第90話

 その後の暴食の洞窟探検は続いた。


 トロルも何回か単体で現れては、その度に融合フュージョンの魔法を使って討伐していた。


 そして、魔法を使う度に下半身を気にするソフィアと、魔法の強さに周りのレジスタンス達から歓声が上がるという構図ができていた。


 何度かバースが魔力温存のために代わると言ってきたが、ソフィアはそれを拒否していた。


 というより、ソフィアが空気を読んだと言った方が、正しいのかもしれない。


 バース以外のレジスタンスの皆々が、その度に嫌そうな顔をするからだ。


 俺から見て、バースはトロル相手でも善戦できるのはわかる。しかし、他の面子はそこまでの実力があるように見えない。


 束になれば倒せるだろうが、怪我人が出てしまう危険性があった。


 休憩の際に、バースに他の連中のことを聞いてみたら、中級魔法が放てるぐらいの強さと教えてもらつた。


 まぁ、ソフィアの保有魔力は膨大なので、これぐらいなら魔力切れの心配はまだないから平気だ。


 どちらかというと、ソフィアの下着事情の方が深刻そうだ。


 そんな感じで、洞窟探検は続いているのだが、例のビッグトロルには出会えずいた。


「そらそろ切り上げよう」


 洞窟探検が始まってから三時間程経った頃、バースがそんなセリフを言ってきた。


「ミール殿の魔力もそうだが、そろそろ切り上げないと、『暴食』が始まってしまう」


「『暴食』ってなんです?」


 ソフィアは首を傾げながら聞いた。


 俺はそれを聞いて思い出した。この洞窟の特徴を。


「『暴食』はここの洞窟でいつも同じ時間帯に起こる現象の1つでな。理屈は分からないが、魔力を吸われてしまう時間帯がある。全魔力ではないが、魔力が少なくなった状態では、まともに戦えなくなる。だから、その前に洞窟を出ようと考えてな」


 ソフィアは説明を聞いて納得していたが、残念ながらソフィアにはその現象を食らったとしても、恐らくは平気だ。


 一昔前に俺も食らったことがあるが、上級魔法数発分の魔力を吸われただけだった。


 まぁ、普通の奴らは上級魔法5発も撃てれば珍しい方なので、食らったら魔力の枯渇を起こすかもしれないが、俺やソフィアみたいに上級魔法を数十発も撃てる魔力量を持っていれば、そこまで問題にはならない。


