第7話

「いや、この間のあれね、通ったんだよ。あの企画が欲しいと言う企業が出てきてね、むしろこっちに有利なくらいの契約をしてくれると言うんだ。いや、ほんと、すばらしいことだよ」

 だっはっは、と根岸は大声で笑った。

 増田には、意味がよく分からなかった。あの書類を作ったのは自分だが、会議で発表するのも自分のはずだった。なぜ、先方に見せてもいないものが通ると言うことがあるのだろうか。

「いやさ、たまたまね、その企業のお偉いがたが来ている時にね、別に見せる資料があったのさ。だけどね、不思議なことにその中に君の作ったものが混ざっていてね、私はしまったと思ったんだが、それを見た向こうさんが、これだ! と言うんだよ」

 やはり言っている意味がよく分からなかった。あのときの書類は、確か根岸の手でしっかりと増田の手につき返されたはずだ。

「そこなんだ。不思議なものなんだがね。私も確かに君に返したと思っていたんだが、なぜだかそれが私のところにあったんだ。まあ、細かいことはいいじゃないか。ここはひとつ、神様の奇跡ってことにしとこうじゃないか」

 根岸はまた笑った。

「さ、これから忙しくなるぞ。君も覚悟しとけよ。君にはこのプロジェクトのリーダーをやってもらうつもりなんだから」

「え、ぼ、僕がですか?」

「当たり前だろう。君の企画なんだから。いやあ、これは部署始まって以来の大プロジェクトになるかもしれないなあ!」

 根岸は、そう言って、何度も増田の背中を叩いた。



*** *** *** ***


「ごめんな、十月から忙しくなるんだ。そんなに会えなくなるかもしれない」

 ショウタは、ミオにそう言って説明した。プロジェクトリーダーに抜擢。会社人間としては非常に喜ばしい報告なのだが、マスカレイドパラダイスの住人としての意見で言えば、はた迷惑な話でもある。だが、ようやく一人前と認められそうなのだ。このチャンスを、逃すことはできなかった。

「そっか~、でもミオも十月は忙しいから、ちょうどいいかも」

 ミオは言いながらも、やはり残念そうだった。

「じゃあ、それまでにふたりでがんばってクリアしないとね」

 ショウタもうすうす気がついていた。もう、エンディングは間近だ。十月になるまで、まだそこそこある。それまでにゲームをクリアすることも、そう難しくは無いように思えた。

 だが、それは同時にミオとの別れも意味することも、ショウタは気付いていた。楽園は、所詮は虚構なのである。クリアしたあとは、二人は出会う前と同じ、赤の他人に戻るはずだった。

 正直なところ、ショウタはできればゲームをクリアしたくなかった。いつまでもこうやって二人で遊んでいたかった。居心地のいい場所に、いつまでもひたっていたかった。

 それでも、ゲームは現実ではない。いつか終わりがやってくる。また、二人で会えるとも限らない。だから、せめてエンディングだけは、二人で見たいと思った。

「ああ、そうだな」

 ショウタはなんとかそう言うのが精一杯だった。

「でも、これからいそがしいのに、ショウタ、うれしそうだね」

 確かにそうだった。やっとつかんだチャンスなのだから。

「ねえ、ミオの魔法、きいた?」

 ミオの魔法。あのときのなぐさめの回復魔法。

 でも、なんだか今は、あれも本当の魔法のように思えた。返したはずの書類が、たまたま上司のカバンに紛れ込んでいて、たまたまそれをやりたいと言う企業があって、そして幸運にもそのリーダーに選ばれた。これがあの時の魔法のおかげだと言われても、なんだか変な気はしなかった。

