第31話
私は城の中を走っていた。窓からは白を基調とした街や遠くに草原や湖等の景色が拡がっている。
今走っている城の廊下も、中央に赤の絨毯が敷かれており、廊下の脇には花々が飾られていて、とても綺麗だ。
途中、騎士やメイドさん等の人達とすれ違い、微笑ましそうに私を見ている。
そして、私はある部屋の中に駆け込んだ。
「お母様!見てください!」
「まぁ綺麗ね。ソフィアが作ってきたの?」
「うん!」
「よく出来てるわね」
私は城の中庭で取ったお花で冠を作り、城の中の部屋にいるお母様に持ってきたのだ。
お母様は微笑みながら、小さな私の手から花の冠を受け取り、誉めてくれた。
そして、そのままお母様は手にした花の冠を私の頭に乗せてくれた。
「よく似合ってるわ」
「えへへ」
私は当たり前の日々のはずなのに、何故かものすごく懐かしさを感じていた。
「にゃあ」
「あれ?リアン、どうしたの?」
いつのまにか、黒猫で私の使い魔であるリアンが小さな私の足元で身体を擦り付けてきていた。
「あ、見て見てお母様!この子、私の使い魔な・・・の・・・」
私はリアンをお母様に紹介しようとした。
でも、お母様はいきなり私の方へと倒れてきたのだ。
私はいきなりのことで、思考が停止してしまう。
「あ・・・・・あ・・・・・・」
私の脇へと倒れたお母様の向こう側には、黒い人影が見えた。
私は怖くなり逃げ出そうとするが、足が動かない。
黒い人影は徐々にこちらに近付いてくる。
黒い人影が手を伸ばしてきた。私は殺されると思ったその時、リアンが私の前へと出て身体が光りだして、人の姿を取り始めた。
「リアン・・・様?」
それが誰かなのか理解した瞬間、私の視界は白く染まっていった。
☆ ☆ ☆
「・・・ん、ここは・・・・・・」
ソフィアが目覚めたのは倒れた日の夕方だった。ソフィアはうっすらと浮かべていた涙を拭い、辺りを見渡した。
「にゃあ」
「リアン・・・ってここ医療室?」
ソフィアは身体を起こして、俺を抱いてきた。
「ミールさん、起きたかしら?」
「あ、ジャネット先生」
ソフィアが目覚めたことに気が付き、ジャネットが声を掛けてきた。
「身体の方は大丈夫?」
「ええと・・・はい。大丈夫そうです」
「そう、良かった」
「それで私は何で医療室に?」
ソフィアは覚えていないのか、不思議そうに首を傾げる。
「覚えてない?貴方は魔力の暴走を起こしたのよ。あの遺体を見てね」
「遺体・・・そうだ」
ソフィアは目を見開き、その事を思い出した。
俺はソフィアがまた暴走してもいいように、しっかりとソフィアに掴まる。
「失礼する。お、ソフィア・ミール、気が付いたか」
「ディケイル様、先程は申し訳ありませんでした」
「いや、大事が無いのであればいい。それより、良ければ聞かせてはもらえないだろうか。君の過去を、君の国に起きたことを」
「っ!?・・・・・・・わかりました」
ソフィアはディケイルの質問に驚き、少し逡巡して頷いた。
「ミールさん、無理に話さなくてもいいからね」
「いえ、大丈夫です」
それからソフィアは一呼吸置いてから話し始める。
「フルーリエ公国という名前の国をご存知ですか?」
「「っ!?」」
俺とディケイルはその名前を聞いて、身体をビクッと震わせた。わかっていたとはいえ、本人からその国の名前が出てくると驚いてしまう。
「確か・・・滅亡したと聞いたことがあるわ」
「はい、そうです。私はその国の生き残り・・・、本名をソフィア・リーネ・フルーリエと言います」
「名前にフルーリエってまさか・・・王女様!?」
「はい、王女・・・でした」
ソフィアは苦笑いをして、答える。
「君があの時の女の子だったとはな」
「私のこと知っているのですか?」
「ああ、もちろんだ。あの時、あの事件でレジスタンスの指揮を取っていたのは私だからな」
「っ!?」
次はソフィアが驚く番だった。
「あの時は本当にすまなかった」
「・・・・・・いえ、私は助けて頂きましたから」
「それなんだが、リアン・ユーベルがいなければ君も死んでいたかもしれなかったんだ」
「そう・・・なんですか?」
よくわかっていないソフィアが首を傾げる。
「少し昔話をしよう」
☆ ☆ ☆
