第9話

 ココナの試合の後も、順調に試合は進んでいった。


 今回の模擬戦は1年生だけとあって、あまり高度な魔法の戦闘はなかった。

 今のところ一番大きな魔法はココナのあのアクアウォールが崩れた時の大波ぐらいだ。


 そして、ソフィアが呼ばれないまま、模擬戦も終盤に差し掛かってきた頃、アレイン・クリフォードという手練れの男子生徒が出て来た。


 クリフォードは相手のアクアショットという水の弾を撃ち出す魔法を、エアロショットという圧縮した空気を撃ち出す魔法で、全てを撃ち落とすという離れ業をやってのけたのだ。


 そして、相手は怒りを覚えたのか、アクアショットを連続で撃ち始めた。


 それをクリフォードは魔力を身体強化に回し、水の弾丸の嵐を紙一重で避けながら一気に走り抜け、相手の鳩尾辺りに掌を当て、エアロブラストという掌に暴風を生み出す魔法で、相手を数m吹き飛ばした。


 相手はそれで気絶してしまい、試合は終了になった。


「あんな戦い方をする人もいるんだ」


 恐らくアレイン・クリフォードは風属性を得意とした近接型の魔法使いだ。

 魔力で身体強化を施したのが決定的な理由だ。


 魔力での身体強化は魔力制御をしっかり出来ていないと、自滅する魔法だ。

 これは魔法制御だけでするため、魔法名は特にはない。


 俺も人間の姿の時は使えたが、猫の姿だと感覚が違い、まだ上手く使えない。


 ソフィアの身体なら魔力を制御すれば使えるだろうが、ソフィアは運動が得意ではないため、身体への負担が大き過ぎるだろう。


 そして、クリフォードの試合が終わり、遂にソフィアの名前が呼ばれた。


「もう一人はヘンリー・ヘイグ選手!」

「やりぃ!楽勝だぜ!!」


 確かこいつはさっきもそうだが、以前に講堂と練習場でもソフィアをバカにしていたやつだ。


「・・・・・・・」

「ソフィア、大丈夫?」

「う、うん。なんとか」


 近くにいたココナが心配をして声を掛けてくれる。


「にゃあ」

「うん、そうだよね。リアンと一緒なんだもんね」


(大丈夫だ。俺がソフィアを勝たせてやる)


 俺はソフィアの肩に飛び乗り、ソフィアと共にが試合会場に歩いていく。


「・・・・・・・・・」


 ソフィアの横顔はからは緊張しているのが見て取れる。


(まぁ、仕方ないか。魔法も弱いのに試合をしようとしているのだから)


 会場に入ると、観客の視線がソフィアとヘイグに降り注ぐ。


「おい見ろよ。あの女の子、使い魔なんて連れてるぞ」

「猫の使い魔なんて可愛いわね」


 観客の中からそんな声が聞こえてくる。


 確かに使い魔を連れている新入生は珍しいかもしれない。

 それも猫の使い魔はより少なくなるだろう。


 使い魔契約はその使い魔が死ぬまで、再度契約が出来ない契約魔法だ。


 それならば、より強力な使い魔を選ぶだろう。


 猫は俊敏ではあるが、俺のサイズの猫では殆ど戦力にならない。


 だから、本来ならば俺みたいな猫は使い魔には選ばないのだ。


「ふん、あの程度の使い魔はいてもいなくても変わらない」


 ヘイグは吐き捨てるように呟いた。


 そして、両者が一定距離を取り、向かい合う。


『それでは、試合開始!』


「ファイアボール!」


 ヘイグは開始直後、ファイアボールを速攻で放ってきた。


「にゃあ!」

「ふぁ!?」


 俺はソフィの首後ろの服の中に尻尾を入れる。


「ちょっ!リアン!くすぐったいよ!」

「にゃにゃあ!(我慢しろ)」

「はぅ!!」


 俺はソフィアの魔力を制御する。

 すると、ソフィアは途端に顔を真っ赤にする。


(後はこの魔力の流れを感じて、ソフィアが魔法名を唱えてくれれば!)


