第三話


 陽光が燦々と降り注ぐ下で、彼女は傍目にぼうっとしているように見えた。

 教会裏で、古びた金属製の華奢な椅子に座り、丸テーブルに肘をついている。

 物憂げな姿に彼女の儚さが強調され、気がついたら手を伸ばしていた。彼女の長い前髪を横に流し、隠れていた瞳を覗き込む。

「気安く触らないでください」

 不快だと言わんばかりにしかめられた顔。

「やあ。昨日ぶりだね、こんにちは」

 桜庭は彼女の不機嫌な様子に構わず、朗らかにそう言った。

「それは何ですか?」

 訝る彼女に、満面の笑みで差し出す。

「君へのプレゼントだよ。受け取ってちょうだい?」

「何が望みですか?」

 彼女は警戒感を露にした。こちらの真意を読み取ろうと、射抜くように見てくる。こういう目は、知っている。簡単には受け取ってもらえないようだ。

「望みなんて無いよ。強いて言うのなら、名前を教えてくれないかな、なんて」

 彼女の向かいの椅子に腰かけた桜庭。

「名前くらい教えますよ。そんなことより、貴方の本当の望みは何ですか?」

 彼女は溜め息を吐き、目を細めた。

「そんなことなんかじゃない。名前を先に教えてよ」

 うんざりしたように彼女の顔が歪められた。

「せっかく可愛いのに、そんな顔しないで。将来皺々のお婆ちゃんになっちゃうよ?」

「余計なお世話です」

「で、名前は?」

「…ライラ・グレイ」

 少し躊躇ったが、あんまりにも桜庭が見詰めてくるので結局は根負けして、呆れ混じりに言った。桜庭との会話で、ぐったりと疲れ果ててしまったライラ。

 対称的に桜庭は、彼女の口から名前を聞き出すことが出来たので上機嫌だ。

「ねぇ、ライラ」

「何でしょうか」

 緊張気味のライラに、桜庭は眉を八の字にして言った。

「昨夜はごめんね」

「…別にいいです。どこか怪我したわけではありませんし、私も悪かったですし」

 突然の出来事だったので、桜庭はライラが女であっても手加減をすることが出来なかったのだ。ライラの鳩尾はあれからしばらく痛んだことだろう。もしかしたら今も痛かったり気持ち悪かったりするかもしれない。それに、ふざけていたとはいえ、銃口を向けた。

「ごめんね。…お詫びとしてこれ、受け取ってくれないかな?」

 罪悪感はある。だが、当然それだけではない。

「…わかりました」

 今度は素直に受け取ったライラ。

 本人としては折れてあげたとでも思っているのだろうが、実際は桜庭によりライラは自ら折れるように誘導されたのだ。

 アレックスは二人から見えないように教会の角の壁に寄りかかって聞きながら、そう分析した。

「そういえばライラ、君は昨夜何をしていたの?」

 世間話の延長として、鋭い問いかけをした桜庭。

「貴方に脅されていました」

 ライラは動じることなく平淡に返す。

「んー、まあそれもそうなんだけど、できればその前のことが知りたいな。っていうか、俺昨日自己紹介したよね?名前で呼んでくれないの?」

「脅される前というと、貴方に襲いかかったことですか?」

「うわ、そうゆうスタンスなのね。まあ、いいよ。逆に燃えるし。絶対呼ばせてみせるよ」

 ライラは桜庭に隠すことなく蔑んだ眼差しを送った。それを意に介すことなくにこにこしている桜庭。ライラは余計に鳥肌を立たせるだけだった。

「じゃあそろそろ帰るね」

「さようなら」

「うん…まあ、いいか」

「どうしました?帰らないのですか?」

「帰るよ、うん。…今夜、雪が降るらしいから、風邪をひかないようにね」

「はあ、お気遣いありがとうございます…?」

 

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