人事の章 第3話 鑑連

惟教

「本件に関して大殿、そしてあなた様の謀については理解できましたが、その通り事を導けたとして、戸次殿は御不快に思われるでしょうね。まして、あの方は数多くの勝利を大友家にもたらしているのに筑前筑後では裏切り謀反が絶えない。毛利の調略があるとしても、まるできりがない。この事実についてはどうお考えなのでしょう。」

鑑速

「それは他国を軍事のみで支配するという事が如何に非効率的であるか、という議論に行きつくので、実りある話は期待できません。」

惟教

「これは失礼を申しました。確かにおっしゃる通りです。謀反の発生はなにも戸次殿のせいではないし、筑後はともかく筑前豊前は大友家の領国ではないのですから。いや、そもそも大友家と特に所縁のある国ではなかったのに、今やそれを併呑しようとしている。つまり豊後の将を扶植し、その所領としている。その土地の者の好悪に関わらず。機会を狙って謀反が起こるのは必定なのでしょう。これを防ぐには、やはり圧倒的な軍事力で粉砕し粘り強く屈服させ続けるしかない。我ら佐伯がされたように。軍事のみでは叶わなくとも、それはやはり必須。では平定に必要な他の理とはなにか。すなわち畏怖と敬意です。この点において、大殿はご先代に及びません。その理由は主に内紛の勝利者でしかないからです。公方より探題に補任されたとはいえ、先例に沿った物ではなく、これには敬意が不足しています。では敬意を得るには如何にして。競争者と戦い、勝つ。これしかない。毛利は陶を討ち、尼子を滅ぼし今日の隆盛を迎えています。この毛利に打ち勝つ事ができなければ、大友家の領国が安定する事はないでしょう。であるならば、吉岡殿秘中必殺の策は用いられてしかるべきでしょう。和睦をするにしても勝利を得なければならず、勝利無き和睦は降参するということ。すでに毛利との戦いは秋月文種の反乱から数えれば十年に及び、これは大乱と言ってよい。これに降参するような事があれば、大殿及び老中はみな破滅。なるほど、考えてみれば、今の大友家はただならぬ危機にあるようだ。この危機感、大殿とご老中衆は等しく心にお持ちのようだが、さて、戸次殿はどうなのでしょう。ご自身だけは戦場で後れをとらない、と確信を持っておられるのか。」

鑑速

「これは寡黙な貴殿にしては誠に雄弁な事。ですがそれはすなわち、貴殿もその危機感を等しく我らと共にしているということです。といって、前線にお出にならない大殿だけでなく、時に前線にも馳せ参じる吉岡殿や私のような老中が表立って戸次殿の手綱を引けば、大友家に内紛ありと毛利方が妙に積極的になる事も考えられます。」

惟教

「どうも戸次殿については鑑速殿すらご遠慮がちのようですな。前の公方様のご指示により執り行われた豊芸の和議は、京の騒乱で公方様亡き後、空文と化しました。これに最も喜んでいるのは、当時和議に強硬なまでに反対しておられた戸次殿ではありますまいか。我ら武士は戦の勝敗によって豊かになるという現実をみなが思い起こすべきです。すでに無数の勝報を豊後に届けた戸次殿の所領は肥後・筑後・筑前にまたがっていますが、恐らくまだ戸次殿の欲望を満たすには足りていないのでしょう。これらの事は、ここ伊予にいてさえわかる事です。」

鑑速

「はてさて、戸次殿を卑しきが者に貶める意見には同意いたしかねます。戸次殿はそのような人物ではありません。かつて肥後討伐の時、惟教殿は戸次殿の指揮下で存分のご活躍だったではありませんか。諍いがあったとしてもそれはそれ。惟教殿はなにか誤解なさっているのか。」

惟教

「これは実に穿った見方ですが、家中に戸次殿をこのように見なす者どももいるはずです。御同紋であり、大殿の信頼は比類なく、自ら隊を率いて戦えば敵なし。そして公方の指示すら蔑ろにできるそのご気性、田北殿や田原殿など伝統に則った生き方を旨とする府内の人々からすれば戸次殿のご活躍は全く面白くないでしょう。私もどちらかと言えば田北殿などに近い者です。鑑速殿、先ほど我々は危機意識は共通しているとの事でしたが、その先にある平時にどのように生きるか、という生き方の点では恐らく立場が異なるはずです。とするならば、私は吉岡殿やあなた様の助けにはならないかもしれません。」

鑑速

「惟教殿は気鬱なお方ですな。しかし、そこまでは私も吉弘殿も責任を負いません。あなたの懸念された事、それは大友氏の棟梁たる大殿がご自身でお決めになる事ですから。戸次殿のご活躍を面白からず思う者、嫉み深き武士であれば必ずおりましょうが、今までそれで事はある程度上首尾に進んでおります。だからそのような者どもにへつらうことなく、大殿により高みに達して頂く、我らの目標はここにあって、戸次殿の惟教殿への好悪はこの際、考慮の外で良いのです。」

惟教

「これは、一刀両断にされてしまいましたな。」

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