 今回はバース達がいるし、このことをソフィアに伝えることが出来ない。なので、探検を中断して、洞窟から出ることになった。



 ☆     ☆     ☆



 帰り道にも何体かトロルを倒してきたが、やはりビッグトロルという奴には出会わなかった。


 駐留所まで帰ると、バースは明日も手伝うと言ってくれて、今日はその場で解散となった。


 その時ソフィアは、付いてきてくれる提案に頷き、ほっとした顔をしていたのだが。


「1人で…………」


 この日の夜、『リンク』の魔法を使ってもらい、夢中でソフィアに『暴食』の現象のことを教え、1人で行った方が出ないで済むことを教えると、絶望した顔になった。


「俺がいるから平気だろ。それにトロルぐらいだったら、ソフィアと俺が協力すれば余裕で倒せることがわかったしな」


「でもビッグトロルは速いって言ってたし、近付かれたりしたら………。あと暗いし」


「バースはともかく、他の奴らはあまり役に立たないと思うぞ」


「うん。それはなんとなくわかったかも」


 やはりソフィアは気付いていたか。


「それに1人の方が着替えられるだろ」


「着替え?」


「ああ。パンツが…………あ」


 そこまで言った時、ソフィアが真っ赤な顔をしてプルプルと震えていることに気が付き、ヤバいと思った。


 そして


「ばかぁぁぁぁぁ!!!」


 俺の鳩尾にソフィアの鉄拳がめり込んだのだった。


 夢の中なのに、何故か痛みを感じたのは不思議だ。



 ☆     ☆     ☆



 そして翌日。


 俺とソフィアは2人、いや、1人と1匹で洞窟に潜っていた。


 灯りは松明ではなく、光属性の魔力をソフィアの頭上に固定することで、辺りを照らしている。


 因みにこれは俺が制御を担当している。


 ソフィアは魔力を拡げて、周囲の警戒をしながら歩いていた。


 これまで数回トロルと出会ったが、難なく倒すことが出来ている。


 そして、昨日より先に進むと、地底湖に出た。


 確かここはトロルが水飲みに使っている場所だ。以前来たときもここで何体かトロルが水を飲んでいるのを見たことがあった。


「…………リアン」


「にゃ」


 ソフィアは灯りを消して、岩影に身を隠した。


 奥の方に数体の気配を感じ取ったのだ。


「水飲んでいるのかな?」


 ひそひそ声でソフィアが話しかけてくる。確かに水を飲んでいるような音が聞こえてくる。


 トロルの視力はそこまで良くはない。その代わり聴力と嗅覚に優れていると言われているが、ソフィアの声は聞こえた様子はない。


 トロル達は今も水を飲み続けている。


(もしこいつらが例のビッグトロル率いる群れなのであれば、一撃で倒したい。できれば一網打尽にしたいところだが)


 ソフィアは固唾を飲んで、トロル達がいる方を警戒している。


(ここから範囲系の魔法で一網打尽できる威力だと、洞窟事態が崩れる可能性があるか)


 広い地底湖とはいえ、ここは水に侵食されて、岩が脆くなっている。そんな場所で威力の高い魔法を使えば、崩れることは必須だ。


「うーん………リアン、どうしたらいいかな?」


 ソフィアもそれがわかっているからなのか、小声で聞いてくる。


 融合フュージョンのアクエリアスレイザーのように一点高威力なら、一撃で倒せていいのだが、あれは発動までに時間が掛かる。


 複数体相手にしていては使えない。


「「っ!?」」


 するとその時、身体から魔力が吸いだされるような感覚に陥る。


 とはいっても、気絶する程ではなく、軽い倦怠感を感じるぐらいだ。


「っはぁ、はぁ、はぁ………」


 俺は平気だが、突然襲われた不慣れな感覚に、ソフィアは手を地面について大きく息を乱していた。


 俺が心配そうに見つめていると、ソフィアは「平気だよ」といって、息を整えた。


 周囲を見ると、薄く光る筋みたいのが、入り口の方から流れてきた。


(魔力か?)


 その筋は流れるように奥に向かい、ビッグトロルへと吸収されていった。


 その際、トロルの額に見慣れない魔法陣が浮かび上がっていた。


(…………昔からこの洞窟の『暴食』の現象はあった。だけど、生物に魔力が吸収されることはなかったはずだ。あいつが言うこの現象は、地質の影響と言っていたはず。ということは、これは人為的に起こされたことになる)


 俺はそこまで考えて、魔力の吸収で例の奴らが頭の中に浮かんだ。


(魔月境…………)


 人を変異させイブリスという化け物を生み出し、魔力を集めようとしていた連中だ。


(まさかこれはあいつらが関わっているのか?)


 ビッグトロルに吸収された魔力は結構な量だ。ビッグトロルは強制的に摂取された魔力に、苦しそうにもがいていた。


 洞窟内にビッグトロルの咆哮が響き渡る。


 ビッグトロルの周りにいた普通のトロル達は少し離れた場所から、戸惑いながら見ていた。


 そして、ビッグトロルが突然、仲間だと思われたトロル一体の頭を目に見えぬ速度で吹き飛ばした。


 更にそのまま死んだトロルの血肉を食らい始めた。


 それを見ている他のトロルは逃げずに、ただただ佇んでいた。


(トロルは同族は食べなかったはずだ。魔力を突発的に摂取したことでの衝動か?)


 俺がそんな考察をしていると、カチカチと音が聞こえてきた。


 ふとソフィアの方を見てみると、ソフィアもトロルの無惨な死を見えていたのか、青ざめた顔をして震えていた。


 その音に気が付いたのか、ビッグトロルがこちらに意識を向けていた。


(まずいっ!!)


 殺意みたいのを感じ、俺はしゃがんでいるソフィアの胸へと猫の全体重をのせたタックルをかました。


 ソフィアがバランスを崩して後ろに倒れると、俺達が隠れていた岩が突然粉砕した。


(確かにこれは前衛がいても、相当な達人でもない限り瞬殺されるな)


 ソフィアと俺の目の前には、緑色の血で口周りを濡らしたビッグトロルが剣呑な雰囲気を纏って、立っていた。

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