第12話 ナルルとミルル

「あー、ダルい……」


 今日は月曜日。週明けでまた5日間学校へ通わねばならないのかと思うと気が重い。ぶっちゃけ帰りたい。


 そんなオレとは対照的にーー


「いやぁー、今日も晴天ですね!」


 何故ルドルフはこうも元気なのだろうか。


「あー、はいはい、そうですね」

「どうしたんですか、元気ないですね?」

「お前が元気過ぎるんだよ!!」

「そうですかねえ?」


 『そうですかねえ?』じゃねえよ!てかお前、二千年前は半端なく朝を嫌っていただろうが!


 昔、オレとルドルフはオレの気まぐれで早朝に散歩をした事があるのだが、その時、ルドルフは『ガリル様ー、もう帰りましょう……私はもう溶けそうです』とか『これから太陽を破壊しようと思います!』とか言っていた。それなのになんだこの変わり様は……もしかして朝から行動する種族【人間】に染められたのか?だから朝が得意になったのか?もしそうなら乳揉むぞ……ごめんなさい、ウソです。複数の女性がいる中で彼女の胸を揉む度胸はありません、魔王だけどありません。


 言い訳するへたれな自分に気付き、失望からため息が出る。


「ん、どうしたんですかガリル様?」

「いや、ただ死にたくなっただけだ」

「変なガリル様ですね」


 変なのはお前だ、色々な意味で。

 そう思いつつ靴箱を開ける。


「……ん?」


 中にラブレターが入っていた。


「またまたどうしたんですか?」

「ラブレターが入っていた」

「またですか……となると、私の靴箱にも今ではお馴染みのラブレターが入ってーーいませんね」


 ルドルフの靴箱には毎朝大量の脅迫メールが入れられる。だが今日に限って何故か入っていない。


「何ででしょうね?」

「オレに訊くな」


 ふと、視界の端に人の気配を感じたのでその場所を見ると、そこには柱の陰に隠れるナルルがいた。

 アイツが犯人か?

 そう思っているとナルルと目が合った。

 数秒見つめ合った後、彼女は涙を流しながら走り去る。

 いったいどうしたんだ?

 そう思いながら自分の靴箱に入っていたラブレターね封を開け、内容を読んでみる。


【ごめんなさい……さようなら……】


 その二言のみが書かれていた。


「そう言えば聞いた?」

「何を?」

「なんか昨日の夜中、五人のウェアウルフが路地裏に倒れているのが見つかったんだって。しかもみんな病院送りらしいよ」

「えー、怖ーい」


 ウェアウルフ……もしかして昨日のヤツらか?もしそうなら何でヤツらがボコにされた?まさか報復か?だとしたら一体誰がやった?五人の男を倒せるヤツなんてなかなかいないぞ。いや、数で圧したという可能性もあるな。でも夜中に見付かったんだぞ?満月の日の夜中に見付かったんだぞ?満月の日は最もウェアウルフが強くなる。そんな日にヤツらを倒せる者なんているのか……?いや、やりようによっては誰でも可能か。例えば、相手を眠らせてボッコボコにするとか………………ん、眠らせる?そんな事が可能な魔族と言えば……夢魔ぐらいだよな?夢魔……つまりサキュバーー