「ああ、ききすぎだよ。そのせいで忙しくなるんだから」

「ぶ~なにそれ。じゃあ、あんなことしなきゃよかった~」

 そう言ってミオはむくれた。ショウタは画面の中と外とで、けらけら笑った。



*** *** *** ***


 それから二人は、それまで以上にどんどんゲームを攻略していった。

 段違いに強くなっていく敵を軽々と倒し、また、新たなダンジョンを目指す。ショウタが斬り、ミオが癒す。いつものやり方、そしていつものように勝利。

 そしてついに、最後のダンジョンの扉が開かれた。

 最後のダンジョンの名前は、そのものズバリ「ラストダンジョン」と言った。これほど分かりやすい名前が、他にあるだろうか。

「回復薬は?」

「もったよ~」

「装備は?」

「だいじょうぶ!」

 二人は最後の準備を終え、ダンジョンに飛び込んだ。ふたりが入った後、扉はゆっくりと閉まった。もう戻れない。そういうことだった。もちろん、覚悟はとっくにできている。

 たちまちモンスターたちが襲い掛かってきた。これまでにないほどの強敵。しかし、それらももはや二人の敵ではなかった。ショウタの剣は一撃の元に敵を斬り伏せ、モンスターが死にもの狂いで与えたわずかなダメージも、ミオがたちまち回復してしまう。

 この二人なら、どこまでだっていける。そんな気がしていた。事実、ゲームの世界のなかなら、それは間違いのないことだった。

ボスの間の扉には、六つの穴が開いている。ショウタは今までに手に入れた蒼、紅、翠、金、闇、光の玉をそれぞれはめこんだ。扉は、ゆっくりとその口を開いた。

 二人はついに、ラストボス:シャドウペルソナの元へとたどり着いた。

 しかし、ボスの間で二人を待っていたのは、ボスではなかった。そこにいたのは、ゲームのスタート時に世界を救えと言ってきたこの世界の王だった。王はかたわらにある仮面を身につけると、みるみる姿を変えていった。

 そして、その姿は見るも醜悪な悪魔の姿になった。世界を統治していた王こそが、この世界の危機の元凶だったのである!

 と言っても、ここまでストーリーを追っていた二人にはもはや周知の事実だった。

 ゲームのタイトルは、マスカレイドパラダイス。見せかけの楽園。それがこの物語の筋書きなのだ。

 あとは、この怪物を倒す。二人には、もはやそれだけだった。

 そして、結局いつも通りの戦いが始まった。ショウタが斬る。ミオが回復する。無駄に巨大なだけで行動パターンの少ないラスボスは、動きを見切るのも簡単だった。ただ、HPだけが異様なほどに高い。これまでにないほどの時間がかかった。

 敵の攻撃が激化する。HPが残り少なくなると、ボスの攻撃が激しくなるのもいつものことだった。余計なダメージを受けないように慎重に、時に大胆にショウタは攻める。とにかくダメージを。とにかくダメージを。

 ボスは大きく爪を振った。ショウタはその攻撃をさっと身を低くして避けた。そしてその体勢のまま大きく回転する。スピニング・スラッシュ。最高威力を意味する金色に輝く剣のひらめきが、ラスボスののど笛をかき切った。

 光が見えた。

 くずれていくラストダンジョン。崩壊していく世界。そして、新たに生まれる世界。エンディングは正直抽象的すぎてよく分からなかったが、とにかく、感動のフィナーレだと言うことは分かった。

 スタッフロールが、画面の下から昇っていった。その画面で、ミオが言った。

「おわっちゃったね」

「うん」

 エンディングとともに、これまで冒険してきた土地が、次々と映し出されていく。

「なつかしいねー」

 本当にそうだった。どこもかしこも、ミオと冒険した場所ばかりだった。

 二人で走った草原、二人で戦った洞窟。初めて出会ったダンジョン。何もかも。

 スタッフロールは、あっという間に終わった。FIN、という文字が表示されて、画面は止まった。

 黒い画面を背景に、ミオが手を振った。

「ばいばい。ありがとう。たのしかった」

 その言葉を見たときに、増田は、胸がぎゅっと締め付けられる思いがした。

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