「こ、これは」


 ソフィアはこそばゆいのを我慢して、勝手に動く自分の魔力を感じる。


「・・・アクアウォール!」

「にゃあ!(正解だ!)」


 ヘイグのファイアボールがソフィアの目の前に来た瞬間に水の壁が出現する。

 ファイアボールは水の壁に当たり、消えてしまう。


「っち!都合よく魔法が成功しやがって」

「あ、あれ?出来た?」


 ヘイグはソフィアの魔法を偶然成功したと思っているようだ。

 だが、実際に魔法を使ったソフィアも驚いているようだ。


「まさかリアン?」

「にゃっ!(来る!)」

「へ?きゃあっ!」


 俺の鳴き声でファイアボールが近くまで迫っていたことに気が付き、僅かに身体をずらした。

 そのおかげで、ファイアボールは服を掠めるようにして後方へと飛んでいった。


「偶然は何度も続くかよ!エアロショット!」

「あわわわ」


 エアロショットは空気を圧縮した弾を撃ち出すため、知覚が難しい。

 見えない弾丸の魔法に慌てるソフィアだが、俺はすでに魔力制御をおこなっている。


「す、ストーンウォール!」


 ソフィアの目の前に石で出来た壁が迫り上がる。


 風の弾丸は石の壁に阻まれ、霧散してしまう。


「っち!また偶然かよ!」


(偶然ではないがな。さて、そろそろこちらからも攻撃をするか)


 俺はソフィアの魔力を制御する。


「っんん!」


 ソフィアは変な声を出すが、自分の魔力の動きを感じ取ることはやめなかった。


「えと・・・ファイアボール!」

「っは!悪魔の子の弱い攻撃まほ・・・ってなんだと!?」


 いつものソフィアのファイアボールはソフィアの拳と同じ大きさぐらいのひょろひょろな火球が飛んでいくだけだった。


 しかし、今の放ったファイアボールは小さく見ても2mは越えている。

 強い学生のファイアボールの平均の大きさは約1m。

 なので、ヘイグが驚くのも無理はない。


「うぉ!?」


 ヘイグは間一髪のところで迫り来る炎の壁を連想させるファイアボールを避けた。

 後ろへ抜けていった巨大なファイアボールは地面に着弾すると、1m程のクレーターを作り出した。


『うぉおおお!!!』


 それを見た観客は大きな歓声を上げる。


「なになに!あの子強くない!」

「あんな子が今年にはいるのか」


 普段のソフィアのことを知らない観客はそんな感想を洩らす。


「おい、嘘だろ?」

「だが、偶然がこんなに続くか?」


 普段のソフィアを知っている生徒は、信じられないものを見るような目でその光景を見ていた。


「ば、ばかな。こんなに偶然が続くなんて」


 ヘイグもファイアボールのあり得ない威力を見て、悔しそうに歯を食い縛った。


(威力を最大限弱めれば死ぬことはないだろう)


 俺は再び魔力制御を始める。


「ふぁっ!?」


 ソフィアは顔を真っ赤にして、嬌声とも取れる声をあげる。


「ちょっ!んんっ!!り、リアン!」


 俺が原因だとわかったようだが、驚いているのは別の理由だった。


「こっ!この魔法って!!」


 魔力の流れを感じて何の魔法かわかったようだ。


「俺が・・・こんな奴に負けるわけねぇ!!食らえ!!ファイアランス!!」


 ヘイグは己の魔力を最大限に引き出し、威力がファイアボールより高い、中級魔法のファイアランスを放ってきた。


「にゃあ!(早く!)」

「う、うん!あ、アクアレイザー!!」

「っな!?」


 ソフィアの魔法は水属性の高難度魔法の一つで、圧縮した高圧水流を高速で撃ち出す魔法だ。

 アクアレイザーはヘイグのファイアランスを一瞬で打ち消し、ヘイグが驚いた時には身体を撃ち抜かれており、そのまま押し出すように、コロシアムの壁に水流と共に叩き付けた。


「・・・・・・」


 ヘイグは気絶したのだろう。ぴくりとも動かない。


『しょ、勝者!ソフィア・ミール選手!!』

『わあぁぁぁぁ!!』


 審判が宣言すると同時に大歓声に会場は包まれた。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


 俺はソフィアとの魔力の接続を切ると、身体の力が抜けたのか、その場で女の子座りをしてしまう。


「にゃ」

「リアン、ありがとね。でも」


 ソフィアは地面に下りた俺の頭を優しく撫でてくれる。


「やり過ぎだよぉ!!」

「ふぎゃ!?」


 そしたら突然、抱き抱えられた。

 と思った時にはきつく締め付けられた。


(く、苦しい!おっぱいで圧迫死する!!)


「皆に変な顔見られた見られた見られた!絶対見られた!!」


 ソフィアは俺が魔力を制御した時の顔のことを言っているのだろう。


「おーい!ソフィアー!!」


 そこにココナが大きな声で呼びながら、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。


「うぅ」

「凄かったね!おめでとう!」

「あ、ありがとう」

「とりあえず次の試合の準備するみたいだから、退場しよ?」

「・・・うん」


 ソフィアは顔を赤らめ、抱きしめた俺で顔を隠したまま、ココナと一緒に退場していった。


 ソフィアが退場した後も会場はまだ大歓声に包まれていた。

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