第82話

 開店してから数日はフェンデルの喫茶店はてんてこ舞い状態だった。しかし、一週間も経つと次第に落ち着いてきていた。


 今では客がのんびりとお茶を出来る環境になっていった。


「だいぶ落ち着いてきましたね」


「ええ。ソフィア様のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」


 フェンデルは学校の終わった後に、ソフィアが手伝いに来ていることに、心を痛めていたのだ。


「いいんですよ。私が手伝いたかっただけですから」


 ソフィアはソフィアで、接客業を楽しんでいた。


 俺はソフィアが働いている最中、喫茶店の隅の方に用意された小さな篭の中で様子を見ていたので、楽しんでいたことは見てわかった。


「可愛いわねぇ。よしよし」


 そして、俺は客の1人の女性に頭を撫でられていた。


 どうやらこの喫茶店のマスコット的存在に認識されているようだ。


 俺は相手にするのが面倒なので、大人しく撫で続けられている。時折ソフィアから鋭い視線が飛んでくるような気がするのは気のせいだろう。


(ん?)


 俺はある視線を感じ、通りに面する窓を見る。


 そこには白いフードを被った子供がいた。大きさからみて10歳は無いぐらいだ。


 子供は俺と目が合うと、その場から逃げるように立ち去ってしまった。


(1人みたいだったが、なんだったんだ?)


 ソフィアとフェンデルはその子供には気が付かないで、普通に仕事をしていた。



 ☆     ☆     ☆



 ソフィアはフェンデルの店を手伝うのが日課になった。


 とはいっても、レジスタンスのクエストもしっかりとこなしている。


 実はクエストの受付嬢のセリカから近い内にBランク昇格試験を行うと知らされたのだ。


 だが、今回は1つ今までと違うことがあった。


 今まではココナと共に昇格してきたのだが、Bランクの試験を受けるのはソフィア1人とのこと。


 学生の内にBランク以上になるのは本当に一握りの人間だけなので、俺としてはココナが受けれないことに納得している。


 しかし、ソフィアはずっと一緒にやってきたココナと一緒に出来ないことに不満だったようだ。


 そのことをジャネットに相談したら、ココナは落ち着きが無さすぎて危険と判断されたとのことだった。


 そして今は、1人で試験を受けるための練習として、俺とソフィアの1人と1匹だけで町の外に出ていた。


「……………ねぇリアン、私、付けられてる?」


「にゃう」


 今は草原地帯を歩いているのだが、後ろから小さな足音が聞こえてくるのだ。


 一緒に後ろに振り返ると、小さな影が木の陰に隠れてしまう。


「子供………だよね。今の」


「にゃあ(だな)」


「こんなところにいたら危ないから、一度一緒に戻ろっか」


 まだ町からそこまで離れていないので、連れて帰ることに問題はない。


 ということで、子供が隠れた木の陰にソフィアと共に向かう。


「あれ?」


 木の陰を覗き込んだが、そこには誰もいなかった。


「他に隠れられる場所なんて………」


 ここは平原にある木だ。少し離れた所に岩や木はあるにしても、ここにはこれ一本しかない。俺達がここに来るまでに他の場所に移動出来る距離ではない。


「ま、ま、まさか………お、お、お化け……………」


 ソフィアはぶるぶると震えだした。ソフィアは相変わらず幽霊とかは苦手のようだ。


「っ!?」


(なんだ!?いきなり大きな魔力が)


 地面の下から大きな魔力が離れて行くのを感じた。


(離れていく………。魔法を使った形跡はないのに魔力だけ移動している。これってまさか)


「リアン、今のって」


 流石のソフィアも先程の魔力を感じ取ったようだ。


 この後、辺りを見渡しても子供はいなかったので、俺達は近くの魔物を見つけて、戦闘訓練をするのだった。


 結局この日、あそこで見た子供ことも魔力のことも分からず仕舞いだった。



 ☆     ☆     ☆



 そしてその夜。


 俺はソフィアに頼み、リンクの魔法で夢を繋いでもらった。


「よかったぁ。服着てる」


 出会った途端にソフィアからそんな言葉が漏らした。


「上手く調整出来てよかった」


 リンクは俺が作った魔法だ。


 以前まではソフィアのイメージが定着をさせることが上手く出来なくて、裸のままだった。


 その時は俺が適当に服を作り着て貰っていたのだ。


 今回は改良したので、ソフィアのいつもの服装で夢に立つことが出来ていた。


「リアン様、ありがとうございます」


「まぁ、ちと残念であるが」


「リアン様………」


 俺も一応は男だ。そんな感想を漏らすとソフィアはジト目で見つめてくる。


「冗談だって。それよりここのところ気になっていたことも含めて色々と話したいんだ」


「わかりました。私も今日のあの移動した魔力についても話したかったですし」


 それからソフィアと話を始めた。


 1人での戦い方や立ち回り。


 ソフィアのギフトを活かしての戦法。


 そういった内容を話す俺の言葉をソフィアは頷きながら、時には質問をしてきて話し続けた。


 そして俺が少し気になっていることも聞くことにする。


 それはソフィアのフェンデルの扱いに関してだ。


 最初は感動の再会をしていたと思ったら、ソフィアのお世話に尽くそうとするフェンデルに対して突き放すような言動もあった。


 それなのに喫茶店については前向きに考え、協力をしている。


 そのことについて聞いてみると。


「私は爺やに幸せになって欲しいんです。爺やは昔、私のお世話をしている頃は本当に自分の時間を犠牲にして私の面倒を見てくれてたんです。だから国が無くなった今、爺やには自分の時間を大切にして欲しくて」


 ソフィアはフェンデルのことを思い出しながら話す。


「最近思い出したのですが、昔、爺やが自分の入れた紅茶と自分の作ったお菓子で笑顔を作れることは幸せと言っていたんです。それが今、喫茶店という形で夢が叶っている。私はお世話になった爺やの力になりたいんです」


「だからいきなり協力的になったのか」


「はい。本当に最近の爺やは幸せそうですから」


 最初に会った時より、フェンデルの笑顔が増えているのは確かだ。


 これはソフィアの恩返しなんだな。


「リアン様、私は例の魔力について教えて欲しいのですが」


「今日のあの魔力か。はっきり言わせてもらうと俺にも分からん」


「そう………ですよね」


 俺の言葉を聞いてソフィアはがっかりした。


「でもなんでソフィアがそこまで気にするんだ?偶然あそこに何かの魔力溜まりがあっただけかもしれないぞ?」


 実際に魔力が自然と集まることはある。大抵は数時間で霧散して消えてしまうものだが。


 今日のように移動することは俺も知らない。


 いや、最近1つ、似たような存在は見た。


「はい。それは授業でも聞きましたし理解しています。ですが、なんだか分からないのですが、懐かしいような感じかして」


「懐かしい?」


「はい。よく分からないのですが」


(懐かしい………か。んー………ソフィアの故郷、フルーリエに関係する何かだったのか?)


 フェンデルのことや今回の魔力のこと。ソフィアにとって懐かしく思えることが立て続けに起こった。


(………少し気を引き締めた方がいいかもな)


 俺には何かの予兆に思えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る