「ーーまさかっ!?」


 思い至ったところで全力疾走を開始する。


※※※※※※


「ああん?もうやらないだあ?」

「すみません……」


 ナルルはぬいぐるみを人質にガリルからルドルフを離れさせようとしている女子に先程、もうこれ以上は協力できない、と告げた。だがーー


「コイツがどうなっても良いのかしら?」


 当然女子がそれを了承するはずがない。

 女子はぬいぐるみの羽と胴体を掴み、思いっきり引きちぎろうとした。しかしその瞬間、女子は倒れて気を失う。

 その女子の顔面を踏み付け、ナルルはクスッと笑った。


「てめぇは調子に乗り過ぎた」


 足を上げてーー


「死ね!!」


 もう一度踏み付ける。


 足を上げてーー


「死ねっ!!」


 踏み付ける。


「あはっ、あははははっ!あーっははははっ!!」


 ナルルは恍惚とした笑みを浮かべ、奇声に近い甲高い笑い声を上げる。


「てめぇはわたしの大事なぬいぐるみに一生消えない裂き傷を付けた。ならてめぇの顔にも一生消えない傷を付けるべきだよなぁ?」


 そう言うとナルルは右手の鋭利な爪を長く伸ばしてニタリと笑った。そしてーー


「一生恥ずかしい顔で過ごしなさーー」

「待て!!」


 後少しで女子の顔がめちゃくちゃになるというところで、誰かがナルルの至福の一時を邪魔する。


「……誰?」


 声の聞こえた方を見ると、そこには全力で走ったのか苦しそうな表情をして、肩で息をしているガリルが立っていた。









「はあ…はあ……」


 な、何とか間に合った……


「なんだ、ガリルさんか……何用ですか?」

「『何用ですか?』じゃねえよ!お前いったい何してるんだよ!!」

「何って、この女の顔に一生消えない傷を刻もうとしていたに決まっているじゃないですか」


 マジかよ……てか何なんだあのナルルは……いつもと様子が違う。これじゃあまるで別の人格だ。こんなのナルルじゃない。


 そんなオレの動揺を察したのか、ナルルは不気味な笑みを浮かべる。そして一瞬で姿を消し、オレの背後に現れた。





 ーーナルルの心の中ーー


 ナルルは自分がガリルを襲っている様を苦悶の表情を浮かべながら見ている事しか出来ないでいた。


『彼のせいでこうなったのよ』

「違う!!」

『彼がこの学園に来たからわたしは傷付いた。だから殺してやる』

「止めて!お兄ちゃんには何もしないで!!」

『でも事実じゃない』

「違う!!」

『…………ごちゃごちゃうるさいわね、大人しくしなさい』


 もう一人のナルルの人格【ミルル】がそう言うと、ナルルの上から鳥かごが降りて来て、ナルルを檻に閉じ込めた。


『お前が彼女を傷付けてしまった原因がオレなのは分かっている。だからお前には悪いと思っているよ』


 ガリルはナルルに攻撃するのに抵抗があるのか、反撃する素振りを見せずに、ただ彼女の攻撃を辛うじて避け続けている。


『ならガリルさんがこれからどうなるか、分かりますよね?』

『殺される……か?』

『ご名答』


 ミルルの返答を聞いてガリルは嘆かわしげにため息を吐く。


『ナルル、オレはお前の事をよく知らない。だが一つだけ知っている事がある。それはお前が優しいヤツだってことだ。それなのに何故そこの女を傷付けた?そして何故オレに攻撃する?』

『あの女もガリルさんも……憎いからよ!!』


 違う!私は誰も憎いとは思っていない!!


『だから殺すの。あの女も!ガリルさんも!!』


 止めて!わたしは誰も殺したくない!殺したくないの!!


『そうか……ならお前は誰だ?本当のナルルならこんな事はしない』

『わたしはわたし、ナルルですよ』


 違う!!


『いいや、違うな』

「『へっ……?』」


 ガリルはフッと笑い、ビシッとミルルを指差す。そしてはっきりとこう言う。


『お前はナルルじゃない』

『何故……そう言えるんですか?』


 ミルルはガリルの確信に満ちた表情を怪訝に思いつつも、その動揺をガリルに悟られないよう無表情を装い訊ねる。


『そうだな、最初はちょっとした違和感だったーー」


 ガリルは指を下ろす。

 そして続ける。


「ーー昨日、ナルルがアイスを落とした事を覚えているか?』

『ええ、覚えていますよ』

『その後オレが自分のアイスをお前に渡したよな?』

『そうですね』

『その時オレの手とお前の手が触れ合った事は?』

『覚えています』

『そうか……その手が触れ合った瞬間、オレは違和感を覚えたんだ』

『違和感?』

『そう、オレはちょっと特殊な人間でな、他人の魔力を見る事が出来るんだ。今は事情があって見れる時と見れない時があるが、お前と手が触れたあの時たまたまお前の魔力が見えた。その時、ナルルの魔力の中に僅かばかりの邪念が混ざっている事に気付いたんだ』

『っ!?』


 ここで初めてミルルの表情が強張る。


『どうした?図星か?』

『……っ』


 ミルルはこれ以上悟られない為なのかそっぽを向いた。


『ーーまあいい、話を続ける。それからオレは考えた。あの邪念の正体は何だったのか?と……まあ、答えは簡単だったな。あの邪念は高ランクの魔族特有の禍々しいものだ。だがナルルは一般魔族のサキュバスだからそんなものを持っているはずがない。なら何故ナルルの魔力にあの邪念が混ざっていたのか?その答えはずばり他の魔族に憑りつかれているから……』


 えっ……じゃあわたしは本当は多重人格者じゃないってこと……?


『どうだ、正解か?』

『そんなのただの思い込みですよ』

『ああ、そうかもな。だがお前がナルルじゃない事はついさっき確信した』

『なんでですか?』

『お前、オレの事を『お兄ちゃん』って呼ばないのか?』


 ミルルは黙り込んだ。理由はガリルの言っている事が的確だったからだ。


『……ははっ、あははははっ!!そうです!わたしはナルルじゃありません!』

『なら誰だ?』

『今はミルルと名乗っておきます』


 そう言うとミルルは再びガリルに襲いかかった。


『なんの為にナルルの身体を乗っ取っている?』

『秘密です!』

『そうか………なら消えてもらう!!』


 刹那、ガリルは一気にミルルとの距離を詰めた。


『なっ!?』


 そしてミルルの右手を掴むと一本背負いをくらわせ、ミルルに馬乗りになる。


『ナルル!聞こえているんだろ!?そこから出て来い!!お前なら出来るはずだ!!』

「お兄ちゃん……っ!!」


 鉄格子に手を掛け、ナルルは無理矢理鉄をねじ曲げて自分の通れる隙間を開けようとした。だがここで彼女の目の前にミルルが現れる。


「無駄だ!お前は既にわたしの手に落ちた。もうお前の人格は表に出られない!」


『ナルル!お前にはオレが昨日あげた魔避けのネックレスがある!強く念じろ!そしたら絶対に戻って来れる!念じろ!念じるんだ!!』


 そうだ、わたしにはお兄ちゃんから貰ったネックレスがある。そして……お兄ちゃんがいる!!


