智謀の章 第3話 菊池

宗運

「さて、お館様。そろそろ親誠殿を処断する決意が固まったかと思います。どうぞ、親誠殿とご対面され、ねんごろなお言葉をお授けください。そして処断の御下知を。」

惟豊

「そうだな、婿殿に会うのは気が重いが・・・いや、まだだ。もう一度考えたい。つまり、婿殿の首を差し出せば、当面、阿蘇氏と大友氏の仲は安泰になるだろうが、その後はどうなるだろうか。親直よ、考えてみるのだ。今や大友氏家督は豊後、筑後、肥後三国の守護でもある。包囲される形になり、大友の意には逆らえなくなるのではないだろうか。そなたは先ほど阿蘇と大友の和は二十年保たれるとしたが、そのような不利な情勢で、私の後継者たちは所領を守っていけるだろうか。」

宗運

「すでに、先代義鑑の時代から、それは定まってしまった事です。義鑑の前の代からの大友氏が肥後国の混乱を焚き付けたのは百年の計があったからです。それに対して、阿蘇氏は数年前にようやく同族争いに決着がついたのです。氏の持つ力に大きな差があるのです。また、大友は源頼朝の血縁を誇る氏でもあるため、他国を攻めとる事を厭わないでしょう。そこが、我ら阿蘇氏とは大いに異なる点です。」

惟豊

「その論では、阿蘇の領地も危険であるという事になるぞ。」

宗運

「ここで私が期待したいのは、我らが肥後の国情です。この国は広く、守護家である菊池の嫡流が滅びている今、麻のように乱れるのは明白です。これを鎮めるには、守護自らが肥後領内にて統治をしなければ覚束ないでしょうが、大友にとって喫緊の課題である周防との筑前の奪い合いに決着がつかない以上、そうしている余裕はありません。それはつまり、大友義鎮と言えども、肥後北部の赤星、隈部、城、中部の我ら、南部の相良、名和らを懐柔するのが得策であるというです。彼らにとって結局肥後は他国です。その統治のために家を危険にさらす価値があるとは思えません。彼らの不真面目な統治の結果、この国は乱れ続けるでしょう。他国に領土を攻め取られないよう、勢力を扶植する余地は十分にあります。」

惟豊

「果たしてそうだろうか、私にはわからないが。だが、先代義鑑も肥後に来て自ら訴えを聞くということはしなかった。したくてもできないのだろうか。」

宗運

「人や物の往来はできたとしても間に山脈がそびえている以上、肥後隈本と豊後府内はやはり遠いのです。肥後に腰を据える余裕のない嫡男義鎮殿は必ず代理人を送り込んでくるでしょうが、その代理人も喧しい土豪が勢ぞろいしている肥後で、真面目に政務に取り組めばきっと破滅を免れません。嘲笑讒言にまみれ、善意から反逆に追い込まれ、惨めに殺されるのがいいところ。他国人である彼らには、この肥後を統治できない確固たる理由があるのです。すなわち、この国は周囲を俯瞰して、優先すべき順位において高くはないという事です。」

惟豊

「優先すべき順位が高くない、それは莫大な富を生む博多や門司と比べてということか。なるほど、そうかもしれない。かつて菊池殿が豊後を統治する兄に反逆したのも、そのあたりに理由がないわけでもないのだろうな。」

宗運

「しかし今回の菊池殿の反逆はその成否が当家次第であります。きっと共闘を訴える矢の催促があるでしょうがもちろん耳を傾けてはいけません。期待をもたせ、黙殺するのです。」

惟豊

「わかった。全て納得した。そして、もはや婿殿に助かる道などない事も承知した。それでは、これから婿殿を大いに慰めてこよう。ただ、彼の妻子らは私の子孫だから、全てが終わったのち、人を付けて逃がすようにいたそう。恭順の意を示せば、そこまで罪は及ぶまいから。その後の事は全て親直、そなたに任せよう。それでよいのだね。」

宗運

「ご英断、恐れ入ります。」

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