第91話

 目の前に普通のトロルより大きなビッグトロルが、見下ろすように俺達を見ている。その目は殺意に満ちていた。


 ソフィアはこれまで殺意を抱く敵と戦ったことは多々あるが、このビッグトロル程の殺意を持つ者と相対したのとがない。


 ビッグトロルは巨大な腕を振りかぶった。


 俺は既にソフィアの魔力で魔法制御をしているが、ソフィアがカチカチと歯を鳴らすばかりで、声が出ないでいた。


(くそっ!何か手は)


 俺だけが平気でも何も出来ない。ただの猫でしかないのだ。


 俺も死を覚悟してから数秒経つが、ビッグトロルの拳は振り下ろして来なかった。


 ビッグトロルを見てみると、ビッグトロルは何故か苦しそうに、もがいていた。


 暗くてよく見えなかったが、ビッグトロルに何かが巻き付いている。


「ソフィア………助けに来たの」


「………え?ルエラ………ちゃん?」


 ぼんやりと光りを放ちながら、エメラルドの髪を揺らして現れたのは、精霊と思われる少女ルエラだった。


「………邪魔なの」


 ルエラがそう呟くと、ビッグトロルに更に何かが巻き付き、その巨体を持ち上げてしまう。そして、ボールのように、トロル達がいた方へ投げられた。


「す、凄い………」


「ソフィア、ルエラの力、倒すの難しいの」


「う、うん、リアン、お願い」


 ソフィアの身体から力が程よく抜け、心も落ち着いたようだ。


 俺はソフィアの期待に答えるため、魔力制御を行う。


 投げられたビッグトロルは起き上がり、トロル達に指示を出すように咆哮を上げた。


 トロルはズシンズシンと、音を発てながら向かってくる。


 すると、ルエラの周囲から太い蔓が生えてきて、トロル達を束縛し始めた。


 潰して倒そうとしているのか、蔓から軋むような音が聞こえてくるが、トロル達は潰れないように対抗している。


 そこにビッグトロルがルエラとトロル達の間にある蔓を蹴り飛ばす。蔓は切れ、数体のトロルが解放されてしまう。


 ビッグトロルはルエラを要注意人物と見なしたのか、ルエラ目掛けて、目に留まらぬ速度で襲い掛かって来る。


 そして、小さな身体のルエラは避けることもなく、巨大なビッグトロルの拳が振り下ろされ、辺りを粉塵が舞い上がった。


 ソフィアの息を飲んだが、集中を切らさないで、魔法を紡ぎあげる。


 狙うは、拳を振り下ろしたビッグトロルの頭の場所。


「アクエリアスレイザー!!」


 ソフィアのアクエリアスレイザーは粉塵を押し開きながら、見事にビッグトロルの頭に命中した。更には、後ろにいた数体のトロルも巻き込む。


 ビッグトロルの身体は頭が無くなった状態で、その場に倒れた。


「ルエラちゃん!!」


 ソフィアはルエラが潰された場所に向かう。


「なに、なの?」


「きゃあっ!?」


 いきなり後ろからルエラに話し掛けられ、ソフィアは驚いてしまう。


「え、え?無事、だったの?」


「ん?ルエラ、精霊なの。肉体はあって無いようなものなの」


(要するに精神体に近い存在ってことか)


