第2話

「・・・・・・」


 俺は気が付くと、毛布のようなものの上で寝ていた。


「あ、猫さん、起きた?」

「にゃにゃ?(ねこ?)」


 目の前にはセミロングの銀髪をした可愛らしい少女が、蒼と翠の左右の目の色が違う大きな瞳で俺を覗き込んでいた。

 いわゆるオッドアイというやつだ。


「・・・・・・」


 俺はゆっくりと辺りを見渡してみると、何処かの家の女の子っぽい部屋だった。


 俺はその部屋の机の上で寝ていたようだ。


 窓の外はオレンジ色に染まっており、日が暮れてきている。


「猫さん、ここは私の借りている部屋だよ」

「・・・・・にゃにゃ(・・・・・まさか)」


 少女はやはり俺を見て、猫と言っているようだ。

 俺は自分の姿を見てみると、ネズミではなく、黒猫になっていた。

 恐らく、この少女は道端で倒れていた俺を介抱してくれたのだろう。


「猫さんは飼い猫なの?」


 ふるふる


 俺は少女の質問に首を横に振って答える。


「わぁ、すごい!私の言葉わかるの?」


 こくん


 これにも頷いて答える。


「ホントに!?すごいすごい!」


 すると、少女は満面の笑みを浮かべて、俺を抱き締めてきた。

 少女は意外にも胸はそれなりあり、俺の身体は少女の胸が押し付けられる。

 それに猫になっているからなのか、嗅覚が鋭くなっており、物凄く甘くて良い香りがしてくる。


「あ、そうだ。私ね、まだこの町に来て日が浅いの。だから友達もいないんだ。だから猫さん、友達になってくれる?」


 少女は俺を抱えて目を合わせて聞いてきた。


(まぁ、友達なら別になっても構わないか)


 俺はそう考えて、こくんと頷く。


「ホントに!ありがとう。あ、私の名前はソフィア!ソフィア・ミールっていうの。猫さんは・・・えっと、黒いからクロ!」

「にゃっ!?(なに!?)」


 俺はあまりに安直な名前で驚いてしまった。


 確かに自分の名前を猫の姿では伝えられないからしょうがないかもしれないが、それは何か嫌だ。


「にゃう!」

「ね、猫さん?」


 俺はソフィアの腕から抜け出して、机の上に着地して、紙を探す。


 机の上には幸いにも紙とペンとインクが置いてあったので、俺は猫の爪にインクをつけで、紙に『リアン』と書き出す。


「にゃにゃにゃにゃ!(これが名前だ!)」


 俺はソフィアに紙を見せる。


「猫さん・・・・」


 ソフィアは紙に書かれている文字を見て驚いている。

 もしかして、俺がリアン・ユーベルだと気付いたか?

 ジャネットから俺が凄い魔法使いとして名が知られていると言われていたことはあるが・・・。


「本当にすごい!猫さん、文字も書けるんだね」

「にゃう!?(そっちかよ!?)」


 ソフィアは名前より、猫が文字を書いた方に驚いていた。そりゃそう思うだろうけど、今は名前を見て欲しい。


「にゃにゃにゃ!(名前!)」

「あ、ごめんなさい。えっと・・・リアン?でいいの?」

「にゃう(そうだ)」

「わかった。リアンね。これからよろしくね」


 ソフィアは嬉しそうに猫の俺に握手をしてきた。


「ところでリアンはどこに住んでいるの?」

「にゃう?にゃにゃにゃ・・・にゃ!?(家?家は・・・は!?)」


 そういえば、俺って教育機関の研究室に住んでいたんだ。

 その研究室をジャネットの魔法で半壊させられたんだ。

 ということは、俺って家無し?


「家無いの?」


 ・・・・こくん


 俺は惨めだと思いながら頷いた。


「それなら私の部屋に一緒に住まない?」

「にゃ!?(なに!?)」


 流石にそれは不味いだろう。年頃の女の子の家に男が住むってのは。


「猫一匹なら私でも養えるよ」

「・・・・・・・・」


 そういや俺って今猫だった。

 それでも、やはり女の子1人では猫一匹とはいえ養う費用は難しいと思い、ソフィアの顔を見続けていると。


「あ、その顔は出来ないって思ってるでしょ。私はこれでも15歳で、今度からレジスタンスっていう組織の教育機関に入るんだよ。専任教師に付いてもらって、クエストでいっぱい稼ぐ予定なんだから」


 クエストっていうのは学生の内に仕事に慣れてもらうために設けられたレジスタンスの危険度が低い任務のようなものだ。


 もちろんこれは仕事なので、報酬も出る。


 まぁ、ランクが上がればレジスタンスと同等レベルの任務内容も受けれる様になってはいるが。


「それに私の専任教師はあの有名なリアン・ユーベル様なんだから!・・・・・・あれ?猫さんと同じ名前?」


 ソフィアはまさかの俺の教え子予定だった!!

 そして、名前が同じことにも気が付き、俺を睨んでくる。


「・・・・・・・でも人間が動物になる魔法なんてあるはず無いもんね」


 ソフィアは1人でぶつぶつとなにか言っている。

 猫になったおかげで、耳が良くなっているのか、小声でも何を言っているかは聞こえている。


「あ、そうだ!リアンさえ良ければ、私の使い魔になってよ」

「にゃにゃにゃ!?(使い魔だと!?)」


 使い魔というのは、魔法使いが契約する人間以外の生物である。

 それは基本的に犬や猫、鳥といった動物や魔獣となる。

 中にはドラゴンのような狂暴な魔獣を使い魔として飼い慣らしている奴もいるぐらいだ。


 使い魔は契約した主人から魔力を分けてもらう代わりに、協力して共に戦いフォローする。

 そんな助け合いをする運命共同体のようなものだ。


「ダメかな?」

「・・・・・・・」


 俺は魔法で猫に変身しているとはいえ、元は人間だ。


 動物や魔獣と違って魔法使いだった時の魔力もある。


 人間とは使い魔契約は出来ないとされているし、どうなのだろうか?


 それに俺は何とかして人間に戻って、元の生活に戻りたい。たぶん魔力切れによる魔法解除は『暴走』してしまったので、皆無に近い。

 ってことは、魔法名を発音・発動出来ないこの姿が続くということ。


 それに、猫での生活は慣れていないし、そもそも猫の身体で生きていける自信はあまりない。


 それなら戻るまでの間、ソフィアに養ってもらうというのは一つの手ではある。


 だが、使い魔契約となると・・・。


 俺は1人で考えに老け込む。


「・・・・・・あ、そろそろお風呂に入らなきゃ」


 ソフィアは俺が悩んでいる側で、引き出しから着替えを出して、お風呂の準備を始める。


 俺はそれに気が付かず悩み続けていると。


「リアンも汚れちゃってるから洗ってあげるね」

「・・・・にゃに!?(・・・・なに!?)」


 猫の俺はソフィアにひょいっと抱き抱えられてしまう。


「にゃう!にゃにゃう!(やめ!それはやめ!)」

「もう、暴れないの」

「にゃにゃにゃ・・・・にゃにゃにゃにゃにゃうー!!(俺は・・・・男なんだー!!」)


 俺の猫の悲痛の叫びは響き渡るだけで、風呂場まで連行されていくのだった。

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