、更衣室の扉を閉める。


「ガリル様のいけずー」


 扉越しにそんな言葉が聞こえたが、それは無視するとして、オレは服を脱ぎながらシャワールームへ向かう。そして一番奥にある個室へ着き、その扉を開けるとーー


「うげっ!?」


 先客が居た。しかもソイツはティカ。しかも重大な事実発覚。ティカの裸体はーー


「お、女……」


 そう、女性のものだったのだ。


「ん……?エリザ、どうしたの?」


 こちらに背を向けて髪を洗いながら訊ねるティカ。どうやらまだオレに気付いていないらしい。これは好都合だ。しかもメイドの姿も見当たらない。なので今なら何事も無かったかのように逃げられるだろう。

 右足を一歩後ろへ。左足を一歩後ろへ。そしてまた右足を後ろに出そうとした所ですぐ背後から物凄い殺気を感じる。

 その殺気の正体は振り返って確認せずとも分かる。エリザという名のメイドだ。


「エリザ……?」


 返事が無い事を怪訝に思ったらしいティカが上半身を捻って振り返った。

 バッチリと目が合う。


「「…………」」


 あー、オレの人生オワタ。


「き……」


 あっ、あれが来る。嫌だなぁー……


 あれとは言わずと知れたあれだ。女性しか出す事の出来ないあの甲高い悲鳴の事のである。


「……キャーーー!!」


 ほらね。


「待て、落ち着くんだ王子様。この事は誰にも話さないし話すつもりもない。そしてなかなかそそられるぞ。不覚にもオッキしそうだ」


 ティカの体はとても女性らしい。胸もそれなりにあるし、お尻も良い感じにプリッとしている。しかも長い濡れたブロンドの髪を見ているとーー


「あっ、ごめん、勃って来た」


 どうしても下半身が反応してしまう。


 次第に巨大化してゆくオレの下半身を見て腰が抜けたのか、ティカは床に尻餅を突いた。


 あー、このまま襲っても……良くない!!背後のメイドに殺されるわ!!


「ひっ!?」


 喉元にナイフの刃先が突き付けられ、思わず小さく悲鳴を上げる。このままだと確実にオレは殺されてしまうだろう。そして再び長い眠りに就く事になるかもしれない。


「て、ティカ!!助けてくれ!!」

「あわわわわわ……」


 助けを求めるが無視された。いや、声が耳に入らないぐらいテンパっていると言った方が正しいだろうか。相変わらずオレの下半身を見ながらガクブルと震えている。


 くっ、それなら!!


 舌の上に魔方陣を生成し、火の玉を作る。そして口をすぼめて思いっきり息を吐くと同時にその火の玉をティカに向けて放つ。


「うぎゃっ!?」


 物凄い速度で放たれた火の玉はティカの眉間に衝突し、彼女を仰け反らせた。その際、ティカの前髪が僅かに焼け、灰色の煙が上がる。


「おい!聞いてるのかアホ女!!」

「……はっ!?」


 目を大きく見開いてバッとこちらを向くティカ。そしてオレの下半身には目もくれずオレを思いっきり睨むとそのまま立ち上がり、個室の扉を目にも止まらぬ勢いで閉めた。


「こ、この変態!死ね!」

「待て、これは単なる事故だ。それよりこのオレを殺そうとしているメイドをどうにかしてくれ」

「うるさい!さっさとくたばれ!!エリザ!ソイツを殺ーー」

「だから待てって言ってるだろバカ姫!」

「バカ姫言うなアホ!!エリザ!さっさとソイツをーー」

「待て!じゃあ取り引きしよう!!」

「取り引き……?」


 感情的になり、怒声を上げていたティカの声色が少しだけ落ち着いたものに変わった。


「そうだ!オレはお前が女である事を誰にも言わない!だからこのメイドを何とかしてくれ!」


 ここでバンッとティカの入っている個室の扉が開き、そこから体にバスタオルを巻いたティカが出て来る。その彼女の顔は先程の真っ青なものとは違い、若干だが赤くなっている。シャワーの熱にやられたのか、はたまた羞恥からなのか、よう分からんが兎に角、顔色が良くなって安堵する。


 こちらにヅケヅケと歩いてくるティカ。そしてオレの目の前で立ち止まると、顔を眼前まで近付けてオレの目をジッと見ながらこう言う。


「それじゃあわりに合わない」

「じゃあどうすりゃ良いんだよ?」


 それを聞いてティカは怪しく口角を上げる。そしてーー


「ならお前の秘密を教えろ。これを知られたら死ぬしかないと思う程重大な秘密をな」


 と言うのであった。

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