年下のサキュバス

第9話 年下のサキュバス

 この学園に編入されてから1週間、学園生活に慣れた今日この頃。オレは未だに向けられる周りの好奇の視線を感じながら登校していた。


「殺しましょう、全員」


 周りの女子を不愉快に思ったらしいルドルフが小声且つ真顔で言う。


「ちょっと待て!それはダメだろ!」


 コイツは何を考えているんだ。こんなところで人を虐殺したら、コイツどころかオレの立場まで危うくなる。それを分かってて言っているのだろうか?

 きっと分かっていないんだろうなあ……

 ガルルル、と呻りながら周りの女子を威嚇するフドルフを見てそう思う。


「しかしガリル様、そうでもしない限りはこの状況は変わりませんよ?それでも良いのですか!?」

「ダメに決まっているだろ」


 この状況がいつまでも続けば、きっとオレは近いうちキレる。


「じゃあ殺しましょう!」

「何故そうなる」

「手っ取り早いからです!」


 ダメだコイツ。


「おい、ルドルフ。ここにいる間は絶対に事件を起こすなよ」

「しかしーー」

「これは命令だ」


 ルドルフが口答えする前に、彼女に睨みを利かせて威圧的なセリフを吐く。


「うっ……」


 ルドルフはシュンとし、長い耳を垂らして肩を落とした。


「はい、分かりました」


 お前は雨に濡れてテンションが下がっている動物か!と突っ込みたいがここは放置するとしよう。相手にするの面倒臭いし。


 「……ん?」


 校舎に到着し、靴箱を開ける。直後どこからか鋭い視線を感じる。だが色んな所から見られている事もあり、視線の主がどこにいるのかが分からない。


 ……まあ、良いか。


「ガリル様……」

「ん、どうした?」


 そう訊きながらルドルフを見ると、彼女は白い封筒を右手に持っていた。


「これは所謂、ラブレターだな」


 オレもこの一週間で100通以上のラブレターをもらったから、そのルドルフが持っているものが何なのか直ぐに分かった。


「私どもの世界ではこんなものをプレゼントする風習は無かったですね」

「ああ、そうだな」


 魔界というか、オレ達がまだ封印されていなかった二千年前は、気に入った異性には直接告白するのが主だった。それなのに人間という生き物は……面倒くせぇな。

 ラブレターを見る度にそう思う。

 ルドルフは封を開けて中から手紙を取り出した。

 どれどれ、いったいどんな恋文が……っ!?

 内容を見て驚いた。


『ガリルさんから離れろ。殺すぞ』


「ぷっ、ククク!か、過激なラブレターだな!」

「笑わないでください!」


 爆笑している時、また鋭い視線を感じる。今度はこちらに向けられる視線が少ないので相手を見つける事が容易に出来た。

 身長百五十センチぐらいのピンク髪ピンク瞳。そしてペッタンコのロリ系少女。それがオレに鋭い視線を向けていた犯人だ。

 その犯人はこちらと目が合うと、走り去って行った。

 もしかしてシャイなのか?もしそうならよくこんな過激な手紙をルドルフに渡せたな。尊敬するぞ。


「あのアマ……斬首してやる!!」

「ちょっ!?」


 両手の爪を三十センチ程伸ばし、牙を剥き出しにし、まるで悪魔のような表情を浮かべて先程の少女を追いかけようとするルドルフの肩を掴んで止める。

 このままだと確実にあの少女は斬首される。

 この学園では事件を起こすなと言ったばかりなのにコイツ、早速キレて事件を起こそうとしやがって……デコピンしてやろうか?いや、周りには沢山の女生徒がいる。そんな中でルドルフに暴力を振るうのは危険だ。止めておこう。


