第五話
桜庭が住む廃墟同然のアパート周辺は、都市開発が進んでいるところと進んでいないところの差が激しく、商業施設と田畑が住居区に入り組んでいる。だが、ひとつ隣の道に行くとそこからはもう、ただの田舎だ。そのため日が沈むと辺りはすぐに暗くなる。完全なる田舎に属する地域に、日没直後、桜庭とアレックスは向かった。あの教会の近くの空き地に行くために。
「そうだアレックス、死体処理屋に連絡しておいて」
桜庭は教会の近くまで来ると、思い出したように言った。
「今ですか?」
何故死体処理屋が必要なのだろうか。
不穏な気配がする。
「うん。出来るだけ早く」
「直接回収に来させた方が良いですか?」
「そうだね、男二人でも運ぶのは厳しそうだし」
アレックスが足を止めた。桜庭がそれに気がつき、振り返る。
「どうしたの?」
「この匂いは関係ありますか?」
嗅ぎ慣れたそれを、さらに発酵させたらこんな感じになるかもしれない。
「あぁ、今気がついたのかい?」
「…掘り起こしてどうするつもりですか?」
弓形に細められた瞳からは欠片も真意が見えない。
それでも刺すように真っ直ぐ見つめ返すアレックス。
「回収してもらうつもりだけど?」
桜庭がなおも微笑む。
「俺はそうゆうことを聞いてるんじゃないです」
「ごめんごめん。ちょっとからかっただけだよ」
アレックスの語気が硬くなったのに対し、桜庭は笑みを絶やさずに軽口を叩いた。
「目的は何ですか」
「うん?」
ゆったりと首を傾げる仕草に、普段とは違う何かを感じる。
「わざわざ掘り起こして処理する目的です」
胸騒ぎがする。
「そうだなぁ…俺があの子の味方だから、かな」
まだとぼけるつもりなのか。
桜庭はアレックスから目を反らした。
アレックスは追及するために口を開いたが、桜庭の纏う雰囲気に気圧され、何も言うことができなかった。
「約束をしたんだ」
自分の右手をぼんやりと眺めながら、熱に浮かされているかのように呟いた
顔を伏せているため、アレックスには桜庭の表情がわからなかった。声をかけようにも、言葉が見つからない。
今の桜庭は、黙って為す術なく棒立ちでいるアレックスのことなど眼中にない。ましてや取り落としたスコップによる、乾いた金属音の抗議なんてどうでもいいと言わんばかりだ。
「ようやくだ。ここまで長かった…」
右手の小指を、左手のひとさし指で愛おしむようになぞる。つぅ、と最後にひとつ撫でると、桜庭は伏せていた顔をあげた。
「さぁ、行こうか」
いつもの笑顔で何事もなかったかのように言われると、踏み込む覚悟なんて端から無いアレックスは、素知らぬ顔をするという選択肢以外、思いつくことはなかった。
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