第96話
今俺は黒猫になり、ソフィアの肩で大人しくしていた。
そしてソフィアは、クエストの受付嬢であるセリカに試験の報告を行っていた。
既に暴食の洞窟前の集落でレジスタンスをまとめているバースから連絡が来ており、話はスムーズに進んでいった。
「流石はソフィアちゃんね。これだけのトロルを討伐してくるなんて」
学生証に記録されている情報を確認しながらセリカが呟く。
「しかもビッグトロルまで………。Aランク相当の魔獣よ。これ」
それからしばらくの間セリカは、手続きをするために書類をまとめていく。
「そうそう。ソフィアちゃんが試験に行っている間に友達2人もクエスト受けていましたよ」
「ココナとミレイですか?問題とかは」
「特に問題なく完了してましたよ」
「ならいいのですけど」
ソフィアの懸念はわからなくはない。
ミレイは大丈夫だろうが、ココナの暴走が心配なのだ。もちろんギフトの『暴走』ではなく、ココナ自身の暴走だ。まあ、ギフトの方も心配ではあるが。
「…………はい。これでソフィアちゃんはBランクに昇格しました。これからも頑張ってくださいね」
無事にBランクに昇格したソフィアは、このままジャネットの研究室に向かう。
今回の試験で1ヶ月近く出ていたため、妙に懐かしさを感じる。
ソフィアは部屋の前に到着すると、扉をノックをした。
「失礼します。ただいま戻りました」
「お帰りなさい。その様子だと試験は無事に合格したようね」
部屋に入ると、ジャネットがソフィアの顔を見て言ってきた。
「はい」
「おめでとう。それより何か心境の変化でもあったのかしら?」
「へ?そんなことはないと思いますけど」
「そう。気のせいかしらね。旅に出る前より明るくなった………ううん。幸せそうな感じが」
「幸せ…………」
ソフィアが肩に乗っている俺を見てくる。俺も丁度ソフィアを見ていたため、至近距離で見つめ合うことになる。
視線が合うと、ソフィアは少し頬を赤らめ微笑んだ。
「ふーん。そういうことね」
そう呟きながら、ジャネットがニヤニヤして俺達を見てくる。
「まぁ、いいわ。それで早速で悪いんだけど、ミールさんに手伝って欲しいことがあるのよ」
ジャネットにそう言われ、俺とソフィアはレジスタンス育成学校の地下へと連れてかれた。
☆ ☆ ☆
「こんな場所があったんですね」
「散らかっててごめんなさいね」
地下は多くの機械が置かれている場所だ。机の上に乗らないぐらい大きな物もあるが、机にも乗り切れない量があり、無造作に床に置かれている物もある。
(昔より増えたな)
ここにあるのはジャネットが作った魔力以外を動力源として動く機械だ。
(確か蒸気機関とか言ってたか)
ジャネットは火属性を得意としている。だから、火属性の魔力は問題なく供給出来るが、反属性である水属性は得意ではない。
蒸気を作るのには水属性も必須なので、俺が猫になる前は数ヶ月単位で水属性の魔力を提供していたのだ。
「ミールさん、これに水属性の魔力を供給して欲しいのよ」
「わかりました」
ソフィアはジャネットに言われた機械に手を向け、水属性の魔力だけを供給を始めた。
「助かるわ。前はリアンにやって貰っていたんだけどねぇ。あいつ行方不明になってから供給できる人がいなかったのよ」
「でもそれは私以外でもいいのでは?水属性の魔力を持っている方は他にもいますよね?」
「うーん、いないことはないだろうけど、リアンやあなたみたいに膨大な単一魔力を扱える人がいないのよ。もし他の人に頼むと、数百人は必要になる計算ね」
「数ひゃっ!?」「にゃっ!」
予想以上の数に俺も驚いてしまう。そんなに魔力を俺は供給してたのか。
「それにリアンやミールさんみたいに、純粋な単一魔力を引き出せる人も少ないわ。まさかミールさんがここまでの魔力制御を、こんなに早く出来るようになるなんてね」
ジャネットは視線をソフィアの肩にいる俺へ向けながら言う。
(……………バレているのか?)
それからしばらくの間、魔力を注いでいると、ジャネットが「もう大丈夫よ。ありがとう」と言った。
魔力を注ぎ終わると、ソフィアは大きく肩で息を吐いた。
「流石ね。これだけの魔力を1度に供給出来るなんて。…………これなら」
「先生?」
「ううん。何でもないわ。はい、これはお礼よ」
そう言って渡してきたのは少し小さめな紙袋だ。
「これは?」
「まぁ、その………ね?一時の気の迷いというかその………サイズも私には少し小さいしね?」
珍しく顔を赤くしながらジャネットは誤魔化すように説明になっていない説明をする。だからなのか、ソフィアは中を確認しようと紙袋を開けようとする。しかし、その手はジャネットにより阻止された。
「ここでは開けないで!お願い」
「わ、わかりました」
「その、値段も高かったから、今回の報酬にらいいはずだから。それと、これを私に貰ったことは秘密にして」
そう念を押され、ソフィアだけでなく、俺も頷いてしまった。
ソフィアはそれを例のポーチにしまう。ポーチより少し大きな紙袋だったが、まるで消えるようにポーチの中に入っていった。
「っ!?それって時空間魔法掛けられてるの!?」
「あ」
ジャネットの前で警戒していなかったからなのか、ソフィアは当たり前のように使ってしまった。
だから、このポーチをどこで手に入れたのか説明することにした。
一応ジャネットも、俺の師匠であるアルディナのことを知っている。会ったことはないはずだが、俺が「鬼のような悪魔だ 」とずっと言っていたこともあり、追及はしてこなくなった。ただ「ミールさんが無事で良かったわ」と心配してくれていた。
「………………」
ソフィアから無言の圧力が伝わってきた。
ソフィアは自分に対して優しかったアルディナのことを、悪く言っていた俺の発言が気にいらなかったらしい。
それから俺達は長旅で疲れただろうから、しばらく休んでも良いと言われ、帰ることになった。
だが、まっすぐ家には帰らず、ある喫茶店を訪れていた。
「ただいま戻りました」
「ソフィア様、お帰りなさいませ。御無事で何よりです」
喫茶店内には何人かのお客がいたが、喫茶店をやっているフェンデルはソフィアの前に来て、優雅に挨拶をした。
そして、ソフィアだと気が付いたソフィアの隠れファンである客が騒ぎ始める。
「ソフィアちゃんが帰ってきた!!こうしてはいれん!!!」
そう言って何人かの客が外へと駆けて行った。
「えっと、今のは」
「どうやらソフィア様が手伝って頂いていた頃の隠れファンです。以前は静かに見守っていたのですが、ソフィア様が旅に出られたことで、意気消沈をしておりました。それでもここに毎日通って頂き、ソフィア様の無事を共に分かち合っていたのです。なので、ソフィア様がお帰りになられた反動で、他の方達に知らせに行ったのでしょう」
「……………ってことは」
「…………にゃあ」
猫である俺には聞こえてきた。まるで地響きのような多数の足音が。
それから数秒も経たない内に、喫茶店内はソフィアファンの人達で溢れるのだった。もちろんソフィアは手伝いに入り、俺もマスコットとソフィアの護衛に入ることになった。
そのままソフィア生還の祝賀会となってしまい、今まで味わったことのない賑わいに店内は包まれていった。
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