「そうなの。黒猫の言うとおりなの」


 ルエラは当たり前のように俺の思考を読んで、応対してくる。それを知らなかったソフィアは驚きを隠せないでいる。


「ルエラちゃん、わかるの?」


「ん?」


 当のルエラは何のことかわかっていないのか、キョトンとしている。


「その、リアンが言おうとしてることがっ!?」


「まだ、なの」


 俺もすぐに気が付き、ソフィアの魔力を制御する。


 頭が無くなったビッグトロルに魔力が周囲から集まって来ていた。


 そして、ビッグトロルは頭が無いまま立ち上がった。


「な、なんなの」


「ソフィア、下がるの。これ、良くないモノなの」


 ルエラはソフィアの前に立ち、臨戦態勢をとる。


 頭の無いトロルの首からどす黒い魔力が、爆発するように溢れ出てきた。


 近くに転がっていたトロルの死体に、そのどす黒い魔力が触れると、溶けるように消えていく。


「にゃあ!!(逃げるぞ!!)」


「うん、なの」


 ルエラはソフィアの手を引き、走り出した。


 走る先々に小さな光る花が次々と生えてきて、暗い洞窟内の道を照らしていく。


 俺はソフィアの肩に乗り、ある魔法の魔力制御をする。


「え?でも」


「にゃあ!!(やれ!!)」


 俺の制御した魔法に驚き、躊躇するソフィア。


「う、うん。フレアバースト!!」


 ソフィアは後ろに向かってフレアバーストを放つ。


 フレアバーストの爆発により、後方で落盤が起こり、走ってきた道を岩で塞ぐ。


 それでも後ろからやってくるどす黒い魔力の気配は消えることがない。


 俺達は走り続け、一気に洞窟の入り口付近にやってくる。


 そこは何人もの冒険者達がおり、先程のフレアバーストによる爆発で騒ぎが起きていた。


「はぁ、はぁ、に、逃げ」


 ソフィアは肩で息をするほど疲れており、上手く言葉に出来ない。


「死にたくなければ、逃げる、なの」


 ソフィアの伝えたいことをルエラが実体化して伝える。しかし、ソフィアより年下に見えるルエラが言っても、冒険者達は笑って「何言ってんだ?」と言って相手にしない。


 その時。


「………あ?」


 冒険者の男1人の腹に、何か黒いモノが突き刺さった。


 すると、男は干からびるようにして痩せ細っていき、最後は溶けるように消えていってしまう。


「もう、来たの」


「う、うそ」


 今の光景を見た冒険者達は臨戦態勢を取る者、逃げ出す者の二種類に別れた。


 あれを洞窟の外に出すのはまずい。しかし、止める手段がない。


 あれに向かっていった冒険者は次々と地に伏せていく。


 あれはここまでに来る途中でトロルも喰らったのか、どす黒い魔力は実体を持ち、幾つもの触手のようなモノとなり、奥から次々と出てくる。


「リアン、あれを止めること出来ないの!?」


「………………」


 俺もあんなの見たこともない。


 あのどす黒い魔力はイブリスと似ているが、あれより今回の方が密度が高い。


 あんな魔力を止めるなんて………魔力か…………もしかすると………。


「猫、何か思い付いた、なの?」


「え?」


 ルエラは俺を見て呟いた。相変わらずソフィアは、ルエラがリアンの意思を読んでいることに驚いている。


「…………ソフィアと猫、ルエラに触れるの」


 ルエラに言われたまま触れる。


『え?』


『これはいったい』


 頭の中にソフィアの声が響いてきた。


「え?今リアン喋ったの?」


「にゃう?」


 次は声に出したが、相変わらず喋ることは出来ない。


「ソフィアと猫の意識を一部繋いだなの」


 ルエラの説明で納得はいった。どうやっているかは分からないが。


『ありがとな、ルエラ。それなら話は早い。ソフィア、ここら一帯にお前の魔力を振り撒け』


『魔力を?』


『ああ。制御は俺がしてやる』


 ソフィアは言われたまま魔力を拡散させていく。俺もソフィアから溢れ続ける魔力の制御を手伝い、まるで洞窟に蓋をするような感じにする。


 すると。


「…………止まった?」


 誰かが呟いた。


 あのどす黒い魔力は、ソフィアの魔力に触れそうになると、奥へと引っ込んでいくのだ。


「……………ギフト」


 ルエラが呟いた。


 そう。ソフィアのギフトは『魔法無効化』。


 魔法は魔力とマナで出来ているから、魔力を無効化してしまえば、魔法は成立しない。


 ソフィアのギフトが効いたということは、あのどす黒い魔力も、一応は魔力だということだ。


『り、リアン、ちょっときつい、かも』


 問題は常に魔力を放出し続けなければいけないという点だ。


 魔力とはマナが人間に取り込まれて変質したものと考えられている。


 だから人間から制御を外れた魔力は、マナへと還元されていく。


 なので、放出をし続けなければならない。


 ソフィアの魔力の源からはまだ魔力が溢れてくる感じはある。


 だが、補充された魔力はすぐに外に放出してしまう。


 このままではソフィアが持たない。


「やれやれ。深淵の魔力を感じて来てみれば面白いことになっているの」


 そこに1人の女性、いや、小さな女の子の声が響いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る