「ルドルフ、命令を忘れたか?」


 ルドルフの掴む手に、肩の骨が折れるか折れないかぐらいの力を籠める。これで更に行こうとするなら問答無用で折らせてもらうとしよう。


「はっ……も、申し訳ありません!」

「分かればよろしい」


 一瞬だけ、久々に誰かの骨を折ってみたいと思ったのだが……残念だ。という事を考えていたのは、コイツには言わないでおこう。

『承知しました、どうぞ私の骨を折ってください!』

 とか返ってきそうだし。


「それよりあの少女は一体誰なんだろうな?」


 奥手でペッタンコだし、顔も整っていて結構可愛かった。あんな萌え少女はなかなか居ないだろう。それ故に彼女の事が気になって仕方がない。


「あの少女が着ていた制服、あれは中等部1年のものですね」

「その少女が何故あんな手紙を書いたんだ?」


 ルドルフは何でも知っている。だからその理由ぐらいは知っているだろう。

 まあ、オレも何となくは分かっているけど。


「私とガリル様の関係に嫉妬しているのでしょう」


 そう言いながらルドルフは紅潮した両頬に両手を添え、くねくねと気持ち悪い動きをし始める。

 これは明らかに喜んでいるな。こう『そっか、周りから見たら私どもの関係は恋人同士なのか……』みたいな感じで。

 そんなルドルフに飽きれを覚える。


「あっ、思い出しました!」

「何をだよ?」

「彼女、問題児のサキュバスですよ!」

「どんな感じで問題児なんだ?」


 授業をさぼるとか万引きするとかだったらまだ可愛いような気がするのだが、いったいどんな感じで問題児なのか、これは気になるところである。


「確かですねえ、種族の習わしで13歳になる前に結婚しないといけないから最近、街中で色んな男を口説いているとかなんとか!」


 あー、確かにそれは問題児だ。


「でもそれも仕方のない事ですよね!」

「どこがだよ」

「だってそうでしょう?サキュバスは12歳頃までは、産まれる前に母親からたくさんもらった生気で生きる事が出来るけど、13歳あたりになったらそのもらった生気が尽きて死ぬんですよ?」

「となると、彼女はそうなる前に生気を補充しないといけない。だから街の男たちを手あたり次第漁っている、と?」

「そうです!」


 なるほど、オレはこれまでに千回以上のお見合いをしてきたが、そのうちのサキュバス三十人のうち、二十九人は幼かった。それについてかなりの疑問を感じたが、そういう事だったのか。胸の閊えが取れたような気がする。


 そりゃあ、必死になるわな。


 ここで朝のHR開始のチャイムが鳴る。


「やっべ!急がないと!!」

「そ、そうですね!」


 オレ達は急いで教室へ向かうのであった。













 学園のとある場所、ここに先程の問題児のサキュバスとちゃらちゃらした女学生が対峙していた。


「お願いします!返してください!」


 問題児のサキュバスことナルル・アンティペインはちゃら女子に大切なものを盗られていた。それはコウモリの人形である。

 この人形は両親の離婚で離れ離れになった父親から貰ったもので、ナルルにとってはとても大事な物だ。


「あーしに口答えするつもり?」


 そう言ってちゃら女子はいやらしく口角を上げ、コウモリのぬいぐるみの胴体と右の羽を掴んで強めに引っ張った。あと少し力を入れると確実に羽は胴体から離れるだろう。


「止めて!!」


 ナルルは咄嗟に女子からぬいぐるみを奪おうと手を伸ばした。

 女子はそれを身軽な動作で右に一歩躱す。そして再び胴体と羽を掴む。


「これは少しばかりお仕置きが必要なようね」


 女子は先程より引っ張る手に力を込めた。すると二センチ程ぬいぐるみに亀裂が入る。


「お願い!止めて!」


 ナルルはほぼ反射的に土下座して頭を下げる。それを見て女子は、恍惚に近い表情を浮かべ、ナルルの頭に足を乗せ、そのままナルルの顔面を地面に押し付ける。


「お願いします、止めてください。だろ?上級生に向かって何だその言葉遣いは?」

「お願いします……止めてください……」


 女子はまた恍惚とした笑みを浮かべると、足をナルルから退かした。そして今度はまるで魔物のような悪どい表情を浮かべる。


「返して欲しかったら早くガリル様からルディーを遠ざけなさい。じゃないと……分かるわよね?」


 女子は間接的に『早くしないとこのぬいぐるみを壊す』と言った。


「はい……分かりました…」


 それを聞いて女子は愉快そうに笑い、去って行った。


「ううっ……」


 あまりの悔しさにナルルの目に涙が浮かぶ。

 ふと、目の前に服装チェックに使用する姿鏡がある事に気付き、自分が笑っている事に気付く。だがこの表情を浮かべているのはナルルではない。


「ミルル……」


 鏡に映っている彼女は、ナルルのもう一つの人格であるミルルだ。


「あんなヤツ、殺しちゃえば良いじゃない」

「ダメだよ……」


 ナルルにとって、あの女子を殺す事は造作もない。だが自分の大事なものが人質に取られているんだ。ぬいぐるみの安全を考えると、そう安易な行動は起こせない。


「ならこのまま言いなりになるの?」

「そうじゃないけど……」

「パッとしないわねえ!まあ、あんたの気持ちは尊重するけど」

「ありがとう……」

「でも限界が来たら私は勝手にさせてもらうわ!そのために私がいるんだもの」

「……うん」


 ナルルが頷くと、ミルルはそのままナルルの心の奥へと戻っていった。


「ミルル……」





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