第5話 決闘2

「今だ!!」


 土の上を滑ってから立ち止まり、こちらに両手を翳すシェル。一方、オレは不意討ちを食らったせいで一歩出遅れて右手をシェルの方へ突き出す。


「炎の精霊よ!汝の名において我にちかリャ!」


 あっ、噛んだ。


「ここでスペル封じを使うとか卑怯よ!」


 いや、お前が勝手に噛んだだけだろうが。

 悔しそうに地団駄を踏むシェルを見て、心の中で冷静に突っ込みを入れる。


「仕方ない、無詠唱魔法を使わせてもらうわ!」


 無詠唱魔法とは文字通り詠唱無しで使える魔法の事なのだが、それを使うにはデバイスを要する。人によってはピアスやブレスレッドを使用するが、一般的に使用されるのは指輪だ。そしてそのとおりシェルが元々右手人差し指に着けていた指輪が赤く光り始める。


 因みにだが、オレやルドルフやアルクラスになると、デバイス無しでも無詠唱魔法を使える。しかしその際、通常より大量の魔力を消費してしまうので、デバイス無しで無詠唱魔法を使おうとする者はオレ達以外はあまりいない。


「行くわよ!!」


 シェルが右手人差し指でこちらを指差した直後、彼女の指先からエンピツサイズの小さな光の矢が現れた。そしてそれが物凄い速さでこちらに飛んで来る。


「おっと!」


 右に受け身を取るように横転して回避。

 シェルはチッと大きく舌打つ。

 この様子を見るに、彼女は今ので決まると思っていたようだ。だがオレは魔族だから危機回避能力も高いので、あれを避ける事ぐらい容易い。更に言えば、今ので攻撃を把握したからもう同じ攻撃は通用しない。


「おいシェル!もう終わりか?」


 しまった、嫌われないようにするつもりだったのに、魔族の血が騒いで挑発してしまった……


「うがああああ!!絶対に死なすうう!!」

「待て!この試合のルールは先に死んだ方が負けってものじゃないだろ!」


 先に攻撃を当てた方が負けだったような気がするのだが!?


「うるさいうるさい!あんたは絶対に死なす!!」


 理不尽だ。

 シェルは先程と同じサイズの光の矢を連続で放ち始めた。だがそれを上に跳んだりしゃがんだりして軽々と躱す。そんなオレを見て更にシェルの機嫌が悪くなる。

 なんだろう、この悪循環。


「逃げてないで早く攻撃してきなさいよ!それじゃああたしに勝てないわよ!」


 なるほど、みんなの前では『あたち』って言わないのか……って、違う違う!


「分かった。じゃあ遠慮なく攻撃させてもらうぞ」


 指を弾く。

 すると、シェルの周りに無数の火の玉が現れた。

 驚愕の表情を浮かべつつシェルは足を止める。


 本当は得意の闇魔法を使用したいのだが、それを使うのはだいたいが魔族だから、もしここでそれを使ってしまうと、オレが魔王だとバレるかもしれない。なので敢えて炎系魔法を使わせてもらう。


「シェル、オレの勝ちだ!」


 そこまで言った時、背筋を嫌な戦慄が走った。

 なんだこの嫌な感じは?まるで何かに命を狙われているような……

 直後、真上から今まで勇者から向けられ続けて慣れていた鋭い殺気を感じ、咄嗟に後ろに跳ぶ。すると先程までいた所に雷撃が落ちた。


「クキキキ!上手く避けたな兄さん!」


 声の聞こえた方を見ると、シェルより少し身長が高く、緑の長い前髪で右目を隠したピンク瞳の男児が宙を浮いていた。

 その男児はニヤリと笑い、チャーミングな右の八重歯を見せる。

 どこかで見覚えのあるフォルムとルックス。

 オレとあの男児は面識があるような気がする。

 確かあの男児は……あれ?


