第52話

 昼休み後、ソフィアは準決勝の最初に呼ばれた。

 相手はエルフ族のミレイ・フィンスだ。

 ミレイは小柄で長い薄水色の髪をしており、年齢より幼く見える顔をしている。そのため容姿はまるで子供のようだ。

 何より印象的なのは長い耳だ。

 エルフ族特有の耳で、エルフ族は人間より魔力の保有量が多いとされている。


「よ、よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ミレイはアリーナでソフィアと立ち会うと、緊張した様子で挨拶をしてきた。

 なかなか礼儀正しい子だ。


「それでは試合・・・開始!」


 試合の開始の合図がされる。


「ア、アクアショット」

「エアロショット!」


 ミレイはアクアショット、ソフィアはエアロショットと、お互いに出の早い魔法を撃ち合った。


「え?」


 ソフィアのエアロショットは何個かミレイのアクアショットを


 幾つかはソフィアの脇を通り過ぎたが、後ろからは水ではない、何かが砕ける音が鳴り響いた。


「アクアフィールド」


 ミレイは持っていた大きな水晶の付いた杖を水平に薙ぎながら魔法を唱える。


 アクアフィールドは辺り一面に水を敷くだけの魔法で、普段は使いどころがない魔法だ。


「いたっ!?」


 だが、ソフィアは辺りの地面を覆った氷に足を滑らせて転んでしまう。


(まさかこのミレイって子のギフトか!?)


