第8話 勘違い

「というわけでだ。今日からガリル君はここで暮らしてくれ」


 あの後、オレはこの学園に住む事になった。

 因みにここは女子の住む寮だから基本的には男子禁制である。

 だがアルの話によれば、この学園にはオレの他に男子生徒が1人いるし、ソイツも女子寮で生活しているらしいからそんな事は気にしないでも良いとの事。でもここで住むのにはやはり抵抗がある。第一、何でオレが女子と同じところで暮らさないといけないのか?もし間違いが起こったらどうするのか?その責任は一体誰が取るのか?そこんとこちゃんと考えて欲しいところだ。


「拒否すーー」

「賭けの勝者は誰だい?」


 責任を取りたくないのでお断りしようとしたら先手を打たれた。


 オレはこの学園の関係者と敵撃破数で勝負をしていた。それで結局アルが勝った。なのでアルには命令する権利がある。そしてその命令する相手がオレだったわけで、オレはその命令に従うしか無い。


「……分かった、ここで住んでやる。因みにルームメートとかはいるのか?」


 それ次第でオレのこれからの身の振り方を考えないといけないからここは気になるところだ。

 オレの問いにアルはいやらしい笑みを浮かべる。

 そしてそれに答える事無くドアをノック。

 すぐに中から「はーい!」と声が聞こえる。


「そう言えば君が気に入るような可愛い女の子を紹介するって僕が言ったのを覚えているかい?」

「ああ」


 ほんの二~三時間前にそう言っていたから忘れるわけがない。

 部屋のドアが開く。


「どちら様ですかぁ~?」


 シェルが開いたドアから顔を覗かせた。


「……もしかしてコイツが同居人?」

「そして君が気に入るような女の子だ」


 そう言ってアルは悪戯っぽく笑う。

 コイツ、魔力が完全に戻ったら真っ先に殺してやる。それはもう殺してくれと言うぐらいまで追い詰めて。


「ダメかい?」


 そう訊かれても正直困る。でも取り敢えずこう答えるとしよう。


「いや、良い。それよりお前はオレみたいなヤツが娘と寝食を共にする事に違和感はないのか?」

「全然。寧ろ娘にとっては社会勉強になると思っている」

「そう言われてもなあ……」


 普通の人なら親として怒るぞ。こう、娘に手を出すかもしれないとか、貴様のようなヤツに娘は渡さんとか。

 オレは人間ではないがもしオレに子供がいたら確実にそうする。それなのにこの男は……何を考えてるか分からない。


「何の話をしているの?全く状況が読めないんだけど」


 苦笑うオレを睨みながらシェルは訊ねる。

 一緒に暮らすという現状を説明したら確実に怒るだろうなあ……


「今日からシェルとガリル君は同じ部屋になる」

「はあっ!?」


 ほらやっぱり。

 瞬時に表情を怖いものに変えるシェルを見ながらそう思う。

 まあ、気持ちは分からなくもない。オレも急に異性と一緒の部屋で暮らせとか言われたら同じ反応をする。


「お父様!それは本当なのですか!?」

「ああ、本当だ。じゃあ僕はこれからやらないといけない事が山ほどあるから後はよろしく!」


 そう言うとアルはオレ達に背を向け、後ろ手を振り、去って行った。

 あの人、本当に自由人だな。てか逃げるなよ。


「死ね!!」


 当然の如く罵倒するシェル。


「まあ、そう怒るな」


 そう言って部屋に入ろうとしたらオレの大事なあれを思いっきり蹴り上げられた。

 さようなら、オレの将来の子供……そして代わりにシェルを子供にするとしよう。


「良い子良い子ー」


 ニコッと笑い、慈しみを籠めてシェルの頭を撫でると、彼女は顔を真っ赤にして俯き、プルプルと震え始めた。きっと嬉しいのだろう。

 可愛いヤツめ!


「あぺっ!?」


 顔面をグーパンされた。


「な、何すんのよ!!」


 どうやら嬉しくないらしい。そしてあまり痛くない。例えるなら強めの顔面マッサージを受けている時のような気持ち良くて優しい衝撃だった。これで長年悩まされていた偏頭痛も治ってくれただろう。だがここは念のためーー


