第10話 デート
本日、日曜日。オレは何となく街をぶらついていた。
あれからあのサキュバス【ナルル・アンティペイン(名前はルドルフから聞いた)】からの猛攻撃は続いた。
ルドルフに対する脅迫レターは勿論の事、靴の中に画びょうや足掛けでの転ばし、果ては大規模な落とし穴などもあり、そのたびにルドルフは激怒し、オレが宥めるというやり取りを何度も繰り返していた。それ故にルドルフは我慢の限界を迎えている。近いうち本当にナルルを殺すかもしれない。となるとだ、オレが何とかしないといけない。しかしやり方が分からん。
とっ捕まえて脅すか?
オレは魔王だ。人を脅す事ぐらい容易に出来る。出来るけどそれをしてしまったらきっとオレは沢山の人に嫌われるだろう。それだけはマジで勘弁願いたい。なので脅迫は却下。ならどうすべきか……
頭を抱えて悶えたい気分になっているとーー
「止めてください!!」
路地裏から女性の悲鳴が聞こえた。
いったい何だ?
怪訝に思いながらその悲鳴の聞こえたであろう場所を見ると、ちっこい少女が5人の筋肉質の男性に絡まれていた。
「良いじゃんかよー、一発させろよー」
「クケケ、オレ達はロリが好きなんだぜ」
「美味そうだ」
男たちはいやらしい笑みを浮かべ、少女に詰め寄る。
ふと少女の顔が見えたーーって、アイツ問題児のナルルじゃねえか!!
「グヘヘヘヘ!」
ナルルは自分の右腕を掴む男の手を振り解こうとした。しかしナルルの未熟な体型でその手を払う事は出来るはずがない。それを分かっている男はナルルを掴む手に力を入れ、痛みで恐怖を煽ろうとする。
「ヒッ!」
ナルルは小さな悲鳴を上げた。
どうするか……ナルルには結構な迷惑を掛けさせられている。この場合は非情な魔王として無視するのが得策だ。しかしそれをしてしまったら寝覚めが悪くなりそうで困る。となると……
「おい!そこまでにしろ!」
あー、関わっちゃったよ。面倒くせえなあ……てかオレは魔王なんだからスルーで良いじゃねえか。それなのに何しちゃってんの?
「んだゴルァ!?」
「いっちまうべ?」
「お前、いいケツしてるな」
最後の何!?
「俺らを誰だと思っているんだ?」
男の1人が『ああん?』と睨みを利かせながらオレのおでこに自分のおでこを当てる。
「泣く子も黙る”ウェアウルフズ”だぞ?」
ウェアウルフか……確か月の満ち欠けで力が変わるとかなんとか。
空を見る。
月は出ていなかった。
「てい!」
取り敢えず顔面に右ストレートをくらわせてみる。
「キャイイン!?」
男はハウンドっぽい悲鳴を上げた。
やはりと言うべきか、月が出ていないから男はかなり弱い。
「ボス!?」
「大丈夫でっか!?」
仲間が慌てて男に駆け寄る。
「ああ、この俺があれぐらいの打撃でやられると思っているのか?」
「ボス……」
「あなたって人は……」
とは言うが男の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
コイツら確実に雑魚だな。
殴られた男は鼻っ面を右手で押さえてすっくと立ち上がった。そして踵を返して逃げるように速足で去る。その男を他のヤツらが走って追いかける。最後に遠吠えで「覚えてろ!」と聞こえたが、それは無視するとしよう。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい」
「結構強めに腕掴まれただろ?痣とか出来てないか?」
そう訊ねながらナルルの右腕を確認する。
透き通り、うっすらと血管が見える程の真っ白な肌、その肌にはシミ一つ無い。そのあまりのキレイさに見惚れてしまう。しかしいつまでもそうするわけにはいかないのでコホンと咳払い。
「だ、大丈夫みたいだな!」
「はい!」
ナルルは目を細めそうになる程の眩しい笑みを浮かべた。
「これは野暮かもしれんがいったい何があったんだ?」
「よくあるナンパですよ」
「男漁りをしていたわけじゃなくて?」
「男漁り……?」
ヤバッ、胸糞悪い思いをさせてしまうからこれは言わない方が良かったかもしれない。実際ナルルは困ったように眉尻を下げている。
「もしかして誰かから聞いたんですか?わたしが結婚相手を必死に探しているって……」
「……ああ」
自分からナルルの事情を突くような事を言ったんだ。これで聞いていないと言っても、すぐに嘘だとバレるだろう。だからここは正直に答える。
「そうですか……」
苦笑するナルルの瞳はどことなく哀しみを帯びているような気がする。
「ガリルさんは何をしてるんですか?」
感情を切り替えたのかナルルは満面の笑みを浮かべながら訊ねる。
「オレは何となくだ」
「『オレは風……風あるところオレ現る』みたいな感じですか!?」
何か格好良い解釈をしたなあ!!
