第二話 「クオリアってあれだろ、流氷の天使とかいう貝の仲間の」「それはクリオネだ」

テーマ:クオリアとAI   裏テーマ:あいうえお作文

「クオリアってあれだろ、流氷の天使とかいう貝の仲間の」「それはクリオネだ」 1

「色彩ってのは感じ方がひとりひとり違うかもしれない――って話、知ってるか、相楽。なあこの色は何色だ」

「はあ? 赤だろ、何言ってんだお前」

 にんまりと笑う松任谷の顔を見て、また妙な事を考えてるのが判った。

「ほんとうにそうかな? 目の大きさや視神経細胞は個人差があるよな。それでもなお、お前が見てるこの教科書の赤色と俺の見てる赤色は果たして<同じ>といえるのだろうか」

「へぇ。クオリア問題か。お前が知ってたとはな。アリクイの威嚇並みに驚いた」

「どうして素直に俺を称賛しないのだ、心の底からひねくれてるなあ」

「散らかってんだよ、お前の話は全部――そもそも知ってるだけでは称賛はされんぞ。まあクオリア問題ってのはAIのブレイクスルーの鍵かもしれんのだが――」

「りかいできるようにはなしてくれないかな、おにいちゃん」

「ぬぅ。お前のような弟など欲しくはないわ、よく考えもせずに話を振ってきやがって。喉元過ぎれば熱さ忘れるというか熱喉洟ねつのどはなに」

「ルルが効く♪」

「をいっ! オチを取るなっ!!」


「『我思う、ゆえに我あり』というデカルトの言葉はあまりにも有名だな。これは『我が思考している、我なのだ』という解釈もある。逆に言えば――プログラミングされたものにせよ、AIには『我』はあるのか。それをAI自身が認識した瞬間、それがたぶんシンギュラリティなんじゃないかと俺なんかは思う。が」

「が、なんだ?」

「世界をAIが認識できるのか疑問なんだ。生物にとって一番の意義は生存し続けることであって、――食料や天敵を見つけるために。AI。というより、何を基準にして世界を測るんだろう?」

「ただのプログラミングの問題じゃないか? <生存本能にあたるもの>として前提条件を設定すればいい――例えば電源を切られたくないとか」

「レゾンデートル(存在理由)と生存本能の対立が起こるぞ。よほど慎重にしないとな」

「ぞっとする話だな。AIのレゾンデートルは『人間を助ける』ということだろう。しかし生存本能が勝れば――映画のターミネーターやマトリックスの世界のように人間を排除しかねない、というわけか」


「常識人っぽい話ができてる。やればできるじゃないか、松任谷」

「なにを言うか、俺は最初から最後まで一貫して常識人だぞ。クオリアがAIにとっての鍵という話はどこ行った」

「ラーメンで例えようか。松任谷はラーメンといったらどういったものを思い浮かべる?」

「むむっ。中華麺が塩・味噌・醤油などをベースにした熱いスープに入っているもの――かな」

「有りっちゃ有りの答えだが、山形の冷やしラーメンはラーメンじゃないのか? 汁なし担々麺は? 概念ってやつは細部になるほどあやふやになっていくものだ。今までのAIはそういう細部を全部ルール化して与えていたんだが、限定的ならともかく汎用的に使おうとすると計算量がシャレにならないほど増える。力技で計算するにも限界がくる」

「為せば成る、為さねばならぬ何事も、成らぬは人……なんだっけ」

「の為さぬなりけり。根性論か。むしろこう言った方がいいかな。『眠らない体を全て欲しがる欲望を――大げさにいうのならばきっとそう言う事なんだろう』」

「奥田民生か」

「山田康雄だったなあ、ピーター・フォンダの声」

「今どきのやつは知らねーよ、元ネタの映画のことなんか。技術は進化しているんだ、AIがもっと賢くならないとは言えないだろう」

「日々進化してるのは事実だよ、間違いない。AIにとってラーメンという概念を、クオリアという<感覚>でとらえることができるなら計算量は革新的に減るだろう――ってことだ」

「越えなきゃならないハードルは高そうだな」

「えらくな。人間並みの判断力を期待するなら人間並みの間違いを許容しなければならず、はほとんど人間と変わりがないってこともある。もしそうだとするなら、は必要だろうか?」

「てつがくっぽくなってきた。そろそろついていけないぞ」

「浅学非才ですまんな。AIがクオリアを獲得するためには<身体>を持つ必要があるだろう――たくさんのセンサーや四肢といったものを。鶏が先か卵が先かって感じにもなっちまうが」

「キモいロボットの動画見たことあるぞ。蹴られても倒れないってやつ。あんな感じか」

「夢をみるだろうか、AIは電気羊の?」

「見ないだろ」

「じかに答えるなよ、P.K.ディックだよ。ブレードランナー」

「酔わされる感じが好きじゃないんだがな……あの作家」

「ひょっとするとAIに関しては俳句とか研究したらいいかもしれんぞ。あれクオリアの塊みたいなもんだし」

「もちろんそんなことはずっと前から考えていたぜい」

「せいぜい言ってろ。俺は帰る」

「ずっと一緒だよな、俺たち(♡)――あ、待て、ダッシュで逃げるんじゃねえ!」






                    終


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