第72話

 スラヴァとイブリスと化したモニカの襲撃から一夜が経った。町の至るところで戦いの後の片付ける人や、亡くなった人を思い、泣いている人達が町に溢れていた。


 昨日の襲撃で町の一部は火事となっていたが、ミレイの魔法により燃え広がる前に鎮火することが出来た。

 倒壊した建物にも人々が残されたりしていたが、ソフィア達が戦っている最中にココナが迅速に動いてくれたお陰で、町中だけを見れば被害は最低限で済んだも言える。


 最低限というのは一般人に犠牲者が数人出てしまったのだ。

 戦闘員という意味では、多くのレジスタンスの人達が犠牲となってしまった。


 その犠牲者の中には俺の知るレジスタンスの奴や、町長であるカリーナの父親も含まれていた。


 そんな中


「・・・お父様、お母様、お姉様・・・・・・」


 カリーナは眠れない夜を、夜中に抜け出して例の岬にやってきていた。


 カリーナにとって、昨日は悲しいことが多すぎた。

 唯一の肉親であった父親の死、姉の2度目の別れ、会ったことのなかったが、母との別れ。


 カリーナは胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになり、昨日の夜中からこの場所に来て、海を眺めていた。


「カリーナ」

「・・・ソフィア」


 陽が昇り、俺はソフィアと一緒にカリーナを探して岬にやって来た。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


 ソフィアはカリーナの隣に静かに座った。

 それからは何も会話はない。いや、会話が出来なかったのだ。


 変な励ましの言葉は傷を付けてしまうかもしれない。ソフィアも両親を目の前で殺された経験がある。

 だからこそ、こうやってただ側にいてあげることが、最大の励みになることを知っていたのだ。


 それからどれぐらい経っただろうか。カリーナが小さな声で話し出した。


「ソフィア、わたくしはどうしたらいいのでしょうか」

「どうしたらっていうのはどういうことです?」

「………わたくしはまだ旅をしたい。ソフィアともっと一緒にいたい。でも、わたくしはお父様の後を継がなければならない。この両方は同時に叶いませんから。それに」


 カリーナは町の方を見つめる。


「ルマルタの町には大きな損害が残っています。怪我をしている人がいます。心に大きな傷を負った方も多くいらっしゃいます。わたくしは町長の娘としてそれを放っておくことなんてできません」

「それなら答えはわかっているのでは」

「ええ………。ただ、こんな若輩者であるわたくしに町の人々は付いてきてくれるかどうか」


 確かにカリーナはまだ16歳だったはずだ。これといった経験もない。町の人々を背負うには小さい背中だ。


「大丈夫です。皆カリーナに付いてきてくれますよ」

「・・・・・・何故そう思うのでしょうか?」

「だって、カリーナは町の皆に好かれてたじゃないですか」

「そうでしょうか?もし失敗でもしたら」


 確かにこの町に来たとき、カリーナは町の人々に帰って来ていたことを歓迎され、頼りにされていた。


「その時は頭を下げて謝ればいいじゃないですか。皆さんもきっとわかってくれますよ」

「もし壁にぶつかってしまったら」

「その時は誰かに相談すればいいじゃないですか。私も力になりますよ」

「でもソフィアは・・・」

「私はまた遊びに来ますよ」

「え?」


 カリーナは目を丸くする。


「だってカリーナは友達です。友達に会いに来るのは当然じゃないですか。私の友達は数えられるぐらいしかいないですし」


 確かにソフィアはオッドアイのこともあり、友達と呼べるのはココナとカリーナぐらいしかいない。あ、ミレイも友達になったか。


「でも迷惑なんじゃ」

「迷惑なんかじゃありません。友達が困っていたら助けるのは当然じゃないですか」

「ソフィア・・・・・・」


 カリーナは目に涙を浮かべた。カリーナも友達と呼べる人はいなかった。町の人々には好かれていたが、それは友達としてではない。だから、カリーナにとってもソフィアは唯一無二の友達なのだ。


「ソフィア、貴方と友達になれて良かったですわ」


 カリーナはソフィアに身を預けるようにして、静かに泣き始めた。



 ☆     ☆     ☆



 それから1週間程が経った。


 町にはまだ傷痕は残っているが、人々の表情は明るくなってきていた。


 そして今、広場で町の人々が集まり、その視線はある場所に注目をしていた。


「皆様、忙しい中お集まり頂きありがとうございます」


 人々が注目をする中、カリーナが挨拶をしていた。


「本日より、わたくしカリーナ・メルエムがここ、ルマルタの町の町長の座に就くことになりました。若輩者ではありますが、より良い町にすることをここに約束致しますわ」


 カリーナがそう宣言すると、広場は大いに沸いた。


「カリーナ様!頑張ってくださーい!」

「困ったことあったら相談しておくれ!」


 老若男女の町の人々はカリーナが町長の座に就くことに誰も否定はしなかった。むしろ皆で支えていこうという気概さえ見られる。


「これでカリーナは町長になるんだね」

「そうだね。ってなんでココナはそんなに残念そうなの?」


 遠くからその様子を見ていたソフィアとココナ。ココナは何故かカリーナが町長になることに不満があるようだ。


「だって、カリーナが町長になったら誰がココナにお菓子をくれるの?」

「………へ?」


 あぁ、そういえばココナのやつ、カリーナに餌付けされてたな。


「フォルティスの町に戻ってからも貰う予定だったのに………」

「ココナ………」


 ソフィアは呆れた顔でココナを見ていた。


「にゃ?」

「ん?どうしたの?リアン」


 俺は背後から近付く足音に気が付き、後ろを向いた。そこにいたのは。


「あ、シエルさん」

「こんにちは、ソフィアさん、ココナさん」


 ルマルタの町でレジスタンスの受付嬢をしているシエルだった。


「今回は本当にありがとうございました」

「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした」


 お礼を言ってきたシエルに対して、ソフィアは逆に謝っていた。たぶん、レジスタンスのメンバーが一番犠牲者が出てしまったからだろう。


「ソフィアさん、我々はルマルタの町のために、勇敢に戦っただけです。どうか自分を責めないで下さい。ソフィアさん達がいたからこそ、この町は存命しているのですから」


 確かにスラヴァは計画的に動いていた節があった。ソフィアがいなければルマルタは滅んでいたのかもしれなかったのだ。


 それから数日後、俺とソフィアとココナ、ミレイはカリーナを代表とした町の皆に見送られ、グランの馬車でフォルティスの町を目指して出発するのだった。

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