「凄い……実際にそういう人いるんですね!」
「いや、オレ一言もそんな事言ってないから」
「そうですか……」
何を期待していたのか分からないが、ナルルは残念そうにシュンとした。
「そうだ!わたしとデートしませんか!?」
「デート?」
「はい!デートです!」
デートかあ……まあ、可愛い娘とデートをするのは男冥利に尽きるが、こんなロリとデートをするとかどんな変態だよ。
いや、オレは魔王だ。魔王とはどんな女でも侍らす。例えそれがロリだとしてもだ。なのでこれは変態でも犯罪でもない。普通だ。それにルドルフの正妻も結構なロリ体型だったしな!普通だ普通。てかオレ、普通を強調し過ぎだろ、魔王らしくない。でもまあ、せっかくの誘いだ。デートしてやるとしよう。
「分かった」
「本当ですか!?」
「ああ」
「本当の本当ですか!?」
ナルルは興奮気味に鼻息を荒くしながら訊ねる。
「何度も言わせるな」
「……やったぁーー!!ガリルさんとデートだぁ!!」
両手を上げて万歳するナルル、可愛い。凍結させて保存したいぐらいだ。
って!オレは何で萌えてるんだよ!!
「で、どこに行くんだ?」
「適当です!」
適当って……でもデートに付き合うって言ったんだ。帰るわけにはいかない。
「分かった」
「やったぁー!」
ナルルは再び万歳するのであった。
それから、まずはナルルの洋服を買う事にした。
「このワンピース可愛い!」
ナルルはゴシックロリータ系の服を目を輝かせながら見ている。格好と体型を見るに、ナルルはゴスロリ系だ。
今日の服装は赤と白と黒のコントラストがキュートなものだし、サキュバスイコールそんな印象あるしーーまあ、後者は個人的な印象だけど。でもサキュバスイコールそんな印象だ。そして何を隠そうオレもゴシック系が好きである。
実際、現在のオレの格好もズボンは黒、シャツは白に、黒いコートまで着ている。これをゴシック系と言わずしてなんと言う。
ここでオレは思う。君の方が可愛いよ、と言えばナルルはどんな反応をするのだろうか?と……言ってみるか。
「ナルル、お前の方が可愛いぞ」
「っ!?」
瞬間、ナルルの顔が真っ赤になる。
「ななな、何言っているんですか!わたし、そこまで可愛くないです!」
「そう謙遜するな。実際、かなり可愛いぞ」
それを聞いてナルルはモジモジし始めた。
トイレ……というわけではないよな?
「も、もう結婚するしかない……」
ナルルは何かを呟いた。だが何を言っているのかが聞こえない。でも気にする事ではないだろう。
「で、買うのか?買わないのか?」
「買います!」
そう言うとナルルはウエストポーチを漁り始めた。
そして数秒後、涙目になり言う。
「財布……忘れて来ました……」
ダメだこりゃあ。
ナルルは踵を返すとだらりとしながらとぼとぼと店の出口へ進む。そんな彼女の左肩を左手で掴んで歩みを止めさせる。
「どこ行くんだ?」
「……家に戻って財布を取ってきます。ガリルさんはわたしの事なんか無視して帰って良いですよ」
うわぁー、めっちゃテンション下がっているよ……仕方ない。
ナルルの欲しがっていた服を取ると、そのままよぼよぼの女性店主の所まで持って行く。そしてーー
「これください」
「えっ!?」
ナルルは驚愕の表情を浮かべながらバッと振り返る。
「はーい、銀貨十枚ね」
銀貨十枚か……結構高いな。だがオレはリッチな魔王だからこれぐらい払える。それにこんな可愛い娘にプレゼントをあげれる事程喜ばしいものはないだろうが。
「あいよ」
財布からお金を取り出し店主にそれを渡す。
「ちょっと待ってください!!」
「どうした?」
「わ、わたしなんかの為にお金を払っちゃダメですよ!」
「そう言われても、もう金払ったし」
「じゃあ返品してください!」
「面倒くさいからダメだ。てか試着室に入れ、お前が着ているのを見てみたい」
ナルルを無理矢理試着室に入れて先程買った衣装を手渡す。
「でもーー」
「良いから着ろ。分かったな?」
「……はい」
ふうー、魔王のクセに良い事をしてしまった。ナルルが試着室の中でぶつくさ言っているがそれは無視するか。
「ど、どうですか……?」
試着室から出て来たナルルに笑顔で右手の親指を立てる。
何と言えば良いか、今のナルルはまるでお姫様みたいに可愛い。不覚にも結婚したいと思ってしまうぐらいだ。だが相手はまだ12歳、結婚したらオレはロリコンになる。
いや、魔王だからそれは関係ないか……って、いやいや、関係あるだろ!なんと言うかこう…倫理的に。
「今日はこの格好でデートしようか!」
「はい!!」
我ながらナイスだ、今日のご飯は霜降りステーキにするとしよう。
「でも本当に良いのでしょうか……」
衣料品店から出て、ナルルは唐突に口を開く。
「何が?」
「奢ってもらった事です。ガリルさんに申し訳ないです……」
なるほど、その事か。
「良いんだよ。それにオレ、そういう系の服装好きだし、ナルルみたいな可愛い娘になにかをプレゼントするのも好きだしさ!」
「ガリルさん……」
ナルルは目を潤ませてこちらをジーと見た。そのつぶらな瞳がオレを魅了するようで怖い。しかしその瞳が美し過ぎて目が離せない。これをチャームと言うのだろうか?
