第85話

 木々の隙間から月明かりが差し込む中、俺は目の前にいる存在に目を疑っていた。


「……………」


 俺の目の前にはエメラルドの髪を足下ぐらいまで伸ばした10歳ぐらいの女の子がいる。


 女の子は何か不満があるのか、翡翠色の綺麗な瞳は怒っているように見える。


「にゃ、にゃあ」


「………………………」


 女の子は俺の呼び掛けても反応をせずに、ただただじっと俺を見てくる。


 俺は相変わらず蔦に巻き付けられて、宙に浮いている状態で、女の子の前から逃げることも隠れることも出来ないでいた。


「……………人間なの?」


「にゃ?」


(今この子何て言った?俺のことを見て人間と言ってなかったか?)


 俺は女の子の目をじっと見てみる。


「……………ソフィアに悪いことする人間なの?」


「にゃう!!(しないわ!!)」


 俺は反射的に叫んでしまう。


(それにしてもこいつはソフィアの知り合いなのか?)


 女の子は俺が急に叫んだもんだから、ビクッとして距離を置いてしまう。


(違う。俺を離したのか)


 蔦が意思を持ったように、俺を女の子から遠ざけたのだ。


(自然を操る魔法?いや、そんなこと出来る魔法なんて聞いたことはない。魔物って感じもしないし。自然を自由自在に操るなんてことはミレイが契約している精霊ぐらいの存在………まさか)


 俺は再度女の子を見てみる。今度は魔力を見ることに集中して。


(……………やっぱり。こいつ人間じゃない)


 人間にも魔物にも生きているものなら、魔力の流れがある。なのにこの目の前の女の子からは魔力の流れを感じない。いや、彼女自身が魔力に似てる何かしか感じない。


(………………確かマナと言ったか)


 マナは自然エネルギーそのものを指す。


 なので精霊は、自然エネルギーそのものが意思を持った存在だ。


(精霊に会うのはこれで2回目か)


 以前見たのはミレイの精霊だ。


 目の前の女の子の精霊は、人間と契約しているようには見えない。


 つまりは完全に野良の精霊ということになる。


「………………」


 女の子は相変わらず俺を睨み付けてきている。


(どうしたもんか………)


 俺はどうやってこの状況を打破するか、考えることにした。



 ☆     ☆     ☆



「危険だ!!」


「でもリアンがっ!!」


 子供のように泣きわめくソフィアを、グランは腕を掴んで抑えていた。


 ソフィアの力でグランに敵うはずなく、抑えることは簡単だ。


 しかし、夜の森でこれだけ騒ぐことは、魔物を刺激するので危険だ。


「嬢ちゃん!!」


「っ!?」


 グランはソフィアを無理矢理引っ張り、顔を寄せて叫んだ。すると、ソフィアはビクッとして動きを止めた。


「嬢ちゃんが心配なのはわかる。だから落ち着け。こういう時だけらこそ落ち着かないといけねぇ。それはわかるな?」


「……………はい」


 ソフィアの返事を聞いて、グランはソフィアを解放する。


「ごめんなさい。その………」


「気にするな。それだけあの使い魔が大事ってことだ。それよりどうするかだな」


 夜の森は何が起こるか分からない。無闇に入っても無事に戻って来れる保証はないのだ。


「ぐすっ、リアン……………」


 ソフィアは落ち着いたら落ち着いたで、小さな子供のようにメソメソと泣き始めてしまった。


「嬢ちゃん、いなくなったのが使い魔なら、何かわからねぇのか?嬢ちゃんと使い魔はえっと……なんだ、魔法か何かで繋がってるんだろ?」


「っ!」


 ソフィアはハッとして、リアンとの繋がりを意識するように目を閉じる。


 ソフィアの閉じた目からは涙が零れ落ちる。


「………………いた」


 ソフィアは目をそっと開ける。


 ソフィアは見事に少し遠くにいるリアンとの魔力の繋がりを見つけることが出来た。


 ソフィアの目には先程とは違い、力強い眼差しをしているのだった。



 ☆     ☆     ☆



(っ!?この感じは………ソフィアか)


 俺は自分の中にあるソフィアとの繋がりが強くなることを感じ取った。


「これはソフィアの…………」


 俺からソフィアの魔力が出たことで、目の前の精霊と思われる女の子は、少し驚いた表情をして呟いた。


(んー、やっぱりソフィアのこと知ってるみたいだな。どうやって俺がソフィアの使い魔と伝えるか………)


 俺が悩んでいると、女の子はそっと手を伸ばし、蔦から俺を解放して抱き締めてきた。


「あなた、ソフィアの使い魔なの?」


 俺はその言葉に首を縦に振る。


 どうやらさっき強まった俺とソフィアの間にある魔力の繋がりを感じ取ったようだ。


「ごめんなさい、なの」


「にゃ?」


 女の子がいきなり謝ってきたので、俺は首を傾げる。


「ルエラ、あなた悪い猫と思ってたなの」


(るえら?こいつの名前か?)


「ソフィアのところに帰るの」


 精霊の女の子ルエラは俺を腕に抱いて、ソフィアのいる場所を目指して歩きだした。


 いつの間にか夜の森は徐々に明るくなってきていた。

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