 先程のアクアショットも水ではなく、氷の礫だった。


 氷の魔法も水属性の派生で存在する。

 しかし、以前ソフィアが使ったアイスコフィンは対象を凍らせる魔法で、氷で直接攻撃する魔法ではない。

 アイスクラッシュも元々ある氷を砕いて攻撃する魔法だ。


 先程のミレイの魔法のように、氷で直接攻撃する魔法はまだ開発されていないのだ。


「い、行きます!アクアレイン!」


 アクアレインは周囲にただ雨を降らせる魔法だ。

 制御する魔力を多くすれば範囲も拡がる。

 魔力を大きくしても、決して雨が強まる訳ではないので、これも戦闘では決して使われることのない魔法だ。なのだが


「いたたたっ!!」

「にゃにゃにゃっ!!」


 雨が凍ってひょうとなって襲って来た。

 凄いダメージとまではいかないが、堪ったもんじゃない。


「アクアフォール!」

「っ!?フレアバースト!!」


 ソフィアは嫌な予感がして、頭上に向けてフレアバーストを放つ。

 ソフィアは高難度魔法のこれだけは一般的な威力に撃てるようになっていた。まぁ、俺が制御した方が、もっと威力は増すが。


 アクアフォールは相手の頭上から水の塊を落とす魔法だ。

 もし、ミレイの水属性魔法が全て凍るのであれば、それは水が落ちてくるより、比べ物にならないぐらい脅威になる。


「きゃわっ!?」


 ソフィアの予想は的中して、頭上では巨大な氷塊が、フレアバーストによって砕かれていた。

 ソフィアは自ら放ったフレアバーストの爆風で体勢を崩し滑ってしまい、可愛らしい声を出しながらまた尻餅を着いてしまう。そこに今破壊した氷塊の欠片が辺りに落ちてきた。


「リアン、一緒にお願い」

「にゃ」


 ソフィアが待機していた俺に声を掛けた。

 どうやら今回の相手は自分1人では難しいと思ったのだろう。確かに魔力制御や攻め方はソフィアより上手いと思われる相手だ。


 ミレイはアクアフォールの氷塊が砕かれたことに驚いて、攻め方を考えているようだ。

 俺はその隙に魔力制御を行う。


「アクアショット」


 こちらが動くことを悟ったのか、ミレイが突然動き出した。


「ファイアボール!」


 ソフィアは自らの魔力制御で、俺とは別に魔法を唱える。


 氷と炎は2人の間で爆発を起こし、水蒸気が辺りを覆う。


「んんっ、プロミネンス!」


 火属性高難度魔法のプロミネンスは超高温の炎の蛇が走るように攻撃する魔法だ。

 多少加減していることもあり、俺がイブリスを倒したときより、幾分細くなっている。


 炎の蛇は左右にうねり、地面を覆った氷を溶かしながら、ミレイに迫る。


「アイスコフィン!」


 ミレイはあろうことか、プロミネンスの炎の蛇を凍らせようとしてきた。


 炎の蛇はミレイの前で凍らされそうになる。


 超高温と極低温がぶつかりあい、水蒸気がコロシアム全体にまで拡がる。


 結果、プロミネンスとアイスコフィンはお互いに相殺し合って、消えてしまった。


 水蒸気が晴れると、これだけ魔法を撃ち合っているのにも関わらず、ソフィアもミレイもほぼ無傷で立っている。


 観客である生徒達はこの拮抗する戦いに大いに沸いた。


「リアン、『ストリーク』やってみるからお願い」


 ソフィアは俺にそう呟いた。


 これは俺達が考え、2人にしか出来ない戦法の呼び名の1つだ。


 ミレイは大きな水晶の付いた杖を高く掲げる。


 杖の先端に大きな魔力が集中していくのがわかる。


 恐らく大きな魔法がくる。

 だからその前に潰す。


「ファイアランス!」


 ソフィアは自らの魔力制御でファイアランスで先に仕掛ける。

 炎の槍はミレイを目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。

 だが、ミレイの近くで炎が弱まり、届く前に霧散してしまう。


(凄い魔力だな)


 恐らく発動前の魔力制御の影響でミレイの周りに水属性の魔力が渦巻き、ファイアランスが打ち消されたのだ。


「メイルストーム!!」

「グレイブ!」


 俺が魔力制御を行っていた魔法をソフィアがす間髪入れずに唱えるが、それより先にミレイの魔法が発動してしまった。


 メイルストロームは水属性の高難度魔法の1つだ。

 相手中心に巨大な渦潮を作り出し閉じ込める魔法なのだが、ミレイのメイルストロームは渦潮になりきれなかった水の塊が氷塊となり、地面を抉るようにして、ソフィアの周りを勢いよく回り始めた。

 そして、それは徐々にソフィアに迫って来る。


 ミレイはというと、グレイブを避けきれずに、足を負傷していたが、まだ戦闘不能にはなっていない。ソフィアの様子を見て、随時対応しようと構えている。


「フレアバースト!」


 ソフィアがフレアバーストを氷塊に向かって放ったが、氷塊の動きが速すぎて、当たらない。


「んっ、ストーンウォール!」


 そして、次は俺の魔力制御でソフィアはすぐにストーンウォールを唱えてくれる。


 ストーンウォールはソフィアの足元で発動し、ソフィアを宙に高く突き上げた。


「えと、エアロブラスト!」


 そして、俺の意図を汲み取ったソフィアは因みに自らの魔力制御でエアロブラストを唱え、迫り来る氷塊の外側へと飛んだ。


 因みにここまでのソフィアの魔法の発動間隔は僅か1秒から2秒。

 これ程の速度での魔法の連続発動は高位の魔法使いと呼ばれる人達でもかなり難しい。高速で繋げられるとしても、初級魔法2連続出来れば良い方だろう。

 今のソフィアは端から見れば、中級上級も織り混ぜての魔法連続発動だ。

 それを可能にしているのは、俺の魔力制御とソフィア自身の魔力制御による魔法を交互に唱えているからだ。

 この戦法を俺達は『ストリーク』と呼んでいるのだ。

 因みにこれは1回戦でも少しだけ使った。


 この戦法はお互いにどんな魔法を使うかを先読みしていないと、連続で発動する意味が無くなるので、結構難しく、忙しかったりする。まぁ、これだけ連続で発動しても、減っている感じがしないソフィアの魔力量にも驚きだが。


(あの氷塊からは逃れることが出来た。だが、着地する隙を見せたら、ミレイは必ずまた攻撃してきて、こちらはまた対処に追われることになる。ならば)


 俺はソフィアと共に空中にいる間に魔力制御を行う。


「ふぇっ!?」


 ソフィアも空中で魔力制御をされるとは思っていなかったのか、少しバランスを崩す。


「ふぇてっ!メテオフォール!」

「っ!?」


 少し呂律が回らなくなったが、何とかソフィアは魔法を唱えてくれた。

 流石にミレイも空中で魔法を放ってくるとは思っていなかったのだろう。

 その表情に焦りの色が浮かぶ。


 ミレイは上空に現れた巨大な炎球を見上げる。


「アイスコフィン!」


 そして、プロミネンスと同じように凍らせようとする。

 ソフィアはその間に着地し、足が崩れそうになるのを耐えて、次の魔法を紡ぎ上げる。


「エアロハンマー!」

「あぐっ」


 メテオフォールに対処していたミレイは、ソフィアのエアロハンマーを避けられずに、アリーナの壁まで吹き飛ばされた。


 吹き飛ばしたのは、メテオフォールが凍り砕けるのとほぼ同じタイミングだった。


「勝者、ソフィア・ミール!」


 審判が動かなくなったミレイを見て、そう宣言をするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る