もしそうなら恐ろしい技だ。
「お兄ちゃんと呼んでも良いですか!?」
「…………は?」
この娘は何を言っているのだろうか?オレをお兄ちゃんと呼ぶだって?いや、無理だろ。第一、血とか繋がっていないし……待て、これは聞き違いだ。きっとそうに違いない。
よし、聞きなおすとしよう。
「今、なんて言った?」
「お兄ちゃんと呼んでも良いですか!?と言いました!」
「…………」
どうやら聞き違いではなかったようだ。
「一応訊くが、何故お兄ちゃんなんだ?」
別にガリルさんでも良いと思うのだが……
「わたしには兄がいるんです。でもその兄はもうわたしの手の届かない所に行ってしまって……」
そうか、死んでしまったのか。だからオレを兄に見立てようとしていると。
「嗚呼、お兄様……何故わたしを置いて結婚してしまったのですか……」
「死んでないんかい!!」
ナルルを哀れんだ自分が恥ずかしい!!
「えっ?そんな事一度も言ってませんよ?」
ナルルは『はて?』と言うかのように首を傾げる。
「確かにそうだけど言い方を選べよ!!」
「…………てへっ!」
ナルルは『やっちゃった!』と言うかのように舌を出して自分の頭を小突いた。
可愛い……何故だろう、かなり可愛い。これもチャームなのだろうか?もしそうなら末恐ろしい。本当に恐ろしい。そして結婚したい。
もしナルルのような娘と結婚出来たらオレは死んでも良い、と思うオレはやっぱりロリコンなのだろうか?いや、そんな事は無いと思う。オレは普通だ。
自分に言い聞かせながら一度、コホンと咳払いをする。
オレは普通オレは普通オレは普通……よし!!
「今度はどこ行く?」
「じゃあ……っ!?」
何かに気付いたらしいナルルは、とある店の方に駆けてゆく。そして何かに魅了されたように目を輝かせながらショーケースを額をくっ付けた。
いったいどうしたのだろうか?
そう思いながらナルルの視線の先を見ると、そこには大きな宝石の付いた指輪があった。
もしかしてナルルはこれが欲しいのだろうか?もしそうなら買ってやるとしよう、と思ったが値段を見てこりゃビックリ。
「はあっ!?10万ゴールド!?」
この額、豪邸が買えるぞ!?だ、だがここは男として買うべきだよな?でもはたしてこんな歳派も行かぬ少女にこんな高級品を買っても良いのだろうか?将来、金にがめついダメな大人になったりしないか?もしそうなったら責任取れないぞ?となるとーー
ナルルが見ているネックレスの隣に置かれたお手頃価格のネックレスを指差す。
「ナルル、これはどうだ?」
オレが指したのは同じネックレスタイプの商品だ。胸のラインに紫色のストーンがちりばめられていて見た目の豪華さではナルルが気に入ったネックレスに負けていない。
気に入ってくれると良いのだが……
「可愛いです!」
キラキラと目を輝かせ、興奮気味に鼻息を荒くして答えるナルル。
君の方が可愛いよ、とは言わないで置くか。
「そうか。じゃあ、買ってやるよ」
「えっ!?良いんですか!?」
幸い値段は銀貨五枚と高めではあるが先程のよりは遥かに低い。それにナルルが喜んでくれるのなら買ってやりたい。なのでコクリと頷いて店に入る。
会計を済ませ、店員からネックレスを受け取ってナルルの首に通す。
「可愛いぞ。結婚してくれ」
そう言ってナルルの髪を優しく撫でる。
するとナルルは、まるで茹で蛸のように赤面しながら俯いた。
「あぁ、因みにだが効果は自分に憑りついた魔物を排除する事が出来るらしい」
「魔物ですか……」
呟いてナルルはネックレスを左手で触った。
そしてーー
「ありがとうございます!」
ーーぺこりと頭を下げる。その頭を再び右手で撫でてやるとナルルは幸せそうにエヘヘと笑った。
ナルルはオレの嫁。いや、妹だったか、でも嫁だ。
「じゃあ次行こうか!」
「はい!」
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