復唱の章 第4話 楢柴

種実

「……」

島井

「秋月様、遅くなりました。いや、戸次鑑連との会談が如何にも長くなりまして。しかし、この博多の町における全権を失ったというのに、まあ強気一本やりで。あの御仁の強気もいつまで続くか、如何にも見ものですな。博多は自由な富の町です。我ら、佐嘉の龍造寺山城守様と協力して、誰にとっても開かれた理想の町を作ってごらんにいれましょう。かの、大内左京大夫様の時代のような。なに、我ら博多の衆が助力あれば、この筑前から必ずや豊後人を追い払うことができるでしょう。今日はその意をあらたにいたしました。無論、私だけではなく多くの博多の衆がその考えに至っておりました。もう目を見れば如何にもワカるのです。引き続き、秋月様のために、我ら微細なる者共ですが、全力を尽くすものでございます……秋月様、なにかご懸念ございますか?」

種実

「……」

島井

「秋月様?」

種実

「島井」

島井

「はい!」

種実

「大友義鎮はそなたが所持する茶器の名品を、要求していたとか。私も茶の道の端くれに連なる身として聞いたことがある」

島井

「如何にも、如何にも」

種実

「お前は臼杵兄弟や吉弘鎮信からの要求を断り続けたとか」

島井

「如何にも、如何にも」

種実

「あの戸次鑑連からの要求も?」

島井

「はい、如何にも」

種実

「さすが博多の島井宗室、器が違うな。当然、まだ誰にも渡してはいないな?」

島井

「如何にも、如何にも」

種実

「今日これから、それを私に寄越せ」

島井

「い、如何!?」

種実

「聞こえなかったのか?この私、秋月種実が楢柴を引き受ける、と言っている」

島井

「あ、秋月様。ど、どうぞご勘弁を。あれは私の宝というだけでなく、博多の町の宝……博多の魂なのです」

種実

「拒否は許さん。これよりお前の屋敷へ行き、私の目で見て、それを預かる。この私がな」

島井

「そ、そんな……」

種実

「もしも贋物でも出してみろ。その時、私は貴様を戸次鑑連に売ってやる。高値でな」

島井

「そ、そんな……ひどい……」

種実

「いいか、目下私はあの鬼と戦っている。それこそこの筑前に良き容を取り戻すためにだ。言ってみればお前たち博多の衆のために、身命を投げ打って戦っているのだ。その私が、お前が博多の魂と言う程の価値を有する一品を手にして、一体何の不都合があろうか!それに、博多の町が火にまかれでもすれば、名物も消えてしまう」

島井

「我らの博多を燃やす者、誰であろうと認めることなどできません!」

種実

「だからなんだというのか!お前たちは佐嘉勢を嗾けるつもりのようだが、佐嘉勢と豊後勢の和睦が敗れれば、戦火は必ず博多に及ぶだろう!だからこそ、私が古処山城で大切に保管してやる。安心しろ、お前から筑紫肩衝の写しを購入した時と同じ程度の対価は払ってやる。即納でな」

島井

「そ、そんな……あんまりです……」

種実

「お前も命あっての物種、という言葉を知るがいい。殺されてはそこで終わりだ。何事かを為すためには、生き続けなければならん。例え卑怯者と罵られてもな」

島井

「……」

種実

「返事をまだ聞いていないな」

島井

「承知……仕りましてござい……ます。ですが、町にはまだ戸次鑑連の手勢が残っています。今日で無い方が」

種実

「大丈夫だ。もう戸次鑑連は、この私を戦場の外で害したりはしない」

島井

「……」

種実

「楢柴を受け取ったらすぐに引き上げる……今日はもう疲れた」



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