第8話

 いやだった。やっぱり、このままお別れだなんて、悲しすぎる。

 増田は迷わず、ミオの元へと駆けた。あの、ドクロ帽子の女の子のところへ。

「なあ、ミオ!」

 なんと声をかけたら良いか分からなかった。何を話せばいいか分からなかった。でも、このままわかれるのだけはいやだった。また、ミオと話がしたい。冒険がしたい。そう思った。

 ドクロ帽の女の子は、ゲーム機から目を上げて、眠たそうな視線をよこした。

「なに、おっさん」

 そして彼女の持っているゲーム画面を見て、増田は止まった。そこには、彼女と同じくドクロ帽子にドクロTシャツを着たキャラクターが表示されていた。腰には、杖ではなく、刀がささっている。それは、ミオではなかった。そして、そのほかにも、彼女と冒険している他の見知らぬ三人のプレイヤーの名前もあった。

「そういえば、おっさんさあ、いっつもココいるよね。なに? 暇なの?」

 ドクロ帽の女の子は、口の中のガムをくちゃくちゃ言わせながら、にたりと笑った。

 増田は呆然として自分のゲーム機を見た。

 そこにはもう、ミオの姿は見えなかった。

 代わりにあるのは、スタッフからの最後のメッセージ。

『 Thank You For Playing! 』



*** *** *** ***


 ミオは、あの子ではなかった。

 いや、あの子じゃなかったのが問題なのではない。結局ミオが誰だったのか、わからず仕舞いだったことがショックだった。もう、ミオと二度と会えないと思うことが悲しかった。

 増田はとぼとぼと、家への道を歩いていた。街頭の無い田舎道は、今の増田ならへたをすればその辺の側溝に落ちてしまいそうなほど暗さだった。

 犬の遠吠えの響く中、増田のカバンのなかから、ピロリ、と聞きなれた音がした。ゲームの入室音だった。電源を切るのを忘れていた。増田は、のそのそゲーム機を取り出した。

『ミオ さんが入室しました』

 増田は目を見張った。画面には、確かにそう表示されていた。

 このあたりに、ミオがいる。増田はあわててあたりを見回した。しかし、ゲーム機の通信範囲内であるはずの半径十メートルの中には、人はおろか、民家のひとつも見当たらなかった。

 ミオは、画面の中で、ショウタに背中を向けていた。

「ミオ、どこにいるんだ。隠れてないで、出てきてくれよ」

 あわててチャットを入れた。しかし、ミオは動かない。

「頼むよ、また話をしよう。冒険に行こうよ」

 ミオは動かない。

「なあ、こっち向いてくれよ。どうしたんだよ」

 そしてようやくミオは振り返った。

 黒い帽子に、ピンクのドレス。しかし、その顔は奇妙なマスクに隠れて見えなかった。

 キツネのお面だった。

「ミオ、何か言ってくれよ」

 しかしミオは、ただ、ひとつだけ手を振って、そしてすっと消え入るように画面の奥へと去っていった。

 増田は何度も検索ボタンを押した。しかし、何の反応もなかった。検索そのものがなされていない。調べてみると、ともだちリストにも、履歴にも、ミオの名前はどこにも残っていなかった。そんなプレイヤーはいない。ゲームは、そう言っているのだ。

 呆然として、ゲーム機を閉じた。

 そのときになって、ようやく気付いた。

 ここは、あの時祭りがあった、神社の前じゃないか。

 秋の口、夏の香りが消えて久しい、九月の終わりのことだった。



*** *** *** ***


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