第83話
「フルーリエのことですか?」
「うん。私は助けられた後、フルーリエがどうなったかは聞いただけで実際に見ていないから、実際に見た爺やの言葉を聞きたいの。それに爺やがどうしてこの町に来たのかも」
ソフィアはフェンデルに滅んだ後のフルーリエのことを聞いていた。
これは昨晩、俺が夢の中でそれとなく話題にしたら、ソフィアが気になってしまったためだ。
「………最初に言っておきますが、ソフィア様にとってお辛い話になりますよ?」
「うん、わかってる。それでも知りたいの」
「わかりました。では」
俺がソフィアを助けたのは多くの魔物に襲撃されている時だ。
俺は魔物を殲滅した後のことは知らない。事後処理は俺の仕事ではなかったからだ。
だからフェンデルの語ってきたことは、俺にとっても知らないことばかりだった。
フルーリエの城は殆どが崩れ落ち、町も原形を留めている建物は殆どなかったそうだ。
フルーリエの観光名所でもあった城と町のすぐ隣にあった美しい花畑と草原は焼け野原となり、大きな美しい湖もどこからか流れてきた血で、赤黒く染まっていたという。
フェンデルはそんな光景を目にした時、自分の中で何かが崩れていく感覚に陥ったそうだ。
ぼろぼろになった町の中に入ると、魔物と人々が折り重なるように死んでおり、死臭が凄かったそうだ。
それでもフェンデルは大切な人の生存を確認するために町中を進んで行ったそうだ。
城の前まで来ると、その惨劇の酷さは増していった。
フェンデルは城だった瓦礫の山を越え、王座がある場所を目指した。
王座は壊れていたが、まだ原形を留めていた。しかし、そこには誰の気配も無く、兵士と思われる死体が近くに転がっているだけだった。
(ソフィア様の部屋は………)
フェンデルは更に奥へと進む。
すると、まだ建物として形を留めている所にやってきた。
そこはソフィアの部屋付近だった。
フェンデルは壁に空いた穴からソフィアの部屋へと入った。
ソフィアの部屋は他と比べるとまだ壊されていなかったが、当然人がいる気配はなかった。
それから国王、王妃の寝室の場所も巡ったが、特に収穫はなく、全てが終わった後なのだと理解すると、フェンデルはそこから動けなくなってしまったそうだ。
「これが私が見てきたことでごさいます」
「…………………」
ソフィアは目を閉じて、静かに息をしていた。
「それからの私は生きる意味を探すために旅に出ることにしました。最初の一年は本当にただぶらぶらと放浪しながら魔物を倒し、その素材でお金を得て、宿屋で食事と睡眠を取る。本当にただそれだけで時間を過ごしていました」
フェンデルはその時のことを、どう旅をしたのかもあまり覚えていないらしい。
そんな話をしながらフェンデルはソフィアと自分の分の紅茶を用意した。
「どうぞ、ソフィア様」
「ありがとうございます」
その後もフェンデルは話を続けた。
フェンデルはショックのあまりに、しばらくの間は本当にただただ生きていくだけの状態だったらしい。
数年が経ち、旅の途中の村でルマルタが魔物の集団に襲われた話を行商人から聞いた。
そして、その魔物と戦ったレジスタンスや冒険者の中にソフィアという名の少女がいたということも。
行商人はルマルタで出店を開く際に町長に手配をお願いをしにいくらしい。
その関係で、まだ少女といえる年齢である若き町長カリーナから、親友であるソフィアに町は救われたと聞いたらしいのだ。
フェンデルはソフィアという名前を聞いて、頭に雷が落ちたような衝撃を受けた。
「私は急ぎルマルタへと向かい、町長の家を訪ねました。そしてカリーナ様からソフィア様の特長を聞き、確信を得ました。そして、いてもたってもいられなくなり、この町に来たのです」
「カ、カリーナが」
まさかカリーナが自分のことをそこまで話しているとは思わなかったのか、ソフィアは頬をひきつらせる。
「そしてこの町に、フォルティスの町に来て実際にソフィア様に会えた。まさかレジスタンスをやっているとは思いませんでしたが………。ソフィア様、紅茶のおかわりは要りますか?」
「お願いします」
話を聞いている内に空になっていたカップを渡すと、すぐに次の紅茶を入れてくれる。
すると、ふいにソフィアと目が合う。
「あ、ミルクとかあります?」
「ミルク?そういうことですか。承知しました」
フェンデルは俺の前にミルクの入ったお皿を出してくれる。
俺は紅茶でもよかったのだが、猫は普通紅茶を飲まないから、我慢してミルクを飲むことにする。
それから2人は懐かしむように、かつてのフルーリエでの話をするのだった。
☆ ☆ ☆
「……………………見えてたの。見えて、くれてたの」
町に夜の帳が降りる頃、ソフィアの部屋が見える向かいの建物に白い影があった。
白いローブで頭まですっぽりと覆っているので、素顔はよく見えない。
隙間から見える翡翠色の瞳と、幼い女の子の声は嬉しそうに見える。
「フェンデルに付いてきて正解だったの。でもあの黒猫、本当に猫なの?」
常にソフィアの側にいる黒猫。
女の子はソフィアのことを観察し始めた時からずっとその黒猫の存在に違和感を覚えていた。
「もし、ソフィアの害になる存在なら………」
女の子は夜の帳の中に溶け込むように消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます