Bランク昇格試験

第84話

 フェンデルの喫茶店も軌道に乗り、ソフィアは週に3日程手伝っていた。


 しかし、今は手伝いをすることが出来ない状態であった。


 今はガタゴトと馬車に揺られて、黒猫である俺を膝の上に乗せ、ソフィア1人で移動中だ。


「しっかし嬢ちゃん1人だけってのは初めてだな」


「そうですね」


 馬車の御者のグランが話しかけてきた。


 そしてソフィアは不安と緊張が混ざった顔で答える。


「ははっ、1人だと不安なのか」


 グランの言うとおり、ソフィアは出発する前の日から、1人での遠征に不安を覚えていた。


 近場で日帰りで完了するクエストなら平気だったのだが、日を跨いでの遠征に不安を覚えたらしい。


 だが、今後の将来のことを考えると、これぐらいのことで弱音を吐くわけにはいかない。


 ソフィアは心にそう誓って、今回のBランク昇格試験へと挑んだのだ。


「安心しろ。俺は今回嬢ちゃん専用の御者だ。俺も必要があれば一緒に戦ってやるからよ」


「ありがとうございます」


 グランの言葉で多少心が軽くなったようだ。ソフィアの声が少し明るくなった。


(それにしても、まさかまたあそこに行くことになるとは。あそこは良い思い出があまりないんだよなぁ)


 俺は今回の昇格試験の内容を思い出しながら、心の中でため息を吐いた。


 今回のソフィアの昇格試験はフォルティスの町から馬車で2週間程行った場所にある暴食の洞窟と呼ばれる場所だ。


 一応近くにその洞窟を見張るための集落があり、今回ソフィアはそこに寝泊まりする予定だ。


 因みに何故、暴食の洞窟と呼ばれているかというと、洞窟の奥にトロルと呼ばれる巨大な人型の魔物がいるのだ。こいつが本当に大食間で、洞窟内の他の魔物まで食してしまう程だ。


 レジスタンスのメンバーでもBランク複数人やAランクの人でないと、倒せないと言われている。あいつらにはそこらの剣や魔法は効かず、攻撃の一撃が物凄く重いのだ。


 洞窟の奥に暮らしているということしかわかっておらず、詳しい生態系が分からないので、人里に出ないように見張りという意味も込めて、集落が出来たのだ。


 そして今回のソフィアの試験内容はそのトロルの討伐。


 本来ならあり得ないのだが、恐らくディケイルの差し金だろう。あいつのことだから、俺のサポートも込みで考えていてもおかしくはない。



 道中は問題という問題はないまま、目的地の半分ぐらいまで到着することが出来た。


 魔物に襲われもしたが、グランが引き付けている内に、ソフィアが魔法で倒すという、ちゃんと前衛後衛の連携も取っていた。


「よし。今日はこの辺りで夜営するぞ」


 太陽は傾き始め、辺りがオレンジ色に染まる頃に、グランが馬車を止めて言ってきた。


「この辺りには村とかは無いんですか?」


 今日までは村や宿場に泊まっていた。


「ああ。ここは丁度森の真ん中辺りで村とかが無いんだ。ほら、ここに夜営の跡があるだろ。だいたいここを通る時は、皆この辺りで夜営するんだ。森が開けている上に、近くに泉があるからな」


 グランに言われた所を見てみると、確かに何回も夜営をした跡があった。


「でも危なくないですか?この森にも魔物はいるんですよね?」


「もちろんいる。だから俺が寝ずに番をやってやるから、嬢ちゃんはゆっくり身体を休めな」


「それはダメです。私も番をやりますから、途中で代わります。グランさんはここまで馬を走らせてきたんですから休んで下さい」


「いや、しかしだな」


「いいですね!」


「あ、ああ」


 ソフィアの強い願望もあり、交代で番をやることになったようだ。


 それから2人は焚き火を起こし、持参していた食料を簡単に調理して食した。

 馬も干し草を食べて満足そうにしていた。


 そして、最初はソフィアが寝ることになった。


 馬車の中に毛布を敷き、寝る準備をする。


 ソフィアは下着だけ履き替え、すぐに動ける格好で寝ることにするようだ。


 そして、俺も周りを警戒しながら、ソフィアと一緒に寝ることにした。



 ☆     ☆     ☆



「…………寝たようだな」


 グランは馬車の中から音がしなくなったことを確認しながら、枝を焚き火にくべる。


「相変わらず魔法の実力も魔力量も底が知れない嬢ちゃんだ」


 ここ何日か一緒に戦ってみて改めてグランが思ったことだ。


 グランもこの仕事をするようになって長い。


 今回のように何日も1人旅の魔法使いの冒険者も乗せたことはある。


 戦闘もソフィアとやったように連携をすることが多かったが、魔法を殆ど使えないグランでさえ感じる程の膨大な魔力。それを制御している技量。そして、魔物を確実に仕留める正確さと威力。それ程の魔法を使っても、疲れを見せない精神力。


 それは他に見たことがない程だった。


 実際はリアンも制御しているのだが、グランが知る余地はない。


 グランは星を見上げながら、そんなことを考えていた。



 ☆     ☆     ☆



「にゃ」


「んんぅ………」


「にゃにゃ」


「なぁにー?リアン」


「にゃあにゃ!」


「んん?………あ、そろそろ交代しなきゃ」


 ソフィアは眠そうな眼を擦りながら言った。


 ソフィアは起き上がり、簡単に身支度を済ませて、外に出た。


「おはようございますぅ」


「おう。よく眠れては………いないみたいだな」


 眠そうなソフィアを見て苦笑するグラン。


「そのまま寝ててもいいんだぞ」


「い、いえ、代わります。代わりますから、次はグランさんが休んで下さい」


「そうか?なら少し休ませて貰おうか。何かあったらすぐに呼ぶんだぞ」


 グランは馬車の中ではなく、御者台で休み始めた。


「さてと、枝を入れて火を消えないようにすればいいんだよね?」


「にゃ」


 ソフィアは焚き火の近くに腰を下ろし、枝を焚き火にくべた。


 そして空を見上げると、見たことがない程の満点の星空が広がっていた。


「わぁ………凄い」


 ソフィアは星空に見とれていると、不意に視線を森の中に移した。


「……………今、誰かいたような」


「にゃ」


 確かに何か森の方から気配はした。


 しかし、その姿は夜の闇に紛れて見ることが出来ない。


 俺とソフィアは念のため、その気配がした方に注意をしておく。


 ガサッ


「っ!?」


 俺は気が付くと宙に浮いていた。いや、身体に何か蔦のようなものが巻き付き、物凄い勢いで森に引きずり込まれようとしていた。


「リアン!!」


 ソフィアが俺に気が付き呼ぶが、その時には既に俺は夜の森に引きずり込まれていた。


「リアーンっ!!」


 俺は遠くなるソフィアの呼ぶ声を聞きながら、森の奥へ奥へと、何も出来ないまま引きずり込まれて行った。

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