 ナルルは目を閉じた。


「止めろ!」

「ミルル、ごめんね」


 そう言ってクスリと笑うナルル。


「止めろ!!」

「わたし、あなたの事が好きだったよ。そして……さようなら」

「止めろおおお!!」


 ナルルを閉じ込めていた世界が灼熱の炎に包まれ、程なくして鳥かごの鉄格子が灼熱で溶け、ナルルを捕えるものは無くなった。その瞬間、彼女の視界は真っ白になる。それから五秒ほどして視界が回復すると目を開ける。そして愕然とする。目の前に自分を押し倒しているガリルがいたからだ。


「お兄ちゃん……」

「どうやら戻って来たようだな」


 ニコッと笑うガリル。


「……お兄ちゃん!!」


 ナルルは自分が消えるかもしれないという恐怖と、ガリルが自分に殺されるんじゃないかという不安から解放されたことに感極まり、涙を流しながらガリルに抱き付いた。


「ありがとうございます!」

「ナルル……いや、礼を言うのはこちらの方だ」

「えっ……」

「あー、なんだ?無神経に思われるかもしれないけど、こんなにワクワクドキドキしたのは久しぶりだったんだ。だから、ありがとう」


 そう言ってガリルはニカッと笑う。


「……お兄ちゃんはバカですね」

「ああ、そうかもしれない」


 それを聞いてナルルもクスリと笑った。


「………バカ!」


 その後、ルドルフが駆けつけ、ナルルを困らせていた女子の怪我を治し、ついでに女子が持っている、先程ナルルに傷付けられた記憶とナルルにちょっかいを出していた記憶も消して全ては白紙となった。






 ーー翌朝ーー


「あー……何で朝から学校に行かないといけないんだろうな……いっそこの世から学校が消えれば良いのに……」

「ガリル様は朝に弱いですからね。でも大丈夫です!明日からはキスで起こしますから!」

「はあ!?何でそうなるんだよ!!」

「お姫様は王子様のキスで永い眠りから目覚める……つまりそういう事です!」

「どういう事だよ!?全くもって意味が分からんぞ!!」


 ガリルとルドルフは傍から見ればまるで夫婦漫才であるかのようなやり取りをしていた。そこへーー


「お兄ちゃん!おはようございます!」


 ナルルが笑顔で現れ、ガリルに挨拶する。


「おう、おはようナルル!」

「はい!ところでお兄ちゃん……」

「どうした?」

「あの……わたしあの後、色々考えて決めたんです……」


 赤面し、モジモジしながらガリルに上目遣いを向けるナルル。


「な、何をだ……?」


 ナルルの仕草に萌え、その頭を撫でたくなるガリル。その両手はワシャワシャと動いている。だが次の瞬間、動きを止めた。何故か?それはーー


「んぐっ!?」


 ナルルが精一杯背伸びをして、ガリルにキスをしたからだ。


(脳が蕩ける……体内を電撃が走っているかのようだ……心臓の鼓動がうるさい……おっぱい触っても良いかな?)


 そんな感想をガリルが内心で呟いた後、ナルルは唇を離す。


(あっ……)


 切なくなるガリル。そんなガリルの気持ちを読み取ったらしいナルルは言う。


「お兄ちゃんと結婚するって決めました!」


 ナルルは頬を赤らめながら照れ臭そうにペロッと舌を出すと、パタパタと靴を鳴らしながら校舎へと逃げるように去って行った。

 その直後、ルドルフの『何ですとおおおおおおおお!!?』と絶叫する声が響き渡ったのは言うまでもない。


『えへへっ、お兄ちゃんとキスしちゃった!』





 一方、同時刻、理事長室ーー


「えっ!!?」


 アルフレッドはリリーの一言に驚愕していた。


「理事長……もしかして忘れていたんですか?」

「い、いや、そ、そそ、そんな事は無いですよ!はい!」


(絶対に忘れてたな)


 そう確信し、リリーはアルフレッドにジト目を向ける。


「さ、さぁーって、今年は凄い事になるぞー!盛大に、優雅に、そして楽しくするとしましょう!あははははっ!」


 その二人のやり取りを理事長室の扉の前で密かに聞いていた者がいた。


「…………」


 その者は不気味に口角を上げる。

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