私はあの時、この国、フォルタールの隣国であり、友好国でもあるフルーリエが魔獣の襲撃をされているという一報を受け、早急に付いてこられる8人程の少数精鋭部隊でフルーリエに急行した。
その中に特例で学生で選抜されたリアン・ユーベルもいた。
まだ年は16で、精鋭部隊の中で最年少だった。
だが、この精鋭部隊の中でも、既にトップクラスの実力も備えていた。
我々がフルーリエの王都に到着した時はまさに地獄絵図だった。
町は燃え、死体が転がり、魔獣は当たり前のように蔓延っていた。もう生き残りがいるとは思えない程の惨状だった。
とにかく我々は早急に魔獣の駆除を開始した。
魔獣の数は少なく見ても百を越えており、少数で突っ込むのは危険だ。
だから、囲まれないように外周から駆除を行っていくと、私は命令した。
「それじゃあ生き残っている人は間に合わねぇだろ!!」
「おい!リアン・ユーベル!!」
そんなことを言って、リアン・ユーベルだけは私の命令に逆らい、1人で魔獣だらけの町中に入っていったんだ。
結果として、リアン・ユーベルは運良く1人の子供を助けることが出来たわけだ。
☆ ☆ ☆
「そうだったんですね。私はあの後、親戚にあたるミール家に引き取られたので、詳しいことは知らなかったんです。改めてリアン様に感謝ですね」
ソフィアは嬉しそう微笑んだ。
「ソフィア・ミールはリアン・ユーベルに助けてもらったことを覚えているのか?」
「はい。襲撃があった時、私は城の中で母と一緒にいましたから。でも突然、城の中が騒がしくなって、兵士さんが『逃げて下さい』って駆け込んで来たんです。そして、その兵士さんの後ろから黒い人影のようなものが現れて・・・護衛の兵士さん達は何も出来ない・・・まま、傷を負わずに・・・触れられただけで殺されて・・・ぐす・・いきました。私の母も私をっ・・・私を庇って目の前で倒れ・・・」
「ミールさん・・・」
ソフィアは笑顔を取り繕うとしているが、話している最中に溢れてきた涙は止まらなかった。
「ぐす・・・どうやって殺されたかはわかりません。で、ですが、死んでいたのはわかりました。私を庇って倒れてきた母は・・・っ氷のように冷たくなっていました・・から」
ソフィアの涙が俺の額に落ちてくる。
「にゃあ」
「・・・うん」
俺の鳴き声にソフィアはこちらを見て、一呼吸して心を落ち着かせる。
「・・・リアン様は私がその魔獣に襲われる寸前に壁を破壊して入ってきたんです」
(いや、あれは廊下にいた魔獣を魔法で吹き飛ばしたら繋がっただけだ)
俺は当時のことを思い出しながら、ソフィアの話に耳を傾ける。
「リアン様は一瞬だけ私を見ると、私を襲おうとしていた黒い人影に殴り掛かって、そのまま私を抱き抱えてくれました」
(ああ、うん。俺のギフトは『暴走』たから、子供を巻き込まないように手元に置いておこうと思ったんだ)
「それからは私はあまり覚えてません。何せリアン様の胸の中で震えているだけでしたから」
「名前はどこで?」
ジャネットが質問する。
確かに俺は自分で名乗っていなかったはずだ。
「もしかすると、私がリアン・ユーベルの名前を言ったからではないか?」
ディケイルが話に割り込んできた。
「たぶんそうだと思います。リアン様から誰かに引き渡されるときに、リアン・ユーベルと呼ばれて、私を助けてくれて人が慌てて走っていったので」
「恐らく命令違反した奴に私が怒っていたからだろうな」
「そ、そうだったんですね」
ソフィアは怒られているとは思っていなかったようだ。
確かあの時は怒られはしたが、ソフィアを救えたことは誉められていたな。
だから、俺は後悔はしていない。
「もしかしてミールさんがレジスタンスを目指したのって」
「はい。リアン様に憧れたからです」
ソフィアは涙を拭きながら答える。
「まったく、こんな良い
(ソフィアの使い魔をやってます。なんて言えないわな。言ったらソフィアが卒倒しそうな気がする)
まさか憧れの人物が使い魔として、一緒にお風呂も入り、一緒に寝ているなんて思いもしないだろう。
「本当に何処にいるのだろうな」
「・・・・・・」
なんかディケイルに睨まれたような気がしたのは気のせいか?
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