「誰だっけ?」

「あんたの弟のイアンだよ!てか僕、今『兄さん』って言ったよねえ!?」

「ああ、そうだった」


 もやもやが解消された事に安堵しながらポンと手を打つ。

 そうだ、アイツはオレの弟で第二王子だったイアンだ。

 イアンはオレとは産まれた腹が違うから外見はあまり似ていない。しかしれっきとした前王の第二の息子である。オレとは王権を何度も争った仲で、喧嘩ばかりしていた。最終的には、いじめ倒して魔王城から追い出してオレが魔王になったのは言うまでもないのだが、そうか、アイツ生きていたのか。


「よっ!元気だったか?」


 取り敢えずフランクに右手を上げて挨拶する。


「『元気だったか?』じゃねえよ!」


 イアンはオレの動作を真似した後、何故か怒り心頭というかのような表情で突っ込みを入れた。

 すげえ、アイツお笑いを知っているな。


「あの後、僕がどれだけ大変な思いをしたか……道に迷ってドラゴンと遭遇して食べられそうになったり、ゴブリンに150年間牢獄に閉じ込められたり、へたれって呼ばれて石を投げられたり……全部あんたのせいだ!!」

「そうか、大変だったな!」

「他人事かっ!!」

「いや、オレには関係ない事だし」


 アイツがどれだけ大変かだったなんてオレには関係ない。オレはオレの人生を送るだけだ。それが魔王というものだろう。

 あっ、オレ今格好良いこと言った。


「で、オレに何の用だ?」

「流すなあっ!!」


 えー、アイツなにキレてんの?意味が分からないんだけど。


「よーく聞け!あんたの時代はもう終わった!これからは僕が魔王になる!今日はその妨げになるあんたを消しにきたんだ!だから兄さん……」


 そこまで言ってイアンは右手を上げた。その直後、8人の黒いフードを被った何者かがリアンの背後に現れる。その何者かは全員が足元に黒い魔法陣を生成し、両手を合わせて呪文を詠唱していた。


「死んでくれよ!!」


 イアンがそう言った直後、フードの者達は一斉に両手を広げ、詠唱を終える。


「さよなら、兄さん」


 イアンは大量のコウモリを散らしながら姿を消した。

 そしてそのすぐ後、ドームの外から複数の女性の悲鳴が聞こえる。

 ふと、辺りを見回すと、観客は誰一人いなかった。どうやらオレとイアンが会話している間に避難したようだ。

 という事はオレが魔王である事は誰にも知られていない、それだけは救いだ。

 それよりーー


「なんだ今の詠唱は……」


 今まで一度も聞いた事の無い言語の呪文を怪訝に思いながら呟く。


「ガリル様、あれは地獄のデススペルです」


 いつの間にかオレの背後でルドルフが膝を突いて頭を下げていた。これは服従のポーズである。


「あれが?」

「はい、久々に聞きますが、先程のは地獄のデススペルで間違いありません」

「となると、さっきの女性の悲鳴は……」

「きっとドラゴンに襲われたのでしょう。ガリル様、如何なさいましょうか?」


 無理矢理この学園に入れられたから正直、こんな所は消えれば良いと思っている。しかしこの学園の生徒達に罪は無いから死なせるわけにはいかない。

 味方を簡単に見殺しにする魔王らしからぬ行動だが、ここはみんなを助けてやるとしよう。それにはまず……


「野暮な事を訊くな。取り敢えず術者を止めるぞ!」

「はっ!」


 オレは黒い矢、ルドルフは淡い黄色の矢を生成する。

 オレのこの矢は闇魔法で出来ているから、これをくらえば大抵の者は一気に生気を吸われて死ぬ。しかしルドルフの矢は高密度の雷で出来ているから、オレの魔法よりたちが悪い。運が良くて体が麻痺、悪くて感電死だ。

 一見、そこまでたち悪くないじゃん、と思われがちだがよくよく考えてみて欲しい。麻痺したら体を動かす事が出来なくなる。もしそうなると、痛めつけながらジワジワと殺される事だって大いにあるだろう。

 どうだ?たちが悪いとは思わないか?


「蹂躙しろ!サンダーマン!!」


 ルドルフがそう言うと、雷の矢がフードの者達に襲いかかった。


「相変わらずネーミングセンスがないな」

「えっ!?サンダーマンって格好良いじゃないですか!」

「いや、普通もっとマシな名前を付けるだろ。例えば【サンダードラゴン】とか」

「うわっ!ガリル様、ネーミングセンスなーい!」

「お前に言われたくないわ!!」


 コイツ後で殴る。

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