第88話
気絶させた冒険者達は、レジスタンスの駐留所に併設されている牢屋に入れられ、ソフィアに襲い掛かったレジスタンスの男は仲間である他のレジスタンスの人や、ここの駐留所の管理をしているだろう隊長と思われる人に事情を説明していた。
「本当に違うんだ!俺はあの冒険者からこいつらを守ろうとして」
「もういい。お前の女遊びのことは以前から目につけていた。お前が過去に冒険者の女に強姦したことも耳に入って来ている。おい、こいつも牢屋に入れておけ」
隊長の一声で、男は牢屋の方へと連れていかれてしまった。
男は最後まで「違う!!何かの間違いだ!!」と叫び続けていた。
「君達、今回は我々の仲間が迷惑を掛けてしまったようだ。本当にすまない」
隊長が頭を下げると、周りのレジスタンスの人達も同じように頭を下げて謝って来た。
「いえ、私達も怪我もなかったですし、大丈夫ですから、頭を上げてください。先輩である方々に頭を下げられるのは」
ソフィアの声で、周りのレジスタンス達は顔を上げた。
「む。ということは君はレジスタンスの教育機関の生徒さんか?」
「はい。ソフィア・ミールといいます」
「っ!?」
ソフィアの名前を聞いたレジスタンスの皆々は、驚いて目を見開いて、ソフィアを見てきた。
「えっと、何か?」
訳が分からないソフィアは首を傾げている。
「黒猫の使い魔を連れていることから、もしかしてとは思っていたが、本当にあのソフィア・ミール殿だったとは。これはあいつらも相手が悪かったと言うしかないな。いや、失礼。君のこと、ミール殿のことはレジスタンスの間で噂になっているのだ。まだ学生でありながら、巧みに魔法を操り、珍しく黒猫の使い魔を連れている、とな」
隊長の説明に周りのレジスタンス達も納得するように頷いている。
「いつの間にそんな噂が」
ソフィアは驚愕しているようだが、俺は納得していた。
フォルティスの町にあるレジスタンス教育機関はレジスタンスの人達が運営しているし、ルマルタの町では多くのレジスタンスがいる中、1番の功績を上げているのは、誰の目から見てもわかるぐらいだったからだ。
「流石は嬢ちゃんだな」
ソフィアの隣ではグランが納得した顔でガハハと笑っていた。
(それにしてもこの隊長………。まさかあいつじゃないよな?顔は見覚えあるが、性格が違いすぎる………)
俺はこの隊長が、俺が知っている顔に似ていて、そっちの方が気になった。
「それにな。今問題になっていることに、ディケイル殿から特務隊員が派遣されると手紙を貰った。特務隊員とは君のことだろう?」
「えっと、恐らくは………」
ソフィアは少し恥ずかしそうにしながら答える。
「今日はもうすぐ日が沈む。このことについては明日詳しく説明するとしよう。ミール殿は宿は決まっているのか?決まっていないのなら、こちらで宿を手配するが」
「ありがとうございます。でも、宿は決まっているので大丈夫です」
「そうか。なら明日の朝にここに来てくれ」
「わかりました」
こうして俺達は駐留所を後にした。
宿屋に戻り、夕飯を済ましてから、それぞれの部屋で休むことになった。
☆ ☆ ☆
翌朝、俺はソフィアの2人?で再び駐留所を訪れた。
グランはレジスタンスの内事情の話になりそうだからと、遠慮して別行動を取って、ここにはいない。
「来てくれたか。ミール殿」
「おはようございます」
駐留所で出迎えてくれたのは、昨日話しをしたここの隊長だ。
「ああ、おはよう。そこの椅子に腰を掛けててくれ」
ソフィアは言われた椅子に腰を掛け、俺はソフィアの膝の上に座る。
「こんな安い茶ぐらいしかなくて申し訳ない」
隊長は木のカップにお茶を入れて机に置いてくれた。
「いえ、ありがとうございます」
お互いに椅子に座り、一口お茶を口にする。
「では改めて、昨日は本当に申し訳なかった」
「いえ、こちらも何もなかったですから、気にしないで下さい」
「感謝する。そうだ、まだ自己紹介をしていなかったな。私はここの駐留所の管理とレジスタンスの指揮を取っているバース・ロートヌだ。一応隊長ってことになる」
(やっぱりバースの野郎で合ってたか!!)