「ごめん、後十発ぐらい殴ってくれ」


 完全に偏頭痛が治るよう更にマッサージしてもらう事にする。


「はあ!?あんた変態なの!?そうなの!?」

「そうかもしれない。それより早く殴ってくれ」


 一歩踏み出す。


「ば、バカじゃないの!?この変態!」


 と、強気に出るシェルだが、明らかに動揺しており、一歩退いた。

 そこでオレも一歩前進。


「グヘヘヘヘ」

「こ、来ないで!」


 とうとう壁際まで追い詰められるシェル。

 オレは高笑い、右手を差し出す。


「じゃ、よろしくな!相棒」


 こんな事でもしない限りシェルは部屋に入れてはくれないだろう。だから先手を打たせてもらった。その結果がこの成功である。さすが魔王と言うべきか、やる方法が邪道だ。


「よいしょ!」


 二段ベッドの上の方に腰を下ろして横になる。


「ちょっと!勝手にあたちのベッドで寝ないでよ!」

「あっ、すまん。じゃあお休み」


 そう言ってシェルの掛け布団を深く被り、目を瞑る。


「あっ、おやすみ………って、ちがああああう!!」


 シェルに布団をはぎ取られた。


「シェル……お前、こんな話を知ってるか?」

「どんな話をよ……?」

「……魔族に殺される人間の殆どは、二段ベッドの上で寝ている人なんだ」

「ヒッ!」


 シェルは顔を真っ青にしながら小さく悲鳴を上げる。


「続いて殺されるのは幼女」

「そんな……」


 嗚呼、『あたちは幼女じゃない!』って突っ込まれると思ったのに……という事はコイツ、自分が幼女である事を自覚しているんだな。

 シェルを見つめる。

 そしてトドメを刺す。


「最後に殺されるのは、お前みたいにクラスメートに愛されている事に気付かず、勝手に自分は嫌われていると勘違いして、みんなと距離を取っているようなヤツだ」

「えっ……?」

「お前は自分の事で必死になり過ぎだ。もっと周りを見てみろ。そしたら色々と変わるぞ。じゃ、おやすみ」


 喧嘩で言い合いになるのが面倒くさいから、自分の思っている事を告げてさっさと寝る。これほど良い逃げ方はないだろう。

 夢に落ちる寸前、シェルが『そんな……あたちが……?』と混乱気味に呟く声が聞こえたのは気のせいではないだろう。





 ~翌日~


 シェルは昨日、ガリルが言ったとおり周りを見る事に決め、登校していた。そして教室に到着すると、先に登校していたクラスメート達が自分に笑顔で『おはよう!』と挨拶する。


「お、おはよう……」


 今の今まで『自分はみんなに嫌われているから、自分に挨拶をしてくれる人は一人もいない』と思っていた。しかし挨拶をしてくれたクラスメートの眩しい笑みを見て、それは自分の勘違いだったと思い知らされる。


 ーーあたちは今まで何をやっていたの……


 そう思うと、自分の馬鹿さ加減に嫌気が差す。それと同時にみんなと仲良くなれた事を嬉しく思い……


「えへへっ!」


 気付けば笑みがこぼれていた。





「はよーっす」


 教室に入り、適当な挨拶をする。


「ん?」


 嬉しそうな顔をしているシェルが目に入った。どうやら昨日オレが『もっと周りを見てみろ』と言った意味が分かったようだ。

 シェルは明るい顔でこちらに駆け寄って来る。


「どうした?」

「……がとう」

「はあ?」


 がとう?ガトウショコラと言いたいのだろうか?だとしたら惜しいな。実際は【ガトウショコラ】じゃなくて【ガトーショコラ】だ……いや待て。シェルは滑舌が悪いから噛んでしまったのか?もしそうなら可愛いな。

 シェルのあまりの愛くるしさに、気付けばオレはニコニコと笑いながら彼女の頭を撫でていた。


「死ねっ!」


 やはりと言うべきかローファーの先っぽで脛を蹴られた。


「バーカバーカ!」


 オレを罵るシェルだが彼女の顔は、お前は茹蛸かっ!、と突っ込みたくなるほど真っ赤になっている。これは想像でしかないのだが、彼女はオレにお礼を言いたかったのだろう。

 まったく、やっぱり彼女はツンデレだ。












 同時刻、魔王城にて……


「イアン様!やはり魔王であるガリル様を殺すのは無謀です!」


 背中まで伸びた長い金髪をポニーテールにした、長身男性【サディス・サディーア】がイアンを説得する。


「黙れ!僕はどうしても兄さんを殺さないといけないんだ!それと僕の事は『魔王様』と呼べ!あとガリルに【様】はいらない!」

「分かりました。これからはイアン様の事を『魔王様』と呼びます!でも魔王が低身長じゃ人間に甘く見られます!それでも良いのですか!?」

「お前、絶対に僕を侮辱してるだろ」


 イアンは側近を睨み付ける。


「ぷぷっ、低身長の魔王!」

「あのサイズはどう考えても中ボスだろ!」

「いや、中ボスどころかミニボス!」

「うはっ!マジうける!」

「お前らぶん殴るぞ!!」


 小声で笑う魔物達に全力で突っ込みを入れる。


「それよりガリルの処遇はいかがなさいますか?」


 これじゃあ埒があかないと思ったサディスは話を戻す。


「そうだな……襲うにしても準備が必要だ。それには時間が掛かる。だから暫くは放置していても構わん」

「はっ!承知しました!」


 --兄さん、必ず僕はあんたを殺す。そして僕はもう一度あの人に……


 イアンはニヤリと笑うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る