バース・ロートヌは、俺がまだ学生の頃に世話になったレジスタンスの先輩だ。
だが、こんなに丸くはなかった。俺は何度も怒鳴り付けられたことを覚えてる。
「ロートヌさんですね。よろしくお願いします」
「バースでいい」
「わかりました。ではバースさんで。あ、この子はリアンといいます」
「にゃあ」
「リアン?」
ソフィアが俺のことを紹介してくれたので、一応頭を下げて礼をする。ただ、俺の名前に反応を示す。しかし、そこはすぐに頭を切り替えて挨拶をしてきた。
「………リアン殿だな。よろしく頼む」
猫である俺に対しても、ちゃんと挨拶をしてきた。へぇ~結構いい奴なのかもしれない。
「それで昨日仰っていた話というのは?」
ソフィアが話に切り込むと、バースは話し始めた。
事の始まりは2ヶ月程前らしい。
その時はまだ暴食の洞窟前での注意喚起はしていなかったそうだ。
なので、これから話すのは冒険者から聞いた話らしい。
名の知れた5人組の冒険者パーティーの1人が、暴食の洞窟から逃げ帰って来たのが最初だった。
ここ洞窟は奥にトロルが住んでいることで有名だ。
トロルの素材は高額で取引されるため、素材目的で洞窟の入ったらしい。
これまで何回も洞窟に入っているらしく、いつも通りにトロルを狩るはずだった。
トロルの習性上、個々で動くことが多い。なので、洞窟内で遭遇するトロルも個体で遭遇することが多い。
その時も最初、トロルも単体でいたため、魔法での先制攻撃から、いつも通りに戦闘を開始した。
トロルも魔法使いを黙らせようと、巨体で地響きを響かせながら動き始めた。トロルは巨体で力強い動きなのだが、巨体ゆえに動きは遅い。
リーダー格の男が死角から突っ込み大剣で足を一閃し、転倒させる。そこに全員、顔や心臓部に集中攻撃をして討伐したらしい。
トロルは巨体なので、一体だけでも素材は持ち帰るのが大変だ。
だから素材を解体して持ち帰ろうとした。
すると突然、ぐしゃっとした音が鳴り響いたそうだ。
そして、少し遅れて岩壁が崩れる音。
音がした方向を魔法使いが灯りで照らすと、地面が赤い血で濡れており、その先に人間だったと思われる何かが大剣と一緒に転がっていた。
それがリーダー格の男の物だと気付くのはすぐだったが、再びぐしゃっとした音が鳴り響いた。
3人となった冒険者達は何かいることを悟り、解体作業を中断し、周囲を警戒する。
すると、また近くにいた仲間がぐしゃっと音と共に姿を消した。
周囲には何も見えない。
だが、仲間は確実に1人、また1人と殺されていく。
流石にこのままでは全滅すると判断した残った冒険者2人は、狭い通路へと逃げ込んだ。
ここならばトロルの巨体は入って来れない。それに入り口が狭いので、何か来れば確認できるし、魔法で対処もやりやすい。
実際に仲間が殺られることはなくなった。
しかし、ここは先が行き止まりになっているため、ここを出なくてはならない。
慎重に辺りを確認し、出口へと向かう道へ走った。
すると、出口付近に通常のトロルより大きな個体が、数体のトロルを従えて立っていた。
大きなトロルの視線が、冒険者の2人を捉える。
魔法使いの仲間がそのトロルに向かって、洞窟内では絶対使用しない爆発系の魔法を唱える。
爆発は大きなトロルの顔を的確に捉え、周囲に爆発による砂塵が舞い上がる。
魔法使いはその砂塵が目的だった。
視界を遮れば、逃げる隙が出来る。
お互いの姿が見えなくなっても、通路への方向はわかっている。
この砂塵が晴れる前に逃げなければならない。
そして、逃げ帰った男は砂塵を抜けると、帰りの道へ出ていた。
成功だと、隣にいるはずの仲間に言おうとすると、背後から魔法の音と、ぐしゃっと音が聞こえてきた。
男は唇を噛み、悔しい思いをすると共に、自分が逃げる隙を作ってくれたことを悟る。
こうして、なんとか1人で外へと逃げ帰ることが出来たのだ。
それからというもの、洞窟の奥に行くと、その大きなトロル率いるトロルの群れの目撃情報が増えたという。
レジスタンスはその大きなトロルをビッグトロルと名付け、対応を開始した。
しかし、レジスタンスもビッグトロル率いるトロルの群れには勝てず、本部へと救援を頼んだそうだ。
ただ、それだけの数のトロルと強力なビッグトロルを相手に出来る者は少ない。
だから緊急性があっても、先延ばし先延ばしとされていた。
「そして、やっとのことで来られたのがミール殿というわけだ」
ソフィアは話の内容を聞いて、頬をひきつらせていた。
(っていうかなんていう依頼をこんなまだ成人したての女の子に出してんだ。あのおっさん)
俺はこの依頼を出したであろうディケイルを恨む。
「なんでもミール殿はその華奢な身体で近接格闘も出来ると聞いている」
「いや、その、あれは………」
その近接格闘とは『トレース』のことだろう。他者の身体の動きを真似るだけの魔法だが、格闘に優れた者の動きも再現出来る。
欠点といえば、身体を無理矢理動かすため、使用者の身体に大きな負荷が掛かってしまうということ。
現にソフィアも、使用後は全身筋肉痛に悩まされていた。
「もし行かれる際は私を含め、数人が同行しますので、よろしく頼む」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
グランにはあまり無理をさせたくないと、考えていたソフィアは、その言葉に少し安心していた。
「それでは早速行くとしようか」
「え、今から行くんですか?準備とかは」
ソフィアはこんなに早く向かうとは思ってなかったので、驚いてしまう。
「安心して下さい。我々はミール殿が来る前に準備を済ましています」
そんなこんなで、このままレジスタンスの仲間5人程連れて、暴食の洞窟へと向かうことになってしまったのだった。
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